第四十二話【出鼻を挫かれた!】
「……フッ、決まった」
ビシッと号令を決めたソラは満足気。
多分やりたかったんだろうなぁ、まったく子供なんだから。
なんて思いながら、わたしたちは遺跡の入口まで来ていた。
この大きさにそぐわないような小さな扉が目の前にある。
金属製の錆びた扉は、目立った装飾もなく小さな鍵穴があるだけ。
なんていうか、質素だなーって印象。シンプルとも言えるけど、ちょっと寂しい。
「ソラ、鍵出すから降りて」
肩下げバッグから遺跡の鍵を出そうとソラに降りるように催促する。
だけどソラはなぜか降りず、むうと唸るばかり。
「ちょ、ソラどうしたの?」
「……いや、もしかして……もしかしての話なんだが」
そう言うとソラはおもむろに剣を抜き、扉の方へと向けた。
「これ、フェルムでも開いたりしないか?」
…… …… ……。
えっ?
「いやぁ、まさかそんなワケ──」
『ピピッ──魔法剣フェルム──検知──よう──そ、──卿』
「はっ!? 扉が喋っ……あ」
急に扉が喋ったかと思えば、キイキイガタガタと音を鳴らしながら両サイドにスライドして開いていく扉。
途中で止まることなく開ききった後、動かなくなった。
……エート、これってさ、もしかしなくても……。
「……開いてしまったな?」
「鍵貰う必要なかったじゃあんッ!」
あんなに苦労したのにひどいよぉ! 取り越し苦労じゃんっ!
リエッタさんもとトアムナちゃんも微妙な顔してるし!
「ていうかソラ、なんで言ってくれなかったのさ!」
「いや、僕も今思いついたからそう言われてもな……」
「うー……! よくよく考えたらこれも開く可能性があったのに、なんで気付かなかったんだろ……!」
遺跡自体が人間の遺物なんだから、そりゃ入り口の扉もそうだよね!
あー、鍵必要なんだーってなにも考えてなかったけどっ! 鍵ありました! ちくしょー!
「ま、まあハルちゃん? そのおかげでトアムナちゃんとも知り合えたし、村の問題も解決したじゃない?」
「あっ、そっ、そうですよ、ハルちゃん、気を落とさないで……!」
ああ、二人の優しさがありがたい……。
うん、そうだよね……あの騒動を解決してなかったら大変なことになってたかもしれないし!
これは取り越し苦労じゃなくて必要なことだったんだ! そうだ! 違いない! うんっ!
「まあ、鍵要らなかったな」
「ソラは黙っててっ!」
とまあこんな感じで、遺跡探索は出鼻を挫かれたのでした……。
◇
中に入ると、その広々とした空間にまた驚かされる。
内部構造まで金属ってわけじゃないみたいで、通路や壁は石造りだ。
荒れ果てて、柱とかも崩れてるけれど……でも、かえって神秘的な感じがする。
失われてしまった歴史に触れているような気がして、とてもワクワクするんだ。
穴の開いた天井から差し込む光が、またその光景を美しくさせていた。
「静か、ですね……神秘的、ですけど……不気味さも、あって、ちょっと怖い……です」
「物陰からの奇襲も考えられるわ、十分注意して進みましょう」
トアムナちゃんの言う通り、確かに聞こえるのはわたしたちの足音くらい。
リエッタさんもいつも以上に真面目モードで、槍を構えて警戒している。
探索済みとはいえ、長い間放置されていたんだもん。十分に注意しなくちゃね。
警戒しながら奥地を目指して歩いているわたしたち。
先頭はリエッタさん、その後ろにわたしとソラとトアムナちゃん。
今のところ何も起きてない、不気味なくらいに。
このまま何も起きずに最奥までたどり着ければいいのにな、なんて思っていたけれど。
「……む?」
「どうしたの、ソラ?」
「天井の方をみろ、何か……白いものがある」
上を見上げると、確かに白い大きな塊が見えた。
高すぎてよくわからないけれど、その大きな塊の周りに何本もの糸が張り巡らされてるように見えた。
……つまり、あれって。
「スパイダー種……蜘蛛、ね」
「うう……あの白い塊は、たぶん犠牲になった生き物、ですよね……」
「鹿やイノシシだと信じたいけれど、あの大きさの獲物を捕らえることができるとなると、かなり大きな個体が居るとおもうわ」
大きな蜘蛛かぁ……ちょっと怖いなあ。
スパイダーシルク自体はハーピニアで見たことあるし、小さな蜘蛛なら全然怖くないけれど、大きいとなると……。
「……蜘蛛、か」
あ、ソラの声が明らかに意気消沈してる。
……ははーん、もしかしなくても。
「ソラ、蜘蛛苦手なの?」
「にっ! 苦手とかじゃない! ただ、その……キモチワルイってだけだ」
「それ苦手って言うんだよー?」
「うっ、うるさい! ハルにも苦手なものくらいあるだろ!」
まあそれ言われたら反論できないけどさ……。
でもちょっと慌てるソラが面白かった、ふふっ。
「王子、蜘蛛が現れたら私が追い払いますので、安心してください」
「あ、ああ……頼んだぞ」
リエッタさんがそう言ってくれて、ソラも安心したみたい。相変わらず頼もしいなぁ。
この人が居ればきっと大丈夫だろうけど、上から降ってくるかもしれないし、注意しておこう。
更に進み続けて十数分。
蜘蛛の巣は壁や通路を覆っていたりし始めて、だんだんと神秘的さよりも不気味が上回ってきた。
どんなものでも餌にするみたいで、虫は勿論のこと、ネズミや鳥などの小動物もつかまって餌袋にされていた。
あまり見てて気持ちのいいものじゃないし、途中から見ないようにしているけれど……うう、やだなあ。
「ううっ……」
ソラもうめき声のような声をあげて、心底嫌がっている。
蜘蛛嫌いには確かに辛いよね……願わくばこのまま糸の主が出てこないことを祈るしかない。
だけど、そう上手いこと出来事は動かない。
通路を抜けて、二つ目の広間に出た時──。
「っ! 警戒して、居るわ!」
リエッタさんの警告と同時、天井に動く影が多数。
わらわらと壁を伝って降りてくる、その影はまさしく……。
「れ、レッドラインスパイダー!」
背中に赤い線のある、有名な毒大蜘蛛。
それが何匹も、わたしたちを取り囲むように現れたのだ。