第三十六話【森の名医】
わたしたちが着いた頃には、診療所の前に小さな人だかりが出来ていた。
若いハンターさんが大怪我をしたというニュースは、すぐに村中に広まったみたいだ。
トアムナちゃんは既に診療所の中に居て、薬を作ってるのかな?
「むう、これでは中に入れないではないか」
ソラは中がどうなってるか気になるみたいで、どうにか入れないかキョロキョロと見渡していた。
確かに、これじゃ無理矢理中に行こうとしたらオークさんたちに押しつぶされちゃうかも……。
「……おや、あれは?」
リエッタさんが何かに気がついたみたいで、建物の裏側に繋がってる道を見る。
その方を見ると、さっきの慌てていた住民さんが手招きしていた。
来い、ってことなのかな……? わたしはみんなを連れてその人の近くに寄った。
「おい、あんたら、あの子の仲間だよな? 裏口から中にいれてやるよ」
住民さんは親切にも診療所の裏口を案内してくれたの。
「まあ、ありがとうございますわー」
レティシアちゃんがにこりと笑ってお礼を言うと、少し照れくさそうに鼻を掻く住民さん。
わたしたちはその人に連れられて、裏口から内部に入った。
診療所の裏口は通路を挟んで手術室に繋がっている。
手術室ではベッドに寝かされた若いハンターさんと、せわしなく動くトアムナちゃんが居た。
ハンターさんのお腹には緑の粘液に覆われた痛々しい傷が……。
多分粘液はトアムナちゃんの……とはいえ、ううっ、あまり見たくないかも……。
さっきまで座って移動していたトアムナちゃんだったけど、今は立って動いている。
けど、足を上手く形作れていないようで、足首から下の部分は粘液の水たまりみたいになっていた。
「……薬の調合と投薬は完了しました、これで感染症は防げるはずです」
「ありがとうスライムちゃん、あとは傷口の縫合だけだが……麻酔が足りるかどうか」
「今ハンターさんの傷を塞いでる私の粘液、微弱ですが麻酔の効果があるんです。少し麻酔を足せば、難なく縫合できるかと」
「そうなのかい? 流石はスライム族だ……では麻酔を足して縫合してしまおう」
オークのお医者さんとトアムナちゃんが話し合って懸命に処置をしている。
どうやら薬は間に合ったみたいで、これから傷を塞ぐみたい。
わたしたちに構ってる暇は無いみたいで、二人はすぐさま傷口を縫い始めた。
静かに見守る中、処置は順調に進み……傷口は無事に塞がれて。
オークのお医者さんがふうと一息つくと、トアムナちゃんもへたりとその場に座り込んだ。
「縫合完了、心拍も問題無し……ふう、なんとかなった」
「お疲れ様でした、お医者様。無事手術は完了……はっ、私っ、たら、縫合まで手伝っちゃって……とんだお節介を……あうう……」
「いや、助かったよスライムちゃん。君が居なかったら彼を助ける事は出来なかった」
気が抜けたのか、トアムナちゃんはまた臆病な感じに戻っちゃったけど。
でも間近で見てたから分かる、彼女の医療技術はプロレベルだって事。
正規のお医者さんに感謝されるレベルなんて、そうそう身につけられるものじゃない。
「なあハル、粘液と一緒に縫い合わせてしまったが、あれは大丈夫なのか?」
「……あっ、そういえば」
ソラが言うとおり、ハンターさんのお腹の中にトアムナちゃんの粘液が入ったままだ……大丈夫なのかな……?
「大丈夫ですよ、王子、ハルちゃん。スライム族の粘液は医学的に見てもかなり万能なんです」
「む、リエッタ知ってるのか?」
「はい、故郷に医者の知り合いが居まして、色々話を聞いたことがあります」
リエッタさんが言うには、体内に入ったスライム族の粘液はゆっくりと損傷した内臓や血液に変化していくらしい。
知的スライム族しか持っていない特性らしく、自分の体液を売って生計を立ててる者も居るほどなんだって。
なんでそうなるのか分からないけれど、一説にはスライム族の遺伝子はほぼ全ての生物に似通ってるから……とかなんとか。
その遺伝子のおかげで、彼らは様々な生き物に変身したり出来るんだって。
……なんか難しいけど、とにかく大丈夫だって事は分かった! 一件落着!
「何はともあれ、ハンターさんが無事で良かったですわぁ。トアムナさんは凄い方ですのねー」
レティシアちゃんがにこりを笑ってトアムナちゃんを見る。
お医者さんと話していたトアムナちゃんはその視線に気付いて、あわあわと帽子を深くかぶって隠れようとしていた。
「失礼する! ハンターの状態は──って、もう終わったのか?」
それと同時に、村長さんとテミスさんが慌てて手術室に入ってきた。
人混みのせいでで中々これなかったみたい。
「村長、無事手術は終わりましたよ」
「そうか、良かった……本当によかった」
「このスライム族のお嬢さんが居なかったら助けられなかったでしょう、来てくれて本当によかった」
お医者さんと村長さんがトアムナちゃんの方を見て微笑む。
沢山の視線にさらされた彼女は、恥ずかしがって隅っこに隠れようと後退り。
『トアムナちゃん落ち着いて、多分みんないい人たちだから……』
「うう……注目されるの……怖いです……あうう……」
手術している時の感じはどこへやら。すっかり臆病に戻ってしまった彼女。
そんな姿をみて、微笑ましいやら面白いやら、とにかくくすりと笑ってしまった。
「みなさん、彼女を連れてきてくれて本当に感謝します」
村長さんがわたしたちの元へ来て、ぺこりと頭を下げる。
「しかし一つ聞きたいことが……彼女は何者なのですか? 旅医者という訳ではないようですが」
頭をあげた村長さんはトアムナちゃんをちらりと見て、そうわたしたちに質問する。
そういえば説明する前に来ちゃったな……異形の魔女の正体だなんて言ったら、驚くかな?
……いや、でもハンターさんを助けた恩人だもの、きっとすぐに敵対するとは思えない。
「では、その……説明します。彼女は──」
わたしは、村長さんが理解してくれることを祈って、今までの事を全て説明し始めた。
異形の魔女の正体、トアムナちゃんの境遇、そして若いハンターさんたちが起こしたことを。





