表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

56/63

第四十六話【人食いゴブリンのウワサ】

 ……う……うう、ん……。


 ……はっ!? わたし死んっ……あ、あれ?


 目を開けると、私は冷たい地面に横たわっていた。

 薄暗くてほとんど見えない。慌てて身体を起こし、ぺたぺたと身体を触る。

 あんな高い所から落ちたのにも関わらず、身体に傷はないみたい。お洋服も無事。


 お洋服がボロボロにならなくて良かった……じゃなくて、どうして助かったんだろう。

 落ちてる途中で気を失っちゃったから覚えてないけど……うーん……。


 ……あっ! そういえばソラが落ちてきた時、途中からふわーってゆっくりになったよね?

 もしかしたら同じことが起きたのかも! ちょうどソラを背負ってたし、ありえなくはないハズ!


「ソラ! 私たち助かったみたい!」


 わたしがそう言いながら、辺りをキョロキョロと見回す。

 真っ暗な空間だけど、目を凝らせば何があるか分かる。

 ……けれど、そこにあいつの姿は無くて。


「……ソラ?」


 わたしの声に返してくる言葉もなかった。


 えっ、もしかして……ソラが居ない……!?

 ちょ、どこ行っちゃったの!? あいつ、足が悪いのに……!

 ……もしかして、いや、もしかしての話だけど……。


 連れ去られた、とか……?


 さっきの洞窟、明らかに何者かが掘った感じだった。

 はるか頭上にある縦穴も、自然にできたにしては綺麗すぎる気がする。

 そしてこの空間、なんだかヘンな匂いもするし……明らかに"何かいるような感じ"がする。


「ギグ……」


 ……いや、何か居るような感じじゃない、何か居るんだ。

 あきらかにこの声はソラの声じゃない、もっと、何か、恐ろしいもの。


 次の瞬間、ぼわっと遠くで火の玉が浮かび上がる。

 その火の玉はゆっくり近づいてきて……あ、ああっ! あれは──!


「ご、ゴブリン……っ!」


 たいまつを持ったゴブリンの集団が、こちらへと近づいてきたのだ!


 ゴブリン……この世界で最も醜悪な種族。

 小さな身体、緑色の肌、ねじ曲がった大きな鼻、鋭い眼光、ぼろの腰蓑(こしみの)──。

 小悪魔、小鬼とも呼ばれるその種族は、人里には滅多に現れない。

 その代わりこうして洞窟の中に住み、知らずに入ってきた者を食べてしまう……って聞いたことがある。


 まさか、わたしたち……ゴブリンの住処に落ちてきちゃったの!?


「ギグ? ガガグゴブ」

「ゴブガ、ギッギグブブ」


 ゆっくりと確実に、わたしの方へゴブリンたちが近づいてくる。

 共通語とは違う言語を話し、恐ろしげな眼でわたしを見つめてくる。


 に、逃げなきゃ……! でも、ソラが……!

 恐ろしさのあまり腰が抜けてしまい、座りながら後ずさりしかできない。

 そんなものだから、ゴブリンたちにあっという間に囲まれてしまった。


「グブ……ガブゴブゴブ?」


 たいまつを持ったゴブリンがわたしを指さして何か言っている。

 噂が本当なら、わたしを食べようとしているに違いない。

 ……ってことは、ソラは、もう……?


「……あ、ああ……!」


 一匹のゴブリンが、小さな骨を握っていた。

 ちょうど"何か"を食べてきたのだろう、その骨を爪楊枝代わりにしていたの。

 まさか、その骨って……ソラ……。


「グルオオオォォ!」


 たいまつを持ったゴブリンが後ろを向いて叫んだ。

 すると、闇の中からきらりきらりとたいまつの炎を反射する無数の何かが。

 ああ、全部ゴブリンの眼だ。無数のゴブリンがわたしを見ている。


「やっ……やだ……こないで、こないでよ……」


 辺りを見回しても、どこを見てもゴブリンだらけ。

 逃げることもできない、ソラも死んでしまった。

 わたしはただ、涙を浮かべて震えることしかできなかったのだ。


「誰か……っ! 誰か助けて! リエッタさぁん! トアムナちゃぁん!」


 必死に、声を張り上げて助けを求めるけれど、その声が届くことはない。

 ゴブリンの一匹が歯を見せて笑って、それが無意味だとばかりにわたしを見る。


 ああ、もうおしまいだ。わたしはここで死んじゃうんだ。

 お父さんお母さん、ごめんなさい。帰れそうにありません。

 イチカ、ごめんね。もう会うこともできないや。

 ああ、やだ、やだ。死にたくない。死にたくないよう。


「うう……うっ……うぁ……ああああ……っ!」


 どうすることもできない運命に、わたしは涙を流していた。


 そして、ゴブリンの集団は、そんなわたしを見てにやりと笑うと──。






「……何泣いてるんだ、お前」


 呆れたような声が、ゴブリンたちが一斉に視線を向けた方向から聞こえてくる。

 聞き間違いだろうか、今の声って。


「おい、くしゃくしゃの顔できょとんとするな。マヌケ顔になってるぞ」


 たいまつの明かりに照らされて現れるのは、青い貴族服を着た──。


「……ぅ……っ! そ、ソラあぁぁぁぁぁぁっ!」

「うわっ!? お、おい! やめろ飛びつくなっ!」


 なんでローブを脱いでるのとか、そんなこと気にする余裕なんてなく。

 わたしは号泣しながらソラに駆け寄って抱きしめた。


「良かった生きてる……っ! 生きててよかったぁぁぁぁ……!」

「ちょ、おい! やめろって言ってるだろ! 離れろ! 離れっ……ったく」


 途中から諦めたのか、ソラはなすがままにしてくれた。

 もうどっちが年上なのか分からないけれど、今はソラが無事だったことを喜びたかったの。


 ああ、本当に。

 本当に、良かった……。


「お楽しみのトゴロ、申し訳ないデズ」


 ソラの後ろから、たどたどしい共通語が聞こえてくる。


「別に楽しんでなんかないぞ、『ゴロ』」

「へえ、へえ、それはもうその通りデ」

「……何とかならんのか、その低姿勢」

「職業病といいまズガ、身に染み付いてしまッダもんですガラ」


 涙ぐみながらその方向を見ると、風変わりなゴブリンが立っていた。

 小さな丸眼鏡に、子供サイズの商人衣装。あと帽子。

 手をこねながら、ソラの方を見てペコペコ頭を下げている。


「ぐすっ……えっと、ソラ、そのゴブリンって……」

「ああ、一から説明してやるから泣くのをやめろ」

「うん……ごめん……」


 ごしごしと涙を拭くわたしを、呆れたように見ながらソラは経緯を語る。

 だけど、わたしに配慮してくれたのか、その口調はちょっと優しかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ