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第四十五・五話【広間の探索・リエッタ編】

 私は愚かだ。


 何故あの時、自信満々に二手に分かれようなどと口にしたのだろう。

 王子が手分けして探そうと言ったから?

 否、その時にちゃんと全員で探索するべきと進言すればよかったのだ。

 自身の傲慢のせいで、取り返しのつかない事になってしまった。


 王子と別れた私とトアムナちゃんは、広間を東側へと向かって歩いていた。

 ……そう、歩いていたはずなのだ。


「り、リエッタさん……ええと……」

「……ごめんなさい、トアムナちゃん」


 意気揚々と先頭を歩いていた私、それに従うように付いてきてくれたトアムナちゃん。

 いつからだろう、道を逸れて脇道に入ってしまったのは。

 いつからだろう、迷路のような通路をぐるぐると回っていたは。

 気付いた時には、レッドラインスパイダーが目の前に迫ってて──。


「迷っちゃった……」


 数匹に囲まれたのを撃退し、周囲に蜘蛛の屍が転がった時、やっと事態に気が付いた。

 自身が方向音痴なのは重々承知していたはずなのに。

 再び死にかけないとこの愚鈍な頭は理解できないのだろうか?


 嗚呼、私は愚かだ──。


「り、リエッタさん……そんなに落ち込まないでください、私も、その……い、言わなかった、から……」

「ううん、信じて付いてきてくれたトアムナちゃんの期待を裏切ってしまって……ああ、自分が恥ずかしいわ」


 トアムナちゃんが私に気を使ってくれる。

 その優しさが心にグサグサ刺さった。本当にごめんなさいね……。


「あ、えっと、でも……! ここに来たおかげで、良いものが手に入ったので……!」

「良いもの……?」


 トアムナちゃんはそう言うと、メスを取り出して蜘蛛の死骸へと近づく。

 そして、失礼しますと呟いて丁寧にメスを入れると、線状の何かを取り出した。


「それは?」

「レッドラインスパイダーの毒腺、です。さっきは急いでたので採取できなかったんですけど、これがあれば血清……解毒薬が作れるんですよ」


 そう言いながら、トアムナちゃんはぶら下げてるフラスコの一つにその毒腺を入れる。

 フラスコの中に入っている緑色の液体は、トアムナちゃんの身体と同じ色だ。つまり……。


「もしかしなくても、その中身ってトアムナちゃんの粘液ね?」

「その通りです、スライムの細胞は血清作りにも役立ちますから」

「聞いたことがあるわ、実際に作るところを見るのは初めてだけど……意外と簡単なのね」

「時間は少し掛かってしまいますが、この毒蜘蛛に対する最高の解毒薬で……あう、ま、また私ったら、その、出しゃばっちゃって……」


 あ、縮こまっちゃった……この子、お医者さんしてる時は凄くハキハキしてるんだけど、普段はどうも自信が無いみたい。

 ……なんだか一番小さい弟を思い出すわ、あの子もよく私の後ろに隠れてたから。

 そんな時は、よくこうして頭を……。


「ふぇ……リエッタ、さん?」

「……ふふ、ごめんね? なんだか可愛くって」

「かわっ……!? しょんっ……そんなこと、ないですぅぅ……」

「あらあら、ふふっ」


 頭を帽子の上からポンポンと撫でてあげると、照れ隠しなのか帽子のつばをつまんで深く被ってしまう。

 あの子もこうすると照れて俯いてたっけ、懐かしい。


「もし噛まれちゃったら、その時はお願いね?」

「は、はいぃ……もちろん、です……」


 恥ずかしがりながらもこくりと頷くトアムナちゃん。

 自分に自信が無いだけで、彼女はとても頼りになる。これからもお世話になるだろう。

 だけど血清があるとはいえ、その量は少量。攻撃を受けないように気を付けないといけない。


「……っ!」


 頭上に迫る影。とっさに身をひるがえし、ツェペシュを突き上げる。

 頭ほどの大きさのレッドラインスパイダーが貫かれ、もがきながら絶命。

 私はそのまま槍を横に振るい、蜘蛛の死骸を投げ飛ばした。


 迷い込んだここは蜘蛛の巣窟。こうして話してる間にも、徐々に蜘蛛が集まってきていた。


「あ、あ……っ!」

「トアムナちゃん、自分のコアを守ることに専念して」

「う、ぁ……は、はいぃ……」


 先ほど追われた時よりも数は少ない……とはいえ、蜘蛛の数は十と少し。大群には変わりない。

 ここに来てしまった責任は私にある。ならばこそ、この状況を打破する責任がある。

 にじり寄って来る蜘蛛を見ながら、私は自身に喝を入れるかのように。


「参るッ!」


 と叫び、槍を構えた。

 刹那、右後方から飛び掛かってきた毒蜘蛛を一突き、そのまま横薙ぎして反対側から迫ってきた蜘蛛を切り裂いた。

 蜘蛛は縮こまっているトアムナちゃんに興味を示さない。スライムだからだろうか?

 だけどそれなら好都合、こちらに来るものを迎え撃てば良いだけだ。


 前方に高跳びの要領で槍を使って飛び、囲むように群がろうとする蜘蛛から逃れる。

 槍を手にしたまま、宙でくるりと身体を反転させ着地、群れと再び対峙。

 群れはぞろぞろとこちらへ迫ってきている。向かってくる方向が一方向だけならば、こちらのもの──ッ!


「──決めるッ!」


 刹那、まず最前線の三匹を貫いた。続いて驚き立ち止まった五匹を貫いた。

 前進。横に逃げようとする二匹を貫く。残り数匹、文字通り蜘蛛の子を散らすかのように逃げ始めた。

 前進。前方の一匹を仕留め、残りは深追いはしない。あの少数を逃したところで、脅威にはならない。


 ……ふうっ、久しぶりにこの技を使ったけれど、流石に疲れるわね。


「え……? ええ……!?」


 事態を把握しきれていないトアムナちゃんが、目をぱちくりさせて驚いている。

 わたしは足元に転がっている蜘蛛が全て息絶えているのを確認し、トアムナちゃんの方へと向いた。


「もう大丈夫だと思うわ、早くここを離れましょう?」

「え、あっ、はっ、はいっ!」


 なぜか緊張しているトアムナちゃん。少し驚かせちゃったかしら?

 急いで元来た通路へと戻る私たち。このまま広間へと戻れればいいのだけれど。


「り、リエッタさん、あの、さっきの……」

「さっきの……ああ、あの技のこと?」

「は、はい! 雰囲気が変わったと思ったら、瞬く間に蜘蛛を貫いて……あれは一体?」

「ヴァラム流槍術の一つ、『千の杭(サウザンド・パイル)』って言う技よ。簡単に言えば、素早い突きを何度も行う技ね」


 ヴァラム流槍術の基本的な技だけれど、幼い頃からお父様に叩き込まれたおかげで必殺技の一つになっている。

 その練度は"逃れられぬ杭"だなんて別名も付けられるくらい。ちょっと恥ずかしかったけれど、自慢の技でもある。

 流浪の旅をしていた頃は使う機会なんてなかったけれど、意外と腕は錆びないものね。


「えっと、その……リエッタさんって、本当にただの流浪騎士、なんですか?」


 トアムナちゃんから当然の疑問が投げかけられる。

 確かに普通の騎士にしては不自然すぎるだろう。

 私はそれに正直に答えるべきか、悩んだけれど──。


「……ふふ、そうね」


 まだ秘密にしておきたいと思って、そんな嘘をついた。

 今はまだ、みんなの前では『流浪の騎士リエッタ』で居たいの。

 いずれ明かさないといけないけれど……でも、まだ早い。


「うぅん、そう、ですか……」

「さ、それよりもそろそろ王子と合流しましょう? 時間が掛かりすぎてしまったから」

「あ、はい、そ、そうですね……」


 私は話を切り上げるかのようにトアムナちゃんに言うと、先頭を歩き始めた。

 私が迷ったせいで時間が掛かってしまった。ハルちゃんと王子が心配だ。

 今の私にとって、あの子たちは大切な存在……何かあったらと思うと……。


 ……やっぱり駄目ね。私、あの子たちを弟と妹に重ねちゃってる。

 あの子たちと弟妹(ていまい)は違うというのに……。


「……あっ、あの、リエッタさん……」


 ……"エスター"、"ベラ"、"ソーマ"。愛しい私の弟妹たち。

 元気に、してるかな……。病気とかしてたり、しないよね……。


「り、リエッタさんっ! 道そっちじゃない、ですぅ……!」

「へっ!? あ、ああ……ごめんなさい、私ったら駄目ね……」


 慌てたトアムナちゃんに引っ張られて、逆に道案内をされてしまう。

 同じことを繰り替えすところだった……トアムナちゃん、ありがとう。


 結局、私はトアムナちゃんに連れられて、何とか広間へと戻ってこれた。

 幸い? にも北側の広間は端が見えており、おそらく西側に通路があると推定できる。

 そろそろハルちゃんたちも通路を見つけて戻ってきている頃だろう。急がないと。


 トアムナちゃんを先頭に、私たちは広間の中心へと向かう。

 道中、トアムナちゃんの後ろ姿を見ながら、末の弟ソーマのことを思い出していた。


 いまだに悔いるのは、あの子たちとの約束を守れなかったこと。

 "私は死なない、必ず戻る"……結局戻れず、私は流浪騎士になってしまった。


 あの子たちは恨んでいるだろうか。それとも私のことなど忘れてしまっただろうか。

 敵前逃亡した騎士の身内として、酷い目に遭っていないだろうか……。

 ハルちゃんと出会って、忘れたいと思っていた故郷への思いを思い出して……悔いばかりが募る。


 ……今度こそ私は戻るのだ。あの子たちの待つ故郷、ヴァラムへ。

 そして出来るならば……償いが出来れば、なおいい。

 たとえ、それが私の命を掛けることだとしても──。


「り、リエッタさぁん……」

「あ……ごめんなさいね、考え事が多くて」

「その、大丈夫ですか……? 噛まれちゃったとか……」

「ううん、平気よ、ごめんなさい」


 ──それが、愚かな私にできる最善のことなのだから。

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