眠りたいのにコーヒーを飲む男 ~婚約破棄事件の謎を添えて~
「眠りたい男はコーヒーを飲んだ。この明らかに矛盾した男の行為の理由を推理して当てれば良いのですね?」
「ああ、その通りだよ。ルールは分かっているよね? 『はい』か『いいえ』で答えられる質問ならいくらでもしていいよ」
「男には起きていなければいけない事情がありましたか?」
「『いいえ』。用事があってまだ寝る訳にはいかないのでコーヒーを飲むというのは良くある話だけど、その場合は結局眠りたくないということになってしまいそうだね」
「確かに……『眠る』というのは『睡眠を取る』という意味ですか?」
「答えは『はい』。ひょっとして、男が自殺志願者かもしれないと推測したのかな?」
「ええ。眠るというのがもし『永眠』という意味で使われているとしたら、一見矛盾した文脈も成り立つのではないかと」
「コーヒーに含まれるカフェインを大量摂取して中毒死による自殺を図っている可能性も有り得なくはないけれど、致死量から計算すると大体25杯から40杯近くを短時間で飲まなければならないから、ちょっと無理があるだろう」
「そんなに必要なんですね……では、コーヒー以外に飲み物の選択肢がありますか?」
「『はい』。なかなかいい着眼点だ! コーヒーしか置いていない部屋に監禁されていれば、たとえ目が冴えてしまうとしても飲むしかないだろうね。あるいは無人島に大量のコーヒー豆と共に漂着した場合とか。ただあまり現実的ではないなあ。そもそも利尿作用があるから水分補給にならないだろうし……」
「それなら……男にはコーヒーを飲むことにより何か利益がありますか?」
「『はい』。おっ、初めて予想が当たったようだね! さあ、その調子でどんどんいってみよう!」
「男がコーヒーを飲んでいるのは店内ですか?」
「『いいえ』。というより場所は特に関係ないかな。一体どういう状況だと考えたの?」
「例えば、コーヒーを何杯か飲むと景品が貰えたり、特定のサービスを受けることが出来たりするような特典を設けているカフェを想定したのですが」
「へえ……そんな商売は聞いたことが無いけれど、いつか流行りそうではあるね。ただ、わざわざ眠たい時に挑戦しなくてもいい気がするかな」
「言われてみればそうですね……何かヒントはないんですか?」
「全くしょうがないなあ。そうだね……固定観念を疑ってみることが大事かもしれないよ」
「固定観念ですか……『コーヒー』は、コーヒー豆を焙煎して挽いた粉末から、湯または水で成分を抽出した飲料のことですか?」
「『はい』。方向性は合ってるね。ひょっとするとどこか別の国では『コーヒー』という単語がホットミルクを指すかもしれないし。ただ残念ながら、今回はそうじゃない」
「……男は、人間ですか?」
「『いいえ』。おお! やるじゃないか!」
「何だかとっても嫌な予感がします……男は、この惑星で生まれましたか?」
「『いいえ』」
「はあ……やっぱり……男は、コーヒーを飲むと眠くなる体質の宇宙人ですか?」
「『はい』! ブラボー! さすが私の助手だね! 見事な名推理だ!」
「ブラボーじゃないですよ! 一体どの口が私の仮説に『ちょっと無理がある』とか『現実的ではない』なんて否定していたのですか!? 完全に子供騙しの引っかけ意地悪問題じゃないですか!」
「宇宙人が存在しないという証拠なんて見つかっていないだろう? 何よりロマンがある解答だと思わないかい?」
「全く思いません……それより、この無茶苦茶でナンセンスな問題のどこに事件の鍵があるのですか? そもそも今回の婚約破棄事件に関係しているとあなたが仰るから、わざわざクイズに付き合ったんですよ!」
「そう急かさないでくれ。君は、もう少し自分の頭で考える癖をつけるべきだ」
「まさか、第一王子による突然の婚約破棄騒動も、宇宙人の陰謀だなんて言い出すわけではありませんよね!?」
「そうやってなんでも陰謀論に結び付ける思考放棄は感心しないな」
「別に陰謀論者ではありません! だから、先程の問題の意図は何なのですか?」
「そうだねえ……端的に言えば、同じものが人によっては毒になったり薬になったりするということかな。あるいは誰かにとって罰のようなものでも、他の誰かにとっては目的となり得るって見方もできるね……今回の騒動で、第一王子と真実の愛のお相手である男爵令嬢にはどんな処分が下された?」
「両家の間の契約を勝手に破棄しようとした罪を問われ、第一王子は廃嫡されて、男爵令嬢と共に国外追放される予定です」
「その通り。彼らに下された『国外追放』という処分こそが、まさに先程のクイズにおけるコーヒーなのさ」
「はあ? いや……それだと国外追放こそが目的で、そのためにわざわざ婚約破棄をしたということになりますが……まさか……」
「ふふ。そのまさかだよ。男爵令嬢、いや男爵家そのものが追放先である隣国のスパイだったんだ。おそらく第一王子は魅了の魔法か何かで操られていただけだろうけど。廃嫡された元王子とはいえ、祖国への手土産としては、かなりの成果と言えるだろうね」
「でも、わざわざそんな手間を掛けなくても、操ることが出来るなら王子から好きなだけ秘密を聞き出せるのでは?」
「精神感応系の魔術についても勉強しなければいけないよ。いくら催眠や魅了を使っても、意思に反して従わせるのは限度があるんだ。王子は男爵令嬢に並々ならぬ好意を持っていたからこそ、彼女と結ばれるために婚約破棄をすることには素直に従ったのだろうけれど、王族や国家の秘密を暴露させようとしても抵抗されると彼らは考えたらしい。
……何より、無理に聞き出そうとして魅了が解けてしまっては今までの努力が全て水の泡だからね。その点、隣国まで連れて行くことができれば、廃人になるまで好きなだけ拷問して国家機密を吐かせることができるだろう」
「……そんな……それがもし本当なら、一刻も早く追放を止めなければ!!」
「そう慌てなくていいよ。既に処分を取り消す手続きが進んでいるはずだし、男爵令嬢を含む男爵家は一人残らず王家の管理下にある屋敷に厳重に囚われている。おそらく無事では済まないだろうね。今回はまんまと騙されかけていたわけだから、真相を表沙汰にはしないだろうけど、王国は隣国に対して強力な外交カードを手に入れたことになる。
そもそも対応を済ませていなければ君とこうして暢気にクイズなんて出来る訳ないじゃないか」
「えっ……じゃあ既に事件は全て解決済みということではないですか!」
「ああ、でも油断してはいけないよ。これだけ大掛かりな手段で王国を秘密裏に陥れようとしていたんだ。他にもスパイが紛れ込んでいる可能性は十分あるし、君も当分の間は寝首を掻かれないように気を付けなよ」
「はい!? どうしてそこで僕まで巻き込まれるのですか!?」
「それは事件の真相を見抜き、王国の危機を見事救ってみせた名探偵のパートナーなのだから当然だろう? これで君もしばらくは『眠たいのにコーヒーを飲む男』になりそうだね」
「僕が怖がりなのを知っているくせにっ!!! イザベラさんなんか大嫌いです!!!」
「……はははっ! 私は、からかいがいがあるアランのことが大好きだけどね」
ほんの一瞬、アランの言葉に傷ついた顔をしたイザベラでしたが、名探偵でありながら自分の気持ちに鈍感な彼女自身には、未だその理由を解明することができないのでした。