第二十六話【協力者ドワイ】
わたしたちは家の二階の大きな扉の前に案内された。
執事さんがその扉をコンコンとノックして、中の人に声を掛ける。
「ドワイ様、客人をお連れしました」
「うむ、入れ」
部屋の中から渋い老人の声が聞こえてくる。
声の感じからして真面目な感じがするけれど、どんな人なんだろう。
わたしは緊張した面持ちで、開かれる扉の先をじっと見つめていた。
部屋に居たのは、深々と椅子に座り、パイプをくわえてぷかぷかと煙を出している亀の獣人さん。
机を挟んでわたしたちを一瞥すると、パイプを手に持ってふはーと煙を吐く。
ちょっと怖い人なのかな……なんて少し緊張しちゃってたけれど──。
「ラルスゥ、よく来たなァ! 相変わらず幸薄そうなシケた顔しおってェ! ガッハハハハ!」
なんて、眼をまんまるにして嬉々として言うものだから、ちょっとだけ拍子抜けしてしまった。
「ハハハ……相変わらず元気そうで、ドワイ爺様」
「なァに、わしゃまだ百年は生きるぞ! む、それとも何か? まだくたばってなくて損した気分かァ?」
「い、いやいやいや! 滅相も無い! 爺様には長生きしてほしいですからね! ハッハハハ……」
「……目ェ、泳いどるぞォ」
睨みつけてドスの聞いた声を出すドワイさんに、ラルスさんはびくっと身体を震わせる。
ええと……多分、ラルスさんはあの人に頭が上がらないみたい?
でも狼狽えるラルスさんを見て、ドワイさんはにやりとした後ガッハッハと大きく高笑い。
「まだまだ肝が据わっとらんのォ! 見かけばッかり歳を取りおってェ!」
「爺様のソレはマジ怖いんでやめて欲しいっす」
「ただの一喝じゃろォ? まったく、この臆病カモメめェ! ガッハハハ!」
ドワイさんの一喝がどんなものかは分からないけれど、大の大人が怯えるくらいなんだから恐ろしいんだろうなぁ。
でも今のところご機嫌みたいだし、良かった……のかな?
パイプをぷかぷかと吸っているドワイさんは、甲羅ごと覆えるスーツを着ている。
傍の帽子掛けに掛かってる黒い中折れ帽子を被れば、漫画に出てくる"マフィア"みたいに見えるかもしれない。
亀の獣人は長命種だから、リエッタさんよりも遥かに年上なのは確実だね。
もしかしたらプースの街が出来る前から生きているかも……。
「はーァ、笑った笑ったァ……して、そこの三人」
灰皿に付いているコルクへパイプをコン、と叩いて吸い殻を落とすドワイさん。
そのまま灰皿にパイプを置くと、わたしたち三人の顔を見定めるかのようにじいっと見てきた。
「ふむ、ハーピーにヴァンパイア、そして正体を隠す者……怪しいのォ」
訝しげに言うドワイさんにラルスさんが何か言いかける。
けれど手を頬に突き、もう片方の手でソラを指さして、ドワイさんは言葉を遮るように言い放った。
「特にそこのフードローブを着た者。正体を明かせないのと堂々とした立ち振る舞いから見るに、貴族か王族か。どっちにしろ"何か面倒ごとを抱えたロクなモンじゃあない奴"じゃろう、違うか?」
「む……誰がロクなモンじゃない奴だ、無礼だぞ」
「ほほう、口を開けば子供と来たか! どこぞのお坊ちゃんかはァ知らねえがのォ、腹割って話せねェ相手に協力したいと誰が思うか? えぇ?」
威圧的な態度でソラを指さすドワイさん。
むう……確かにフードを取らなかったのは悪いかもしれないけれど、そこまで言わなくてもいいじゃない。
わたしは少しむっとして、つい抗議しようとしちゃったけれど。
「むう……確かに、正体は明かすべきであったな、ドワイとやら」
少しこらえている様子で、ソラはフードを取った。
ドワイさんはほう、と呟きながら机に手を置いて、まじまじとソラを見つめ。
「……いや、まさか」
と、眼をまんまるにしたの。
ソラはくくくと笑うと、ローブをばさりと脱ぎ捨てた。
「その"まさか"だ、ドワイとやら! 僕はかの五十三代目空王の息子、ソラであるっ! 頭が高いぞ老人、こうべを垂れろっ!」
そしてふんぞり返って、失礼をとびっきりの失礼で返したのである。
……あと、なぜかソラはわたしの方にローブを飛ばしてきたので思わずキャッチ。なによもう。
ドワイさんは驚いたのかあんぐりと口をあけ、ソラの全身を上から下までじっくりと見つめている。
そして腕を組んで、むううと唸ると。
「……ラルスよォ、とんでもねェ相手を連れて来たなァ?」
目を細め、ラルスさんをキッと睨みつけたのだ。
多分、驚いたと同時にソラの態度に腹を立てたんだろうけれど……。
わたし、今のラルスさんの気持ちが分かる。絶対とばっちりだよって思ってる。
「ふふふ、まあ僕は寛容だ、無礼はチャラにしてやろう。その代わりしっかり協力するんだぞ、いいな?」
「おい、舐め腐った態度取ってるとサメの餌にするぞ、クソ坊主」
「ひぅっ……! おっ、おおっ……脅したって、無駄だからな……!」
も、ものすごいドスの聞いた声……背筋が一瞬凍ったよ……。
流石のソラも震えあがってる……ラルスさんが怖がる理由がちょっと分かった気がする……。
「ふーゥ……しかし人間たァ驚いたもんじゃな、噂は本当だったんじゃのォ」
「ええと、爺様……噂とは?」
「イリス大陸に人間が現れたと昨日辺りに情報が届いたんじゃよ。まあ、誰かが流した与太話じゃとおもっとったが……本人が現れちゃあ信じるしかあるまいて」
ドワイさんは悩んだ様子で顎に手を当て、ふむうと声を漏らし。
「ここに至った経緯を説明してくれんか? 協力するかはそれから決めようじゃあないか」
と、説明を求めて来たのである。
ソラは震えあがってて、ラルスさんも勘弁してくれと言った様子。
リエッタさんはドワイさんを見つめて、何か考えている様子で口を閉じたまま。
「ええっと、それじゃあわたしが──」
まあ、ここは最初からソラに付き合っているわたしが説明するしかないよね……。
わたしは、ドワイさんにここまでの経緯をゆっくりと説明した。
ソラが落ちて来たこと。ソラジマという旅の目的地と、そこに至るために助けが必要なこと。
他にもソラが持っている剣の話とか、それを悪用しようとしている者がいるとか──とにかく全部を、事細かく話をしたの。
「──そういうわけで、わたしたちは遺跡巡りをしななきゃいけなくて、ドワイさんの助けを借りたいんです」
わたしが話し合える頃には窓から見える太陽はすこし傾き始めていた。
たぶん一時間くらい語ってたかも……めっちゃ疲れた……。
ドワイさんは無言でわたしの顔をじいっと見つめていて、少しだけ怖くなったけれど。
「──あやつの娘じゃったか」
「えっ?」
何かぼそりと呟いたと思ったら、にこりと笑ってうんうんと頷いたの。
「いやいや、疑ったすまなかったのォ。歳を取ると用心深くなるもんでな、ガッハハハ!」
「は、はぁ……えっとその、協力の方は……?」
「ああもちろん、心配せんでよい! そういう話なら協力しようじゃあないか!」
ドワイさんはそう言うとガッハッハとまた高笑い。
えっと、多分誤解が解けたというか、分かって貰えたのかな?
わたしも説明が上手いわけじゃないけれど、伝わったみたいでよかったよホント……。
「ありがたい申し出、感謝します……"甲板長様"」
えっ、甲板長?
今まで黙っていたリエッタさんが急にそんなことを言い出すものだから、少し驚いて振り返ってしまう。
ドワイさんはさほど驚く様子もなく、目を細めてリエッタさんの方を見た。
「ほう、その名で呼ばれるのは久しいのォ」
「移民船座礁から皆さんをまとめあげた貴方様の伝説的な手腕はヴァラムにも伝わっていますから」
「なるほど、ヴァラムの騎士じゃったか。ツェペシュを持っているからもしやと思うたが」
「……今、ヴァラムはどうなっているのでしょうか?」
「喉を負傷して流浪の旅をせざるを得なくなったとハルが言っておったな……」
ドワイさんはリエッタさんの問いに首を振る。
「残念ながら分からんよ、ヴァラムは今"鎖国状態"にあるからのォ」
「鎖国状態……?」
「あの戦争に参加しとったんじゃろ? 戦争は終結したが、ヴァラムの国王は国防を理由に国境に巨大な防壁を築いてな……今やフェ=ラトゥ山脈を越えた先の内情を知る者は居らぬ」
「そんな……! そんなことをすれば、資源に貧しいヴァラムは衰退する一方ではありませんか!」
「うむ、だから不思議なのじゃよ……彼らがなぜ生きていられるのか、なぜ鎖国を続けられるのかが」
鎖国状態ってことは、つまり外交や貿易を一切していないってことだよね?
リエッタさんの言う事が本当なら、まさしくそれは自殺と言ってもいい行為だろう。
どうして鎖国を続けられているのか気になるけれど……それよりも、これじゃあリエッタさんが国に戻れないんじゃ?
「ドワイよ、ヴァラムに行く方法は無いのか?」
「まったくなんじゃい、敬語も知らぬ若造め……お前に教える事なんかないわ」
ソラの質問に嫌々そうに返すドワイさん。
けれどソラは、とても真剣な表情で頼み込む。
「リエッタを故郷に返したいんだ。些細なことでもいい、情報があれば教えて欲しいんだ……頼む」
「……面構えだけは一人前じゃの、やれやれ」
ドワイさんはふうとため息をつくと、執事さんに地図を持ってくるようにと指示を出す。
そして、にやりと笑みを浮かべてわたしたち全員を見るのだ。
「ソラジマ到達、それとヴァラムへの帰還を含めた上で作戦会議といこうじゃあないか」
間もなく執事さんが地図を持ってくると、机の上に広げられる。
わたしたちは机の近くに寄って、ドワイさんの作戦を聞くことになった。





