第三十三話【怪物の正体】
ソラはテミスさんの家を出てすぐの場所に居た。
ちょっとばかしむすっとして、キョロキョロと辺りを見回している。
「ソラ、一人で勝手に行かないでよ」
「む……ハル、お前もついてくるのか? 僕は一人でも問題ないぞ」
「足悪いのに無茶しちゃだめだってば、まったく。魔女じゃなくて獣に襲われたらどうすんのさ」
わたしは慣れたようにソラの前に出てしゃがみ込んで、ソラは当たり前のように背中に乗ってくる。
いつものようによいしょとソラを背負うと、よしっと意気込んだ。
「じゃあ早速、異形の魔女に会いに行こう!」
「ああ、早くしないとあの小さい奴らが暴れかねないからな」
目的地は魔女のいる森! いざ出発!
……って、行こうとしたのはいいんだけど。
「……で、森ってどっち?」
「いや、知らないが」
「あんなに自信満々に出て行ったのに知らないのかーいっ!」
とまあ、出鼻をくじかれたり……。
「まあその辺の住民に聞けばいいだろう」
「いやまあそうだけどさあ……テミスさんに聞いてくれば良かったなぁ」
はあ、とため息をついて、わたしは道沿いを歩き出した。
今更戻るのも気まずいしね……ひとまず誰かに道を聞いて、っと?
『ハーピーさん待って!』
と、小さな声が後ろから聞こえてくる。
この声は……さっき優しくしてくれた妖精さんだ。
わたしは振り向いてぱたぱたと急いで向かってくる妖精さんを見た。
「あれ、どうしたの妖精さん?」
『ふう……えっと、私も連れてって欲しいの! 私が居れば、きっとあの子も話を聞いてくれると思うから!』
必死に訴える妖精さんを見て、ソラはむうと唸る。
「てっきり全員が戦いに賛成してると思っていたが……監視のつもりか?」
『まさか! 私も戦いには反対だよ! 平和的に済むならそれが一番だもの!』
「ふむ……まあそれならいいだろう、同行を許す」
もう、ソラってば偉そうなんだから。
妖精さんは嬉しそうにその場でくるりと回り。
『ありがとう! じゃあこっちに来て、案内してあげるわ!』
と言って、ぱたぱたと急ぎ気味で先頭を飛び始めた。
わたしは妖精さんの後を駆け足で追い始める。
異形の魔女さんがどんな相手かは知らないけれど、話し合いはきっと出来るはず。
無駄な争いを防ぐために、まずは対話をしてみなくちゃ!
◇
妖精さんの後を追ってユク村近くの森へと入ったわたしたち。
深い森の奥へとどんどん進んでいくけれど、魔女さんの姿はまだ見当たらない。
もっと奥の方にいるのかな……?
「まだ着かないのか?」
『うーん、もうちょっと先の方にいるかも……』
妖精さんも正確な位置は分からないみたいで、キョロキョロと探し回っている。
ソラは少しだけ妖精さんを疑い始めている様子。
もしかしたら悪意があって森の奥へと連れて行ってるんじゃないか、ってこっそりわたしに耳打ちしてきた。
考えすぎだよとわたしは小声で言ったものの……少しだけ不安なのは確か。
そんな気持ちにさせるのは、きっとこの森が薄暗くて気味が悪いからかな……。
『おかしいな、いつもならこの辺りに居るはずなのに……』
見つからないのを不思議に思ったのか、妖精さんは首をかしげながら腕を組む。
「他に心当たりはないの?」
『他はあの子の家だけど、この時間はいつもパトロールをしてるはずだから居ないと思う』
「そっか……うーん、どこに行っちゃったんだろうね」
わたしも一緒に首をかしげていると、ソラがむう、と唸って。
「もしかしたら何か起きたのかもしれんな」
と一言呟いた。
「何かって、例えば?」
「その魔女は村の住民にとって敵だ、プースの街に討伐を依頼しようとするくらいだからな。つまり、先に来た誰かと戦いになっているかもしれん」
「……うん、確かにありえるかも。急いで見つけてあげなきゃ」
仮に退治されちゃったら、それこそ怒った妖精さんたちとの戦争になっちゃう。
今のところハンターさんを返り討ちにしてるみたいだけど、もしもの事があったらって思うと不安だ。
『うう、大丈夫かな、『トアムナ』ちゃん……』
「トアムナ?」
『あっ、いや、その……あの子の名前、うっかり言っちゃった……』
思わず口を押さえて慌てている妖精さん。どうやら秘密だった……のかな?
名前といい妖精さんたちの話といい、異形の魔女さんは森の怒りというより……"誰かが魔女を演じている"かのよう。
村長さんの話を聞いてスライムのお化けかなって思っちゃったけど、もしかして──。
「……る……るら……」
そうわたしが考え始めた時、かすかだけど森の奥から歌声が聞こえてきた。
とっても優しい声……思わず聞き惚れちゃう。
『……! この声、あの子です!』
どうやらこの声の主が魔女……トアムナさん?らしい。
思ったより幼い声だ、わたしの同級生と大差ないくらい。
この声からじゃ恐ろしい風貌が想像できないけど……。
「うん、行ってみよう!」
とにかく、無事そうでなにより。さっそく会ってみなきゃ!
わたしと妖精さんは、急いで声のする方へと向かった。
◇
声の主が居たのは、薄暗い森に出来た小さな広場。
その子は編みかごを持って、木のそばに生えたキノコを採っていたの。
「るーらー……♪ らららー……♪」
急いでやってきたわたしたちに気付かないその子。
飾りの付いた魔女のとんがり帽子と可愛らしい黒いローブ。
透き通った緑色の髪に若草色の身体……わたしと同じくらいの年齢の、スライム族の女の子だ。
でも、他のスライム族の人とちょっと様子が違うような……?
知的スライム族の人たちって、ちゃんと人型の姿を保っているはずなんだけど、その子はちょっとその姿が溶けてるような感じになってる。
足下は自分の身体の一部で水たまりのようになっていて、まるで原生スライムと知的スライムの間のような風貌だ。
『トアムナちゃん!』
妖精さんが急いでその子……トアムナちゃんのそばに近づいて、くるくると周りを回り出す。
トアムナちゃんは驚いた様子でキノコ片手に妖精さんを見て、目をまんまるにしていた。
「ふえあううぅっ!? あう……『ティル』ちゃん、ですか……びっくりしすぎて、思わず変身しちゃう所でした……」
『トアムナちゃん、大変なの! えっと、えっとね──』
「えと、落ち着いてくださいティルちゃん……なにかあったんですか? また村の人たちが、その、悪いこと、を……?」
トアムナちゃんが妖精さん……もといティルちゃんから目線を逸らし、わたしたちの方を見た。
目が合った瞬間、ひっ、と小さく悲鳴をあげて固まってしまうトアムナちゃん。
「えっと……こ、こんにちは」
とりあえず挨拶をしてみて、対話を試みようとしたんだけど──。
「あ、う、えっ、と──!」
『と、トアムナちゃん落ち着いて! この子たちは──」
「────っっ!」
その瞬間、声にならない悲鳴をあげながら、まるで弾むボールのようにぴしゃりぴしゃりと身体を崩して跳ね回って。
最終的にキノコを採っていた木の後ろに隠れちゃったの。
呆気に取られていたわたしが、次に目にしたものは。
「たっ……タチサレェェェ……!」
その木の後ろからぬらりと現れる巨大な粘液のお化け!
巨大な身体の大部分を占める歯のない大きな口、身体から生えたうねうねとうごめく何本もの触手。
頭の上にちょこんと乗ったとんがり帽子がちょっとかわいい……のはともかく。
「ひっ!? ほ、本性を見せたな化け物め!」
「ちょ、ソラ! 気持ちは分かるけど剣抜いちゃ駄目!」
ソラは怯えて剣を抜いちゃうし。
「ひぃっ! け、剣……! う、ううっ……ドッカイッテ……ッ! ジャナイト……タベチャウゾ……ッ!」
『わっ、わっ! トアムナちゃん落ち着いて! 落ち着いてー!』
トアムナちゃんは触手をぶんぶん振り回して怯えてるし……。
その場はもうそれはそれは大騒ぎになってしまったのでした。
ううー……なんでこうなるのぉ……?





