第二十七話【おっとり兎とガミガミ亀】
「さて、まずは現在地、プースの港町がここにある。この地図で言うと南西の端っこじゃの」
見せられた地図には、ヴァラムを除いたアウェロー大陸の北部が描かれていた。
プースの南は大湿原になっていて、北は森林と川がある。
地図を見る限りだと森や湿原ばっかりで、開拓が思うように進んでいないみたい。
「まず三人が向かうべきはここから北にある"ユク村"じゃ。近場の遺跡を管理しているから、そこで探索許可を貰うといい」
「村の北西にあるのがそうですか?」
「そうじゃよハル、小さな遺跡だが未探索の場所がある。ソラが持つ鉄の鍵を使えば探索できるじゃろう」
小さな遺跡かあ……そこでソラジマへ行く方法が見つかけばいいんだけど。
未探索の場所に行かないといけないって思うとちょっと怖いかな……危なくないといいなぁ。
「遺跡を探索した後、そのまま北の道を進み、途中の分かれ道を西に行く。すると"スノウベル村"が見えてくるはずじゃ」
「ここにも遺跡があるな、ずいぶんと近いようだ」
「うむ、じゃがそれだけでないぞソラ。ここの住民はかつてヴァラムに住んでおった者も居るから、ヴァラムへ行くなら彼らが助けになるじゃろう」
スノウベル村……なんだか素敵な響きだけど、とっても寒そう。コートでも買って行こうかな?
ハーピー用の服、この街で売ってると良いんだけど……。
「ヴァラムの海岸線に城塞が……前はなかったのに」
「あの戦争から数十年、ヴァラム内部は大きく変わっとるじゃろう……もはやあの場所はリエッタの記憶通りではないのかもしれんのう」
「……早く行かなければなりませんね」
リエッタさんは真面目な表情でその城塞の方を見ていた。
北側が何も描かれてないのを見ると、多分海岸からしか分からないんだと思う。
ヴァラムは……リエッタさんの故郷は、今何が起こってるんだろう?
「ヴァラムに行った後は、そうじゃの……一度スノウベル村に戻ってくるといい。ヴァラムに行っとる間にラルスを向かわせとこう、こやつから次どうするか聞くとよい」
「えっ、俺も動く感じっすか?」
「当たり前じゃい! まさか船の世話だけしとりゃいいとか思っとったんじゃなかろうな?」
「あ、いや、ハハハ! 滅相もない……」
あらら……ラルスさんも災難だね。
でもラルスさんって、待ってる間何してるつもりだったんだろ?
……うん、お酒飲んでナンパしてるイメージしか湧かない……。
「さて、ユク村に到着したら探索許可を貰わんといかんと言ったが、見ず知らずの者に許可は出んじゃろう」
「えっ、じゃあどうするんですか?」
「まあ慌てるな、使いの者と一緒に行けばよい……おうい、『レティシア』、 こっちに来なさい」
ドワイさんの言葉に応えるように、はあいというゆったりとした声が扉の外から聞こえてくる。
声がしてから少し経って、扉が開かれ……開か……開……?
……あれ、遅くない?
「お嬢さん、相変わらずマイペースだなぁ……」
ラルスさんがやれやれと頭を掻く。
どうやらさっきラルスさんが言ってたお嬢さんみたいだけど……?
「おうい、レティシア! 客人を待たせとるぞ!」
ドワイさんの呼ぶ声に応えるように、扉がゆっ……くりと開いた。
外に居たのは真っ白な兎の獣人さん。お嬢さんって名に恥じないような、素敵な服を着ている。歳は私と同じくらい?
そしてなぜかとっても眠たげ……もしかしてだけど、ちょっと寝てた?
「すみませんお爺さま、少しうとうとしてしまいましたー」
「完全に寝てたじゃろお前! ……まあいいわい」
あ、やっぱり寝てたんだ……いや寝るの? 廊下で?
「やあお嬢さん、相変わらずだねえ」
「ふあっ……!」
ラルスさんが挨拶すると、レティシアちゃんは垂れてた耳をぴんと立てて。
ちょっと早足でラルスさんに近づくと、嬉しそうにむぎゅうと抱きついたの。
「ラルス様ぁ、お久しぶりですぅ、えへへぇ」
「ちょ、お嬢さん、みんなの前で抱きつくのはやめて……!」
抱きつかれて少し照れくさそうにしているラルスさん。
優しく引き剥がそうとするも、レティシアちゃんはぴったりくっついたまま。
ははーん……なるほどねー。
「ラルスさんも隅に置けませんなぁ、こんなにかわいい彼女が居たなんてさ!」
「違うよハル!? お嬢さんは子供の頃よく遊んであげてたってだけで──」
必死に否定するラルスさんだけど。
「あらあら、彼女だなんてぇ……恥ずかしいですわー……」
「お嬢さん何言ってるの!?」
レティシアちゃんは頬を真っ赤に染めて、完全にその気みたい。
こういうの、見てるとついニヤニヤしちゃうなぁ。
「だいたいお嬢さんはなんというかー、そのー……そう、妹みたいな感じだし! 別に好きとかそういうんじゃ──」
「ふえ……そんな、ひどいですわ……」
あー、ラルスさんそれは言っちゃ駄目だよ。
レティシアちゃんは今にも泣き出しそうで、目をうるうるとさせていた。
「おいラルスよお、ウチの孫を泣かせたら……分かっとるよな?」
「あーそう! 好きを通り越して愛してるかなー! 妹として!」
あ、あはは……わたしが焚き付けたからちょっと罪悪感を感じるかも……。
でも"愛してる"だなんて言われたレティシアちゃんは、それはもう嬉しそうにしてラルスさんにぴっとりくっついている。
幸せそうで良かった……かな? ラルスさんはちょっと疲れてるみたいだけど。
「兎と亀か……どうも孫というには種族が違いすぎると思うが」
「うーむ、まあ詳しい話は道中レティシアにでも聞いとくれ。とにかくじゃ」
ドワイさんはこほんと咳払いをして、レティシアちゃんを見る。
「レティシアや、この者たちをユク村まで案内してやっとくれ」
「えへぇ……あっ、はあい、お爺さまぁ、分かりましたー」
「本当に分かったんじゃろうな……?」
「だいじょうぶですー……たぶん?」
……本当に大丈夫かなぁ。
レティシアちゃんはわたしたちの方を向くと、丁寧にお辞儀をする。
「レティシアですー、よろしくお願いしますわぁ、皆さんー」
ふんわりした言動は相変わらずだけど、その物腰は本当にお嬢さまって感じだ。
着てる服もそうだけど、オシャレな服をいっぱい買ってもらえてそうで、ちょっとうらやましい……。
「よろしくね、レティシアちゃん! 歳も近そうだし、タメ口でもいいかな?」
「もちろんですわぁ、同年代の方と知り合えてとっても嬉しいですのー」
レティシアちゃんはにこりと笑って返してくれた。
こんな子がアカデミーに居たら人気者間違いなしだね! 授業中眠っちゃいそうだけど……。
「しばらくよろしく頼む、レティシア」
「私からも、よろしくお願いしますね。護衛は任せてください」
全員で挨拶を終えた後、ドワイさんが再びコホンと咳払い。
「では、今日は出発するのに遅いから、明日この家の前に集合じゃ」
「分かりましたドワイさん、協力してくださってありがとうございます!」
「ふぉっふぉ! いいんじゃよハル、レティシアと仲良くしてやってくれ」
わたしがぺこりと頭を下げると、ドワイさんは笑って応えてくれた。
最初はこわい人って思っちゃったけど、いい人で良かったなあ……。
アウェロー大陸での冒険は良いスタートが切れそう!
「ああ、そうじゃ。今夜はこの家を出てすぐ近くにある宿に泊まるといい、話は通しておくからすぐに泊まれるじゃろうて」
「まあ……何から何まで申し訳ありません」
「ふっふ、気にするでないヴァラムの騎士よ。国に無事帰れるといいのう」
宿まで手配してくれるなんてすごい太っ腹……いいのかな?
ラルスさんの知り合いってだけでこんなに良くしてくれるのはどうしてなんだろう?
「ドワイよ、協力感謝する。……しかし、どうしてそこまで良くしてくれるんだ? 僕たちは他人も同然だろうに」
あ、やっぱりソラも気になってたんだ。
ドワイさんはくつくつ笑うと、わたしの方をちらりと見て。
「なあに、ちょっとした借りがあるんじゃよ、ふふ」
と言っていた……どういうことなんだろう?
さてはて、話を終えたわたしたちは執事さんの案内で宿へ。
そこはとっても大きな宿で、ツギーノで泊まった宿を彷彿とさせる立派な所だった。
執事さんは宿の人にドワイさんの案内だと伝えると、わたしたちは無料で泊まれる事になったのだ。
なんだかここまで好待遇だと申し訳ないような気がするけど、ありがたく受けちゃおう、えへへ。
あ、そうそう、ラルスさんはドワイさんの家に泊まるみたい。
今頃レティシアちゃんに引っ付かれて困ってるだろうなあ。
きっと今夜は抱き枕確定だね……頑張れラルスさん。
さ、明日からアウェローでの冒険が始まるんだ。
どんな冒険になるのか、今から楽しみだなあ……。
わたしは胸の高鳴りを感じながら、ふかふかのベッドでゆっくりと睡眠を取った。
ちなみにここのお風呂も、ツギーノの宿と変わらないぐらい豪華だった。はあ、最高……!
 





