第二十三話【初めての友達】
宿に戻ったわたしは、お風呂に入った後ほかほかとした気分で部屋に居た。
お風呂を出た後のこの時間がまた堪らないんだよね……はー、良いお湯だった。
リエッタさんは入れ違いで今お風呂に入ってる。まだ戻ってくるのに時間がかかりそう。
しかしソラのやつ、アルプの酒場を出た後からずっと会話をしてくれない。
そんなに嫌だったのかなあ、うーん……悪い事しちゃったな。
このまま明日も口聞いてくれなかったら困るよね……。
よし、ちゃんと謝りにいこう、からかったのは確かに悪かったし。
そうと決まれば即行動! ソラの所へと向かおうとわたしは部屋の扉に手を掛けた。
「あっ」
扉を開けた瞬間、ソラが扉の前に居て、目と目が合う。
ソラはしばらく硬直した後。
「あー、そ、その、なんだ」
と、少しうろたえながら目線をそらした。
……なんだかちょっと気まずい空気。
「えーっと……とりあえず、部屋にはいる?」
「……うむ」
わたしはソラを部屋に入れて、一緒にテーブルへと向かう。
備え付けの椅子に向かい合って座り、ソラに話しかけようとしたんだけれど。
……なんか、ちょっとだけ言い出しにくくて。ソラもソラで言い出しにくそうにしているというか。
「なあ」
「ねえ」
言い出そうとすれば声が重なって、ますます気まずい雰囲気に。
「む、その……先に言っていいぞ」
「いや、まあ……ソラが先でいいよ、何か用があったんでしょ?」
「用があったと言えば、確かにそうだが、その……」
互いに譲り合って、話が一向に進まない。
あーもう、わたしってば何してるんだろ。さっさと謝っちゃえばいいのに……。
なんだか妙に言い出しにくい空気で、タイミングが掴めない。
「……その、だ。さっきは冷たく当たってすまなかった」
わたしがどうしようか悩んでると、ソラが先に謝って来た。
うう、別にわたしが悪いんだから謝らなくてもいいのに……。
「いやいや、ソラは悪くないよ」
「大人げない行為だったのは自覚しているんだ、謝らせてくれ」
「じゃあわたしも謝るよ、からかって本当にごめんね」
「ううむ、別にからかわれたのは気にしてないのだが……」
「えっ?」
ソラは再び言いにくそうにして口を閉じてしまった。
からかわれて怒ったわけじゃないの? じゃあなんであんな態度だったんだろう……。
「ソラ、一体どうしちゃったのさ。言ってくれなきゃ分かんないよ」
「うむ……そう、だな。ちゃんと言わなきゃ、駄目だな」
今まで目線をそらしていたソラだったけれど、何かを決心した様子でわたしをじっと見つめる。
な、なんだかわたしまで緊張しちゃうなこれ。一体何なんだろう?
「ハル、僕は……このソラは、君の事を、すっ……」
す?
……えっ、えっ、ちょっとまって? いや、これって、そう言う事なの!?
いやいや、確かにソラは友達として好きだけどさ! その、まだ気が早いんじゃないかな!?
「すっ、すす……」
あーもう、どうしよう! 完全に告白だよこれ!
男の子に告白されるなんて初めてだし、心の準備とかまったくしてなかったし!
ソラと出会ってまだそんなに経ってないし! その、恋愛とか、全然分かんないし……!
「……すまない、言い直す! ハル、僕は君の事を──!」
「はひっ!」
あうう、慌てすぎて噛んじゃった……! その、えっと……!
ソラがその気なら、こう、考えなくもない、けど、さっ!
ああでも待って、やっぱり心の準備がまだ──!
「すごく良い友達だと思ってるっっ!」
って好きちゃうんかーい!
わたしは拍子抜けして椅子から崩れ落ちた。
「……その、大丈夫か?」
「いや、うん、ごめん……一人で勝手に盛り上がってただけだから……」
……自分でも薄々気づいてたけど、わたしってけっこう馬鹿だと思う。
そう思いながら、また椅子に座ってソラの方を見た。
「えっと、ソラ……それが言いたかったことなの?」
「うむ、ラルスが言ってたとおりにはっきりさせておきたくてな……僕は君を友達だと思っている」
「ええと、どうしてそれをはっきりさせておきたかったの?」
「……ちょっと身の上話をさせてくれ」
ソラは自分がソラジマに居た時の事を話してくれた。
ソラが王宮に居た時、友達と言える相手は居なかったそうだ。
年上も、同年代も、年下も、みんな頭を下げて王子様と言ってこびへつらって。
ソラ自身もそれが当たり前だと思っていたし、友達なんて必要ないとさえ思っていたそうだ。
「だけど、地上に降りてきてからハルと出会って……初めて僕は王子じゃなく"ソラ"として扱われた気がした。最初は「失礼な奴だ」なんて思っていたけれど、君が友達だって言ってくれて……なぜかとても救われた気がしたんだ」
ソラは少し照れ臭そうに頬をかいて、頬を赤く染めていた。
「ハル、君は僕にとって、その……初めての友達だ。君さえよければ、これからも友達として仲良くしてくれないか」
その様子がなんだかいじらしくて、思わず笑みがこぼれてしまう。
家来とかなんだか言ってたけど、本心は友達だと思ってくれてて、とっても嬉しかった。
「……えへへ、そんなの当たり前じゃん! わたしとソラはこれからも友達だよっ!」
わたしはにこりと笑って、ソラに答える。
ソラも年相応の明るい笑顔を見せてくれて、ああ、これが本来のソラなのかなって強く感じた。
「そ、そうか……ふふ、ありがとうハル」
「もー、お礼なんていいよ! 友達なんだからさ!」
素直になったソラはちょっと可愛いな、えへへ。
ソラは強く頷いて、にこりと笑って言った。
「うむ、そうだな……! これからもよろしく頼むぞ、馬!」
「うん、よろし──オイコラ誰が馬じゃ」
「ふっ、何もおかしくはないだろう? 友達以前にお前は僕の家来で優秀な馬だ、これからもキビキビ働けよ?」
「……部屋から出てけえーっ!」
「ぬわっ! ちょ、引っ張るな! 服が! 服が伸びるーっ!」
わたしは椅子から飛び降りてソラを引きずり、部屋の外へと追い出した。
調子に乗るとすぐこれなんだから! 生意気ソラ!
……ふふっ、まったく。
──アルプの酒場で見たショーはとても素晴らしいものだった。
でもそれ以上に、ソラの本心を知ることが出来てとても嬉しい。
初めての友達だなんて少し照れ臭いけれど、これからも素敵な友達として接していけたらなと思う。
あっでも、馬は禁句。──
「ふふ、ハルちゃんなんだか嬉しそうだね」
「ん、そうかな? えへへ」
鼻歌を歌いながら日記を書く私を、リエッタさんは楽しそうに眺めていて。
何があったのかは言わなかったけれど、でもなんとなく察してくれたみたいだった。





