第三十五話【一大事は突然に】
トアムナちゃんを連れてユク村に戻ってきたわたしたち。
道中ちょっと驚いたけど、この子座りながら移動するみたい。にじり進むって感じ?
無理に立ち上がると自重で徐々に足が崩れちゃうんだとか……大変そうだけど、もう慣れたって言ってた。
さてはて、異形の魔女と恐れられていたトアムナちゃんも、本来の姿なら怖がられない。
オークさんたちは怪物の正体だって気づいてない……のかな?
時々不思議そうな眼でトアムナちゃんを見るけれど、特に何も言ってはこない。
でもその視線が怖いみたいで、震えながらわたしたちの影に隠れようとするトアムナちゃん。
まあ怪我させてないとはいえ、怪物状態のこの子はオークさんたちからしたら憎き敵だもんね……。
「大丈夫だよトアムナちゃん、いざとなったらわたしたちが守ってあげるからね」
わたしが小声でそう言うと、おどおどしながらもこくりとうなずいて応えてくれた。
妖精のティルちゃんは心配そうにトアムナちゃんの周りをくるくると回っている。
「うう……皆さん、こっちを見てくる……怖い……」
『妖精のみんなを連れてこようか? もしかしたら安心するかも』
「あう……ううん、大丈夫です……自分がした事は、自分でけじめをつけなきゃ……」
トアムナちゃん、責任感じてるみたい。
確かに怪物になって脅かしてたのは良いことじゃないけれど、オークさんたちにも問題があると思う。
遊びで動物を殺すなんて、絶対に良いことじゃないよね。
なんとか村長さんを説得出来れば良いんだけれど……。
「……む? おいハル、なんか騒がしいな」
村長の家近くまで来たとき、わたしの背中に乗ってるソラは周囲が騒がしいことに気がついた。
ソラは聞き耳を立ててその喧騒を聞いて。
「これは……村長の家から聞こえてこないか?」
と、その方向を指さした。
……本当だ、なんか言い争っているような声が聞こえる。
しかも聞き覚えのあるような……?
『……あっ、この声、テミスさんの声だ!』
ティルちゃんがはっとした表情で声を上げる。
確かにテミスさんそっくりの声だけど、もしかして村長を説得しに行ったんじゃ……?
「急ごう! 大喧嘩してなければ良いんだけどっ!」
わたしたちは駆け足でその方向へと向かった。
近づくにつれ、次第にその騒ぎも大きくなっていく。
言い争ってる声……殴り合いの喧嘩にはなってなさそうだけど、時間の問題かも。
村長の家に到着すると、案の定テミスさんと村長さんが言い争っていた。
「何度言えば分かるんだ村長! このままじゃ戦争が始まってしまうぞ!」
「まったく馬鹿馬鹿しいことを! 狩りを止めるだなんて、飢えて死ねと言っているようなものではないか!」
リエッタさんとレティシアちゃんは、今にも村長さんに掴みかかりそうにしているテミスさんを抑えるので精一杯みたいだ。
二人掛かりでやっと抑えられるなんて、オークは本当に力強い種族だなぁ……って、言ってる場合じゃないか。
「ちょ、二人とも落ち着いて!」
なんとかその場を落ち着かせようと、わたしは村長さんとテミスさんの間に入る。
わたしの乱入に驚いたのか、二人とも少し後ずさり。
睨み合いを続けながらも互いに距離を開けて、その場は少し落ち着いた。
「ハルちゃん、良いタイミングで……助かったわ」
「リエッタさん、遅くなってごめんね」
テミスさんを抑えていた二人はふうと一息ついて、リエッタさんがわたしにお礼を言う。
なんとか間に合って良かった……けど、オークの二人は一触即発な感じ。
わたしは村長さんの方を向いて、コワモテの顔に少し怯えながら話を始めた。
「村長さん、少し話を聞いて下さい!」
「ふう……何故あなたたちがテミスに手を貸してるのかは置いておきましょう。話とは?」
「ええと、異形の魔女の話なんですけど……」
わたしがちらりとトアムナちゃんの方を見ると、彼女はソラの後ろに隠れて様子を伺っていた。
「あ、う……」
「……僕の後ろに隠れるのはやめろ、話し合いをするんじゃなかったのか?」
「はうぅ……わかっ……分かり、ました」
のそのそと、まるで這い出るかのように姿を見せるトアムナちゃん。
村長はその姿を見て首を傾げる。
「緑色のスライム族……にしては、身体が少し変な感じですが……彼女がどうかしたのですか?」
「ええと、実はこの子が──」
と、わたしが言いかけたその時だった。
「村長っ! 村長ーっ! 大変だあ!」
一人の住民が慌てた様子でこちらへと駆けつけてきたの。
「どうした、今客人の対応を──」
「それどころじゃねえ! 若いハンターが熊に襲われて大怪我しちまったんだ!」
「何……っ!? 今どこに居るんだ?」
「村の診療所で見て貰ってるが傷が深すぎて……今すぐ手当が必要なんだが薬が足らねえんだ!」
「そんな、なんてことだ……プースから薬を取り寄せてたら時間が足りないぞ……!」
突然の知らせにその場は騒然となる。
村長さんが言うには、現在ユク村に薬剤師はおらず、医療品の全てをプースに依存してきたらしい。
定期的に仕入れてはいるみたいなんだけど、ちょうど薬が不足している時に襲われちゃったんだ……。
「プースまでは馬車でも数時間はかかりますわ、どうすればいいのでしょうー……」
レティシアちゃんもううんと考えている。
わたしたちが考えてる間にも、若いハンターさんの命が危なくなっていく。
うう、どうしたらいいんだろう? わたしたちには医学の知識は無いし……!
「……えと、あのっ」
すると、トアムナちゃんが声をあげた。
全員の視線が向き、少し表情をこわばらせていたけれど。
「そっ……そのハンターさん、見せて貰ってもいいですか……!?」
と、力強くそう言ったの。
その言葉に一番驚いていたのは妖精のティルちゃん。
『トアムナちゃん、相手は──』
「分かってます、分かってますけど……放って、おけません……!」
そう呟くようにティルちゃんに返すトアムナちゃん。
村長さんはトアムナちゃんをじっと見て考え込んでいた。
「君は医者なのか?」
「正式なお医者さんでは、ない、んです、けど……薬学の知識は……ありますっ」
「ううむ……いや、今はどんな手でも借りたい、どうかそのハンターを助けてやってくれないか」
「はい、もちろん、です……!」
こくりと頷くトアムナちゃん。
一刻を争う事態、今は彼女の言葉を信じるしかない。
「よく分からねえが、あんた薬を作れるんだな? こっちだ、ついてきてくれ!」
慌てている住民に連れられて、トアムナちゃんは村の診療所へと向かっていく。
「テミス、話は後だ。ハンターの様子を見に行こう」
「……うむ、そうしよう」
村長さんとテミスさんも一時休戦、住民の後を追って走り出す。
わたしたちもその後を追い、村の診療所へ急いだの。





