第二十八話【馬車に揺られて】
翌日、わたしたちは宿を出てドワイさんの家に向かう。
家の前ではレティシアちゃんとラルスさんがわたしたちを待っていた。
相変わらずべったりとラルスさんにくっついてる……よっぽど好きなんだなぁ。
「おはよう、レティシアちゃん!」
「あっ、おはようございますー、ハルちゃん、みなさん」
相変わらずのんびりした口調でにこりと返事を返すレティシアちゃん。
二人とも仲いいねーなんて声を掛けようとしたけど、あれ? なんだかラルスさん、ちょっとやつれてるような……?
「おいラルス、お前大丈夫か? 様子が変だぞ」
「ハハ……ちょっと寝不足なだけ……」
寝不足……? 何があったんだろ?
わたしとソラはよく分からず首を傾げて二人を見ていた。
「レティシアちゃん、ラルスさんどうしたの?」
「えへへ、一緒に寝てただけですよぉ?」
「そうなの?」
うーん、多分ラルスさん抱き枕にされてたんだろうけど……。
もしかしたら寝にくかったのかな?
……あれ、なんかリエッタさんの目がちょっと厳しいような?
「ラルスさん……もしかしてあなた……」
「ちょ、違うよ!? 本当に眠れなかっただけだって!」
リエッタさんの言葉に必死に否定するラルスさん。
一体何の事だろう……? 時々二人の会話が分からないや。
「おうい、お前ら!」
わたしとソラが頭をひねっていると、ドワイさんが家から出てきた。
「あ、ドワイさんおはようございます!」
「おう元気じゃのうハル! さて、今日の目的は分かっとるな?」
「はい、ユク村に向かうんですよね?」
「うむ、街の外に馬車を泊めてある。それに乗って行くがよいぞ」
わあ、馬車まで用意してくれたんだ。本当に太っ腹だなぁ……。
「何から何まですまない、ドワイよ。この借りは必ず返すぞ」
「ガッハハ! 言うのお、小童! 期待しておくとするかのお」
ソラの言葉に機嫌良く笑うドワイさん。
本当、いい人で良かったよ。わたしも何かお礼したいな。
んー……ハーピニアのお洋服とか喜んでもらえるかな? 今度ラルスさんに相談してみよっと!
「さて、昨晩スノウベル村の村長に向けて手紙を一通出した。話をすれば円滑に事が進むじゃろうて」
「まあ、ありがとうございます、ドワイ様」
「いいんじゃよリエッタ。じゃがヴァラム国内はどうなっとるか分からぬ、十分に注意するんじゃよ」
「……ええ、分かりました」
ヴァラム……鎖国状態だって聞いたけど、国内はどうなっているんだろう。
平和だとは限らないだろうし、注意して行った方がよさそうだね。
「レティシア、道案内を頼んだぞ」
「はぁい、お爺さま、わたくし頑張りますわー」
「……本当に大丈夫かのう」
あはは……確かにちょっと心配かな。
でもレティシアちゃんはやる気満々みたいだし、馬車もあるしなんとかなるでしょ! ……多分。
「それじゃ、気をつけて行ってらっしゃい」
「じゃみんな、またスノウベル村で会おうねえ」
「……してラルス、昨晩何があったのか教えて貰おうかのお?」
「爺様、だから本当に眠れなかっただけですって……ああ引っ張らないで! 俺は無実だああっ!」
ドワイさんはラルスさんの後ろ襟を掴み、家の方に引きずって行った。
わたしとソラは二人でまた首を捻って。
「……ねえレティシアちゃん、本当に一緒に寝てただけなの?」
「そうですよぉ? えへへへ」
レティシアちゃんに聞いても頬を赤く染めてそうだと答えるだけ。
ううん、謎は深まるばかり……。
「それよりも皆さん、さっそくユク村に向かいましょー」
「あ、うん! さっそく行こう!」
わたしたちはレティシアちゃんの案内でプースの外へと向かう。
レティシアちゃんの存在は有名みたいで、通りすがりの住民が彼女にお辞儀をしていた。
「むう……僕もお辞儀されたいぞ」
ソラはその光景をちょっと羨ましそうに見ていた。
もうソラったら、目立っちゃ大変な事になるってのに、まったく。
さてはて、外に出たわたしたちを待っていたのはとっても立派な馬車。
亀の甲羅のような紋章が大きく描かれている。いわゆる家紋ってやつかな?
「あれがお爺さまが用意してくださった馬車ですわー」
「これはずいぶんと立派ですね……」
リエッタさんもその大きさに驚いていた。
確かにこんな立派な馬車初めて見たかも……装飾も金色で豪華だし。
……な、なんか乗るのが場違いな気がしてきたよ……!
「レティシアお嬢様、いつでも出発できますよ」
「あらぁ、では早速参りましょうー」
御者さんが馬車の扉を開けて出迎えてくれるけれど、ちょっと怖気づいて足が動かない。
そしたらレティシアちゃんがいきますよーとぐいぐいと背中を押してわたしを馬車に乗せたの。
中はまさしく豪華の一言で、まるで貴族の人が乗るような馬車だなって印象だった。ちょっと落ち着かないなあ……。
あ、ちなみにやっぱりというか、ソラは躊躇なく馬車に乗ってふんぞり返ってた。
リエッタさんが最後に乗って、馬車の扉が閉められる。
そして御者さんの掛け声と共に、ユク村へと向かって馬車がゆっくりと動き出した。
座席は四席、わたしとリエッタさんは隣同士で、向かいにソラとレティシアちゃん。
なんだか落ち着かない私はキョロキョロと馬車の中を見渡している。
天井に付いてる新品同然のホタル灯が室内を照らしていて、豪華な装飾が光をきらりと反射。
ふかふかの座席は気持ちよくて、このまま寝る事もできちゃいそう。
こんな馬車、多分一生に一度乗れるかも分かんないよ……なんだかそわそわしちゃうな。
「ハルちゃん、どうかしましたのー?」
「あ、いや、アハハ……こういう高級そうな場所って、あんまり慣れてなくて」
「あー、なるほどなるほどぉ……ふふ、そんなに緊張しなくてもー、普通の馬車とそう変わらないですよぉ」
いや、相当違うと思うけど……!?
「そうだぞハル、少しは落ち着いたらどうだ」
「……時々さ、ソラの図太さを見習いたくなるよ」
「ふん、僕は王族だからな。この程度では驚きもしない」
……もうっ、生意気なんだから!
わたしは少し頬を膨らましてむっとする。
「そういえばー、ソラくんって王子様なんでしたっけぇ」
「うむ、少しは敬うのだぞ」
「はぁい、ふふー、かわいいですよー」
「それは敬ってるとは──あ、こらっ、頭を撫でるな!」
あらあら、顔真っ赤にさせて照れちゃって……。
優しく撫でるレティシアちゃんに照れながら怒るソラ。
それを見てわたしとリエッタさんはくすくす笑う。
「お、お前ら笑ってないでやめさせろー!」
ぷんぷん怒ってるけどまんざらでもなさそうだし、しばらく様子を見ておこうかな。へへへ。
誰もやめさせないのを悟ったソラは、ぐぬぬと言いたげな表情で何も言わなくなる。
まるでお姉ちゃんが弟をあやすような光景がしばらく続いた。
◇
馬車に揺られて一時間。
窓の外を見ると大きな橋を渡っている所みたい。
川の周囲は森に囲まれてて、一気に未開の地っぽくなってきた。
「この橋を渡ればもうすぐユク村ですよぉ」
相変わらずまったりとした口調でレティシアちゃんが説明する。
ソラを撫でてるのも相変わらず。もうソラは何も言わずむすっと照れてる。
膝に寝かせようとしたときは流石に焦ってたけどね、ふふふ。
「ねえレティシアちゃん、ユク村ってどんな所?」
「そうですねぇ……プースよりも前に出来た村で、とっても古い歴史がある村なんですー」
レティシアちゃんが言うには、移民船が座礁する前からあった先住民の村だという。
アウェロー大陸には昔から住んでる種族も居るみたいで、ユク村は昔ながらの生活を送っている数少ない村の一つなんだとか。
「狩りの神様と森の神様を信仰してましてぇ、ハンターさんが沢山住んでるんですー」
「なるほど、確かに狩りには丁度良い立地ですね」
「ですですー。……あ、そういえばぁ、最近お爺さまがユク村で変な噂が流れていると言っていたようなー」
「変な噂、ですか?」
リエッタさんが首を傾げると、レティシアちゃんはこくりと頷く。
「なんでも最近、森に『異形の魔女』が住み着いたとかー」
「異形の魔女?」
「はいー、恐ろしい化け物の姿でハンターさんを襲うんだとかー」
異形の魔女……なんか不気味な名前だなぁ……。
「魔女だの化け物だの、そんなの居るわけ無いだろう。何かと見間違えたに違いない」
「ソラくんみたいな子供を丸呑みに出来ちゃうほど大きいらしいですよー」
「……ふ、ふん、だからどうしたんだ、まったく」
「よしよし、こわくなーいこわくなーい」
「だーっ! だから撫でるのをやめろ!」
アハハ、すっかり気に入られちゃったみたいだね。
しかしそんな噂が流れてるなんて、ちょっと怖いなぁ……。
「まあ、わたくしたちの目的には関係ないので大丈夫だと思いますよぉ」
レティシアちゃんはそう言ってにこりと笑って見せた。
うん、何も無いとは思うけど……なんだかイヤーな予感がするんだよねぇ……。
わたしの心配を他所に、馬車はユク村へと向かって進んで行く。
これからまた一騒動起こるとも知らずに……。





