第三十七話【共存への道】
「──というわけなんです」
わたしが経緯を伝えると、村長さんは厳しい顔で腕を組み、トアムナちゃんを見つめていた。
怒っているというよりは、どうしたらいいのか困惑している感じ
まあ、まさかこんな可愛らしい子が怪物の正体だなんて夢にも思わないよね。命の恩人でもあるし。
「あう、その……うう……」
トアムナちゃんは怯えているけれど、村長さんの目をまっすぐ見て話そうと努力している。
自分でけじめをつけたいって言ってたし、あとはトアムナちゃんが頑張るしかない。
もちろん、いつでも助け船は出せるようにしておくけれど。
「……なるほど、事情は分かりました。まさか我々の行動が今回の騒動を引き起こしていたとは……今までの非礼を謝罪しなければなりませんね」
村長さんはそう言うとトアムナちゃんに頭を下げた。
「村の代表として、森を酷く荒らしてしまった事を深く謝罪します……本当に申し訳ありませんでした」
「あっ、いえ、そ、その……こちらこそ……」
そのお辞儀に合わせるようにトアムナちゃんもぺこりと頭を下げる。
ひとまずは和解というか、一触即発にはならなそう……かな?
「しかし困りましたね……狩りをやめてしまうと村に食べ物は無くなってしまう。かと言ってこのまま同じように狩りを続ければ……」
「森から動物さんたちが、居なくなってしまいます……その、えっと……」
「ええ、言いたいことは分かりますよ、トアムナさん。だから狩りを止めてほしいというのがあなたたち森の住民の意見だ。しかし同時に、このままだとこの話は平行線だということを理解して頂きたいのです」
むう、と唸る村長さんに、テミスさんが話しかける。
「かつては森の木の実やキノコを採って暮らしていたと聞く、その生活に戻ればいいだろう」
「それはまだ人が少なかった頃の話だろう、今じゃとてもそれでは生活が出来ん」
「ぐぬ……じゃあ狩りはやめられないと? それでは森の声は納得しないぞ」
「森の声……妖精たちのことだな? 彼らは一切の狩りを止めろと言っているのか?」
そう聞く村長さんにうなづくテミスさん。
村長さんがううむと唸る中、ティルちゃんが村長さんの前にふわりと躍り出た。
そして、村長さんのまわりをくるりと一回りして。
『あの、村長さん……私が見えますか?』
「む? なんだこの声は……! これは……君は、まさか……!?」
『"毒を飲んだ者のみに姿を見せる"っていう私たちの掟に反するけれど、村長さんには姿を見せたほうがいいのかなと思って』
そう言って、村長さんと目線を合わせるティルちゃん。
多分、村長さんも妖精さんたちを見えるように何かした……のかな?
テミスさんの家で周りに妖精さんたちが居たのはそのせいだったみたい。
「本心は半信半疑だったが、目の前に現れたとなると納得するしかないな……」
『理解が追い付いてない状況だろうけど、聞いて下さい村長さん。狩りを一切止めるのを出来ないというのは、妖精の私からしたら残念なことだと思います。ですがユク村の人たちが生きるためには、狩りをしないといけないというのも事実です』
そういうとティルちゃんはソラの方へと向いた。
『"生きるということは何かを奪うことでもある"……ですよね、ソラさん』
「……ああ、そうだな。僕の言葉じゃないが、僕もその通りだと思う」
ソラがうむっとうなづいて応えると、ティルちゃんは再び村長さんの方へと向く。
決心した表情で村長さんに向かって、強く訴えたのだ。
『私の仲間たちは、私が責任を持って説得します。時間は掛かるかもしれないけれど、オークさんたちも森の一部なんだとみんなに分かってもらいます。……だから、お願いです。どうか娯楽で狩りをするのをやめていただきたいのです。動物が絶えれば、それこそ森も村も死んでしまいます』
必死に訴えるティルちゃんの様子を見て、村長さんはふむ、と一言。
そして間もなくして、こくりとうなづいて応えたの。
「我らも森の一部……ああ、そうか……私は皆の生活や村の利益を気にするあまり、森の恵みに生かされているという大切なことを忘れていた」
『村長さん、じゃあ……!』
「勿論、その提案を喜んで受けましょう。規律を決め、ハンターたちにそれを守らせます、森との共存のために。……しかしこんなことも忘れてしまうとは、死んだ親父に叱られてしまうな、ハハ……」
その言葉を聞いたティルちゃんは、嬉しそうに村長さんの周りをくるりと一回転。
トアムナちゃんも、表情を緩めて安心した様子で眺めていた。
「……何はともあれ、これで和解は成立ですね」
「ああ、そうだなリエッタ。まったく、僕は疲れたぞ」
ソラとリエッタさんも安心したみたい。ソラはなんか文句言ってるけど。
「よかったですわぁ、丸く収まってー」
「うむ、これも寛大な森の声とお前たちのおかげだ。感謝する」
レティシアちゃんとテミスさんも微笑んで、和解を喜んでいた。
テミスさんの口ぶりは相変わらずだったけどね。
「しかし、狩りを制限するにしてもどうしたものか……黙って狩りをする者も出てくるかもしれませんし」
村長さんがそう言って頭を捻ると、その場の全員がうーんと考え始める。
確かに制限をしたとしても、こっそり狩りに出かけるハンターさんもいるかもしれないし、口約束だけじゃ多分効果がないよね……。
うーん……。
「こう……時期を決める、とか? ほら、お野菜とか収穫する時期があるように……みたいな?」
私がなんとなくそうつぶやくと、ティルちゃんがはっとした様子でうなづいた。
『なるほど! 確かに狩りをする時期を決めれば、ハンターさんたちも納得してくれるかも!』
ティルちゃんに続いて、テミスさんもうなづいてわたしを見る。
「うむ、狩りの時期じゃない時は、動物たちも安心して子を育むことができるだろう。狩りすぎるということもないはずだし、時期を外れて狩りに行った者はすぐ判別できる」
そして、その話を聞いた村長さんも大きくうなづいて。
「ではその方法を試してみましょう、さっそく細かい規約を作らねば!」
と、にこりと笑って答えたの。
……な、なんだかすごい勢いで決まっちゃったけど。
「ハルちゃんの一言で決まっちゃいましたねぇ、流石ですわー」
「え、あ、うん……えへへ、どうもどうもっ!」
ちょっと得意げになっても、罰は当たらないよね! えへへ!
レティシアちゃんの誉め言葉にでれでれしながら、わたしは頬を掻いた。
「……まったく」
なんかソラのため息が聞こえた気がするけど、気にしない気にしない!
「みなさん、本当にありがとうございました。良ければ村でゆっくりしていってください。もちろん、妖精さんたちも、トアムナさんも」
えっ、おもてなししてくれる感じ? やったね!
……ってのはちょっとゲスいかな、えへへ。
「えっ、村長さん、で、でも私……」
「トアムナさん、あなたはその立場にも関わらずハンターを助けてくれました。あなたも立派な恩人です、是非おもてなしを受けてください」
「あう……は、はぃ……」
トアムナちゃんはすごい申し訳なさそうにしていたけれど。
まあ確かに怪物としてみんなを脅かしてたけど、結果的には村人を助けたんだし、問題ないよね! ……多分。
こうして、村長さんの好意で、ユク村のおもてなしを受けることになったわたしたち。
おいしい料理とか振舞ってくれるみたいだし、ちょっと楽しみかも!
……あれ、何か忘れてるような……?





