第五十話【人間の業、王子の決意】
あれからしばらくした後……。
ソラは寝袋の上に横たわって、すうすう寝息を立てている。
トアムナちゃんが言うには、血清を注射したからしばらくすれば大丈夫だとのこと。
スライムから作られた血清は即効性があるとかも言ってたけど、とにかくソラは無事らしい。
本当に良かったよ……ソラが死んじゃったら、わたし……。
……い、いや! わたしのせいで死なれたら目覚めが悪いしね!
そんなことより! ソラが気になっていたドロテアの調査をすることになったんだけど──。
「ハルちゃん、確かに無人で動いてるって言ってたのね?」
「うん、ソラもあり得ないって驚いてた。中に動かしてる何かがあるはずだとも言ってたけど……」
「なるほど……じゃあ中を見てみる必要がありそうね」
そう言うとリエッタさんは、動きを止めたドロテアに近づいて、隙間に槍を突き刺した。
そしてそのまま力任せにこじ開けていく……わぁお、力技。
間もなくガコン、と胴体側面の鉄板が外されて、内部を見ることが出来た。
「……これは」
「えっ、これって……!」
中を見たわたしたちは驚きを隠せなかった。
無人のドロテアを操っていたもの……それは、ゴブリンのミイラだったのだ。
正確にはこの機械にゴブリンが組み込まれていたの。
「これは……どういうことデズガ……」
ゴロさんもゴブリンたちも、その光景に絶句していた。
これが意味すること……それは人間がゴブリンをドロテアに組み込んで、何かをしようとしていたこと。
親しい隣人だと崇拝していた人間に裏切られた気持ちだろう。
「詳しくこの部屋を調べる必要がありそうね」
「そうだね、リエッタさん……人間たちは何をしようとしてたんだろう」
あのドロテアが暴れまわったせいで部屋はぐちゃぐちゃだけど、探せば何か分かるかもしれない。
本来の目的とはかけ離れているかもしれないけど、でもここで何が起こったのか気になってしょうがない。
「私たちも協力しマズ……人間は我々に何をしたノガ、気になりマズ」
ゴブリンたちも協力してくれて、手分けしてこの部屋を調べまわることになった。
わたしと他のゴブリンたちは散らばった書類を集め、無事だった机の上にまとめていく。
リエッタさんとゴロさんは書類の解読を担当。トアムナちゃんはソラの看護を続けた。
そして、ある程度集まったところで……。
「なんと……なんということでしょヴガ……」
「……心中お察しします、ゴロさん」
書類を手に振るえるゴロさんと、それを慰めるリエッタさん。
内容がある程度把握できたらしいけれど……あんまり良い内容じゃなさそう。
「ハルちゃん、他の人たちを呼んできてもらえるかしら」
「うん、分かった……怖い内容だった?」
「ええ、ゴブリンがこれを聞いてどう思うか……」
わたしは他のゴブリンを集め、ゴロさんの前へ。
ゴロさんは声を震わせながら、ゴブリンの言葉でみんなに語っていた。
みんな信じられないといった様子の表情で、憤怒する人も居れば泣いてしまう人も。
……とにかく、ショックを隠せない様子だった。
「リエッタさん、ここで何が行われてたの?」
「端的に言えば、ゴブリンの兵器化ね……ゴブリンを動力とした機械を開発しようとしてたみたい」
「それって……!」
「そう、人間にとってゴブリンは親しい隣人ではなく、ただの"資源"でしかなかった」
かつて、ここで行われていたこと……ゴブリンを機械に組み込んで、人間の代わりに戦う軍隊を作るつもりだったのだ。
表上はゴブパークだなんて名前でゴブリンを集めて、裏ではこういう実験を繰り返していたらしい。
だけどある日、ゴブリンを組み込んだドロテアの一体が暴走して……惨劇が起きた。
あのドロテアが閉じ込められていた場所を調べたら、人間の遺骨が残されていたの。
惨劇を止めるために、一人を犠牲にして暴走ドロテアをあそこに閉じ込めたんだ。
でも、みんなボロボロで脱出することが出来ずに力尽きてしまい……この研究所は放棄された。
「でも、どうしてあのドロテアは動いたんだろう……内部のゴブリンはミイラになっていたのに」
「生きていなくても動く設計だったのか、それとも……犠牲になったゴブリンたちの怨念が、あのドロテアに宿っていたのかもしれないわね」
そう言って壊れたドロテアを見るリエッタさんは、少し悲しそうな表情だった。
一方、ゴブリンたちはというと……。
やはり衝撃の事実に混乱しているのか、ガヤガヤと互いに話し合っていた。
もしかしたらソラを攻撃するんじゃ……なんて思ったけれど、ゴロさんが上手く言ってくれたのか、そんな凶行に走るものは居ない。
だけどやっぱり、寝ているソラを見る目は厳しいものになっていた。
「ゴロさん、大丈夫?」
「ああ、ハルサマ……私はどうして良いのか分かりまゼン。人間サマたちは我々で実験を繰り返してイダ……それを恨むべきか、水に流すべきか、仲間たちの中でも意見が割れてマズ」
ゴロさんは頭を悩ませているようだった。
確かにこれは許されざる事だ、機械に組み込んで意のままにしようだなんて間違っている。
でも、それは過去の人間がやった事。ソラを初めとする今の人間たちは違うかも知れない。
そりゃ、最初は魔物だーとかなんとか言って騒動になったけど……わたしとソラはもうすっかり友達だ。
話せばきっと分かりあえるとわたしは思う。思うんだけど……ゴブリンたちは違うかも──。
「はあ……そういう事だったのか」
その声に驚いてわたしは振り返る。
トアムナちゃんがあわあわしている横で、ソラが立ち上がっていたのだ。
「ね、寝てなきゃだめですよう、ソラさん……!」
「トアムナ、許せ。これは僕が出るべきだ」
そう言うとソラはゆっくりとこちらへとやってくる。
「ちょ、ソラ、毒は大丈夫なの?」
「例えるなら風邪の病み上がりといった感じだ。だるい」
「じゃあ寝てなって! 無理しちゃ──」
「いいや、これは人間の代表として言わねばならない」
ソラはわたしを押しのけて、ゴブリンたちの前へと出る。
ゴブリンたちはざわざわと騒ぎつつも、ソラの方へと視線を向けていた。
「ゴロ、通訳を頼めるか」
「……エエ、ハイ、もちろんですドモ」
そう言うと、ソラはゴブリンたちの方をしっかりと見て、力強く話し始めた。
「親愛なるゴブリンたちよ、僕は現在の人間の王……五十三代目空王の息子、ソラである」
その言葉に、ゴロさんもゴブリンたちも驚いてざわついていた。
そういえば、ソラが王子だって言ってなかったんだっけ。
「今回の探索で分かった事、それはとても痛ましい負の遺産だ。人間が地上で起こした最大の過ちの一つであり、業深き行いだ。まずはそれを、深く謝罪したい……だが、すまなかっただけで済む問題ではないことも十分理解している」
ソラは拳を握り、震わせていた。
ゴブリンたちはゴロさんの通訳を聞きながら、その姿をじっと眺めている。
「僕はこの地上に来て、僕ら人間たちの認識が誤っている事に気が付いた。ここは魔物の巣窟ではなく、僕らと同じ命あるものが生きる楽園なのだと。僕は人間たちの認識を正すために、彼らに訴えかけようと思っている。今回のことで僕を許しても許さなくてもいい。だが信じてほしいんだ。必ず人間たちの考えを改めさせると、この場で誓おう。だからもう一度だけ、罪深き僕たち人間を信じてくれないか」
ゴブリンたちの方へ真剣な眼差しを向けて、ソラはそう締めくくる。
それはソラが実際に地上にきて感じ、強く思った決意を示していた。
ソラってば、罪深き僕たち人間だなんて言っちゃってさ……自分は悪くないのに。
ゴロさんが通訳を終えると、ゴブリンたちはしばらく沈黙していた。
だけど、一人、また一人と拍手でソラの主張を認める者が現れ始めて。
最後にはたくさんの拍手がその場を支配していた。
「……ありがとう、ゴブリンたちよ! このソラ、約束は違えぬぞ!」
ソラも内心怖かったのだろうか、ほっとした表情で頭を下げた。
……ソラのこういう所を見ると、ちゃんと王子様なんだなって思えるな。
なんだかんだ決める所は決めてくれるし、まったくズルいや。えへへ。
「王子……ふふ、素晴らしい考えですね」
「はい、とっても……王子様らしい、です、ソラくん……」
リエッタさんもトアムナちゃんも関心していた。
王子様らしい、だなんてちょっと笑いそうになっちゃったけどね。
「ソラサマ、ありがとうございまジダ」
「いやなに、これもいずれ王になるものの務めだ」
「流石は偉大な王子様でございマズ、このゴロ感服いたしまジダ」
「……むっふふふ、そうだろうそうだろう。ゴロも礼儀がなっていていいぞ!」
こうして調子に乗る所がなければなあ。
「どこぞの馬もゴロを見習ってほしいものだ、まったく」
「聞こえてますよ、王子様」
「なんだハル、馬としての自覚があったのか。良い傾向だ」
「……もういっぺん寝とけ!」
「ちょ、蹴りはやめろ蹴りは! お前のはシャレにならん!」
ギリギリをかすめるようにヒュンヒュンと蹴りを入れる私。それにビビるソラ。
ったく、調子に乗るとこれだから困る……。
まあ、その場の笑いは取れたけどさ……って漫才じゃないんだから。
「フフ……さて、外はおそらく夜でジョヴ。今日は集落でお過ごし下ザイ、皆ザマ」
さておき、ゴロさんはわたしたちをゴブリンの集落に泊めてくれるそう。
確かに野営するよりも安全なはず、ありがたい申し出だね。
「ゴロさんありがとう! じゃあ遠慮なくお世話になります!」
「ああ、そんな、頭をあげてください……おもてなしは当然の義務ですガラ」
ぺこりと頭を下げるわたしに困った様子のゴロさん。こういうのは慣れてないみたい?
本当、全力で奉仕したいんだなあ……癖なのかな。
最深部の部屋を出たわたしたちは、ゴブリンの集落へと戻る。
道中、少し疲れたとソラが言っていたので、背中に乗せてあげた。
わたしより小さい身体なのに、なぜか今日はとっても頼もしく感じて。
「……む、何笑ってるんだ?」
「ううん、別に」
「まったく、変な奴だ」
ついつい変なのだなんて思って、くすりと笑みがこぼれてしまうのだった。
ソラ、お疲れさま。ありがとうね。





