第四十六話【人食いゴブリンのウワサ】
……う……うう、ん……。
……はっ!? わたし死んっ……あ、あれ?
目を開けると、私は冷たい地面に横たわっていた。
薄暗くてほとんど見えない。慌てて身体を起こし、ぺたぺたと身体を触る。
あんな高い所から落ちたのにも関わらず、身体に傷はないみたい。お洋服も無事。
お洋服がボロボロにならなくて良かった……じゃなくて、どうして助かったんだろう。
落ちてる途中で気を失っちゃったから覚えてないけど……うーん……。
……あっ! そういえばソラが落ちてきた時、途中からふわーってゆっくりになったよね?
もしかしたら同じことが起きたのかも! ちょうどソラを背負ってたし、ありえなくはないハズ!
「ソラ! 私たち助かったみたい!」
わたしがそう言いながら、辺りをキョロキョロと見回す。
真っ暗な空間だけど、目を凝らせば何があるか分かる。
……けれど、そこにあいつの姿は無くて。
「……ソラ?」
わたしの声に返してくる言葉もなかった。
えっ、もしかして……ソラが居ない……!?
ちょ、どこ行っちゃったの!? あいつ、足が悪いのに……!
……もしかして、いや、もしかしての話だけど……。
連れ去られた、とか……?
さっきの洞窟、明らかに何者かが掘った感じだった。
はるか頭上にある縦穴も、自然にできたにしては綺麗すぎる気がする。
そしてこの空間、なんだかヘンな匂いもするし……明らかに"何かいるような感じ"がする。
「ギグ……」
……いや、何か居るような感じじゃない、何か居るんだ。
あきらかにこの声はソラの声じゃない、もっと、何か、恐ろしいもの。
次の瞬間、ぼわっと遠くで火の玉が浮かび上がる。
その火の玉はゆっくり近づいてきて……あ、ああっ! あれは──!
「ご、ゴブリン……っ!」
たいまつを持ったゴブリンの集団が、こちらへと近づいてきたのだ!
ゴブリン……この世界で最も醜悪な種族。
小さな身体、緑色の肌、ねじ曲がった大きな鼻、鋭い眼光、ぼろの腰蓑──。
小悪魔、小鬼とも呼ばれるその種族は、人里には滅多に現れない。
その代わりこうして洞窟の中に住み、知らずに入ってきた者を食べてしまう……って聞いたことがある。
まさか、わたしたち……ゴブリンの住処に落ちてきちゃったの!?
「ギグ? ガガグゴブ」
「ゴブガ、ギッギグブブ」
ゆっくりと確実に、わたしの方へゴブリンたちが近づいてくる。
共通語とは違う言語を話し、恐ろしげな眼でわたしを見つめてくる。
に、逃げなきゃ……! でも、ソラが……!
恐ろしさのあまり腰が抜けてしまい、座りながら後ずさりしかできない。
そんなものだから、ゴブリンたちにあっという間に囲まれてしまった。
「グブ……ガブゴブゴブ?」
たいまつを持ったゴブリンがわたしを指さして何か言っている。
噂が本当なら、わたしを食べようとしているに違いない。
……ってことは、ソラは、もう……?
「……あ、ああ……!」
一匹のゴブリンが、小さな骨を握っていた。
ちょうど"何か"を食べてきたのだろう、その骨を爪楊枝代わりにしていたの。
まさか、その骨って……ソラ……。
「グルオオオォォ!」
たいまつを持ったゴブリンが後ろを向いて叫んだ。
すると、闇の中からきらりきらりとたいまつの炎を反射する無数の何かが。
ああ、全部ゴブリンの眼だ。無数のゴブリンがわたしを見ている。
「やっ……やだ……こないで、こないでよ……」
辺りを見回しても、どこを見てもゴブリンだらけ。
逃げることもできない、ソラも死んでしまった。
わたしはただ、涙を浮かべて震えることしかできなかったのだ。
「誰か……っ! 誰か助けて! リエッタさぁん! トアムナちゃぁん!」
必死に、声を張り上げて助けを求めるけれど、その声が届くことはない。
ゴブリンの一匹が歯を見せて笑って、それが無意味だとばかりにわたしを見る。
ああ、もうおしまいだ。わたしはここで死んじゃうんだ。
お父さんお母さん、ごめんなさい。帰れそうにありません。
イチカ、ごめんね。もう会うこともできないや。
ああ、やだ、やだ。死にたくない。死にたくないよう。
「うう……うっ……うぁ……ああああ……っ!」
どうすることもできない運命に、わたしは涙を流していた。
そして、ゴブリンの集団は、そんなわたしを見てにやりと笑うと──。
「……何泣いてるんだ、お前」
呆れたような声が、ゴブリンたちが一斉に視線を向けた方向から聞こえてくる。
聞き間違いだろうか、今の声って。
「おい、くしゃくしゃの顔できょとんとするな。マヌケ顔になってるぞ」
たいまつの明かりに照らされて現れるのは、青い貴族服を着た──。
「……ぅ……っ! そ、ソラあぁぁぁぁぁぁっ!」
「うわっ!? お、おい! やめろ飛びつくなっ!」
なんでローブを脱いでるのとか、そんなこと気にする余裕なんてなく。
わたしは号泣しながらソラに駆け寄って抱きしめた。
「良かった生きてる……っ! 生きててよかったぁぁぁぁ……!」
「ちょ、おい! やめろって言ってるだろ! 離れろ! 離れっ……ったく」
途中から諦めたのか、ソラはなすがままにしてくれた。
もうどっちが年上なのか分からないけれど、今はソラが無事だったことを喜びたかったの。
ああ、本当に。
本当に、良かった……。
「お楽しみのトゴロ、申し訳ないデズ」
ソラの後ろから、たどたどしい共通語が聞こえてくる。
「別に楽しんでなんかないぞ、『ゴロ』」
「へえ、へえ、それはもうその通りデ」
「……何とかならんのか、その低姿勢」
「職業病といいまズガ、身に染み付いてしまッダもんですガラ」
涙ぐみながらその方向を見ると、風変わりなゴブリンが立っていた。
小さな丸眼鏡に、子供サイズの商人衣装。あと帽子。
手をこねながら、ソラの方を見てペコペコ頭を下げている。
「ぐすっ……えっと、ソラ、そのゴブリンって……」
「ああ、一から説明してやるから泣くのをやめろ」
「うん……ごめん……」
ごしごしと涙を拭くわたしを、呆れたように見ながらソラは経緯を語る。
だけど、わたしに配慮してくれたのか、その口調はちょっと優しかった。





