第三十八話【最後はやっぱりお風呂だよね!】
「ふーぃ……極楽極楽……」
「ふふっ、ハルちゃんったら、おじさんみたいなこと言ってる」
「だって気持ちいいしぃ~……はぁ~……」
リエッタさんにくすりと笑われちゃったけど、しょうがない……。
ぽかぽかいい気持ちー……やっぱりお風呂は最高だねぇ、んふー。
ユク村で食事や演芸のおもてなしを受けたわたしたちは、村のはずれに湧いてる温泉へとやってきたのだ。
アウェロー大陸の北部はこういった温泉が多いみたいで、村に一つは温泉があるくらいなんだって。
なんでもフェ=ラトゥ山脈はかつて活発な火山地帯だったらしく、その名残とかなんとか。
「プースにも温泉はありますけどー、ユク村の温泉もまた良いですわぁ……」
「うんうん、身体の疲れが癒されるよホント……」
まあそんな訳?で、わたし、リエッタさん、レティシアちゃんの三人は温泉の中でその温もりを実感していた。
村の人から聞いたけど、筋肉痛や疲労によく聞くんだって! 旅の最中にはありがたいよねぇ、ホント……。
「み、皆さん……気持ちよさそう、ですね……」
そう言って温泉の横に設置された樽風呂の中から、ひょっこり顔を出すトアムナちゃん。
わたしたちの様子を見てほっこりとした表情で笑っている。
「へへー、極楽だよぉトアムナちゃん。一緒に入れたらよかったのに」
「わ、私たちスライムは、その、温かいお湯には弱いので……でも、村の方々が水風呂を用意して下さって、助かりました……」
なんでもスライム族は温かいお湯の中に入ると溶けちゃうんだとか。体が液体だから?
だからスライム族は大体水風呂に入ってるんだって、文字通り身が固まって引き締まる……らしい。
普段とろけてるトアムナちゃんの体も、水風呂に入ってたらしっかりと人の形を保てるみたい。
さっき触らせてもらったけど、ぷるぷるつるつるしてて……例えるならゼリーみたいな感じだった。
……ちょっとおいしそうって思っちゃったのはヒミツ。
あ、そうそう、ティルちゃんは「話し合いがあるから」とわたしたちとは別行動。
なんでも村長さんを交えて妖精さんたちと会議をするんだとか。
小さいのに本当に頑張る子だなぁ……やっぱり今の状況を何とかしたいんだろうね。
わたしたちに出来ることは少ないだろうけど、しっかりと応援しなくちゃ。
「あ、そういえばさトアムナちゃん。怪物になってた時に気になってたことがあるんだけど、あの時コア無かったよね? あれどうやったの?」
「あ、はい、えっと……私、とろけてるせいか、コアを簡単に体から分離できるんです。分離した場所からそんなに離れなければ、割と大丈夫……ですね」
「それじゃあ、あの時は……」
「木の陰に、こっそりと隠してました……見つけられたら、その……もうどうしようかと……」
ぷくぷくと震えながら水風呂の中に沈んでいくトアムナちゃん……って、怖がっちゃってる!?
「あ、ああトアムナちゃん! もうわたしたち友達じゃん! なにも悪いことしないって!」
「あうぅ……すみません、性分なもので……日陰者、なので……」
あ、あはは……これは相当怖がりだね……。
よく怪物役なんかやってたなあ……きっと妖精さんたちを見過ごせなかったんだろうけど。
「……ふふ、なんだか昔の自分を思い出しますわぁ」
「うぇ……? ええと、その……レティシアちゃんも日陰者……あいや、えと、臆病、だったんですか……?」
「ええ、それはもう臆病者でしたのよー。外に出るのすら怖がってましたわぁ」
外に出るのすら? どういうことだろう……?
……そういえば、レティシアちゃんの過去について聞いてなかったな。
「ねえレティシアちゃん、ソラも言ってたけどさ……ドワイさんとレティシアちゃんの関係って、どんなの?」
「うふふ、お爺さまはわたくしの祖父であり、恩人なのですー」
「恩人?」
「……少し暗い話に、なってしまいますがー」
そういうとレティシアちゃんは目をつむり、少しだけ真面目な口調で語り始めた。
「わたくしは……そう、生まれて間もないころにドワイお爺さまのお家の前に置き去りにされていたと聞きました」
「えっ、それって──」
「捨て子だったのです。お爺さまはそういう子をよく引き取っていましたから」
なんでも、ドワイさんには沢山の孫が居るらしい。でもほぼ全員が捨て子なんだという。
獣人はよく子を産むと聞いたことがあるけれど、そのせいで不幸な子供も多いのだとか。
ドワイさんはそんな子供たちを引き取って、孫として育てていたらしい。
「最近はプースも栄えてきて、お爺さまの政策もあってか捨て子は全くと言っていいほど居ませんでした。ですが、それでも時々わたくしのような子が運ばれてくるのです」
「そうだったんだ……他の捨て子さんたちは? お屋敷に居たのはレティシアちゃんだけだったよね」
「お爺さまもお年なので、最近は里親の元へと向かわせていました。でも、わたくしは小さいころからお屋敷から出るのが怖くて駄々をこねて……結局、一人お屋敷に閉じこもっていましたの」
そう言うとレティシアちゃんはふっと微笑んで「でも」と言葉を続けた。
「でも、そんな臆病なわたくしに外に出る楽しさを教えてくれたのが……ラルス様でしたの」
「ラルスさんが?」
「はいー、初めて会った時に外に連れ出されて、外の世界のすばらしさを教えてくれたのです。ちょっと強引でしたけれどー、うふふ」
それからというもの、レティシアちゃんはラルスさんの後を追ったり、お昼寝にちょうどいい場所を探してふらりと出かけたり。
ドワイさんに心配をかけるほど社交的になったのだとか。
ラルスさんもいいことするじゃん……すっごい見直した。
「だから、久しぶりにラルス様に会ってとっても嬉しくて、つい添い寝をお願いしてしまいましたのー」
「なんだかんだお願いを聞いてくれるラルスさんといい、本当の兄妹のように仲がいいんだね」
「はいー、ユク村での滞在が終わったらプースに戻って、また一緒にお散歩するのですわぁ」
にこりと笑って答えるレティシアちゃんを見てたら、なんだかいいなあって思っちゃった。
わたしもお兄ちゃんが居たら……あ、ラルスさんみたいだったら困るけどさ。
「……ふふ、身近に甘えられる存在が居るってちょっと羨ましいかな」
「あらー? リエッタさんには居ませんの?」
「両親は厳しかったし、私は一番上の長女だったから……少しだけ、お兄さんお姉さんに憧れがあるの」
「あらあら、そうですの? ……うふふ、でしたら──」
レティシアちゃんはリエッタさんを見て優しく微笑みながら両手を広げる。
そしてゆったりとした優しい口調で言ったの。
「おいでませー」
「……えっ、いや、そういうつもりじゃないよ、レティシアちゃん?」
「ふふー、恥ずかしがらずに、いっぱい甘えてもいいんですよー」
思わすうろたえるリエッタさんを見て、わたしはくすりと笑ってしまった。
「そうそう、この間のお風呂の時も甘えたがってたしね、"リエッタ姉さん"?」
「は、ハルちゃん!? そ、その話は……!」
からかい半分でそう言うと、レティシアちゃんとトアムナちゃんが食いついてきた。
「あら、そうなんですのー? 是非聞かせてほしいですわぁ」
「わっ、私も、その、気になり、ます……素敵なお姉さんの、意外な一面……!」
二人とも目を輝かせてこっちを見てきている。
なるほど、なるほど……求められちゃしょうがないよねー?
「いいよ! えっとね──」
「すっ、ストップ! ストップ-っ!」
あわあわと必死に止めようとするリエッタさんがまた可笑しくて。
月夜の照らす温泉に楽し気な笑い声が響いていたのでした。ちゃんちゃん。





