第二十二話【アルプの見せる夢】
わたしたちはアルプの酒場に戻ってきて、席に座っていた。
早めに来たお陰か、ラルスさん曰く「特等席が取れた」らしい。
わたしたちの目の前には赤いカーテンで閉じられた大きな舞台がある。
確かにあのカーテン何だろうって気になっていたけれど、ラルスさんが見せたかったものってこれなのかな?
「むぐむぐ……ラルスよ、まだ始まらぬのか?」
ソラはカットされたりんごを食べながら、ラルスさんが見せたかったものが始まるのを待っている。
「一体何が始まるのかしらね、ハルちゃん?」
「うーん……ピアノの演奏、とか?」
うう、無難なことしか言えない自分の貧相な想像力が憎らしい。
でも本当に何をやるんだろう? お客さんでごった返しているし、席に座れなくて立って待っている人も居るぐらいだ。
ラルスさんはジョッキに入った発泡酒をぐびっと飲んで。
半分くらい入ったジョッキをゆらゆらと揺らしながら、片手で懐中時計を見ていた。
「まあまあみなさん、もう少しで始まりますよおっとお……ほぉら、支配人が来た」
ちょっぴりろれつが回ってないラルスさんがジョッキを向けた先に、黒い背広服を来た猫の獣人が現れた。
すこしぽっちゃりとしたその獣人は、被っているシルクハットを外してうやうやしくお辞儀。
拍手が飛び交う中シルクハットを被りなおすと、両手を大きく広げて喋り始めた。
「レディースアンドジェントルメン! 初めての方もそうでない方も、ようこそいらっしゃいました! わたくし支配人の『アルプ』と申します。今宵も皆様に素敵な"夢"を届けに参りましたよ!」
わーっと湧き上がる拍手と歓声。
早く開演しろー! という酔っ払いの声も混じっている。
アルプさんはその声に指を振って応えた。
「ノン、ノン。焦ってはいけません、夢はすべからく平等に届けられるべきですから! といっても今宵も席は満席、実にありがたい事です! これならば少し予定を早めても罰は当たらないでしょう!」
そう言うとアルプさんはパチンと指を鳴らす。
するとどういう仕組みなのか、一斉に部屋の明かりが消え、酒場は真っ暗になってしまった。
わたしがキョロキョロと明かりの方を見ると、ラルスさんはくすりと笑って説明してくれる。
「これはガス灯って言うのさあ、ハル。燃える気体を燃料にしてるんだ」
「へえ、そうなんですね……どこからその気体が来てるんですか?」
「まあどっかにタンクかなんかあるんだろうねえ……ひっく」
ラルスさんが言うには、これも人間が残した技術らしい。
ハーピニアはほとんどがホタル灯だから、少し驚いちゃった。
……ちょっと田舎者っぽかったかな、恥ずかしい。一応都会育ちなのに。
「では始めましょう……今宵の夢を、貴方に」
そう言うとカーテンが開かれ、舞台周りの照明が点灯する。
そこには踊り子衣装に身を包んだ、様々な種族の踊り子さんたちが居た。
次の瞬間、奏でられる音楽と共に踊り子さんが躍りだしたの。
「いよォっ! 待ってましたあっ!」
ラルスさんを含め、大勢の客が熱狂的な歓声をあげてそのショーを見ている。
わたしも思わずその光景に、わあと声をあげてしまった。
軽快なリズムで始まったダンス、ぴょんぴょんと軽やかに跳ねる踊り子さんたち。
酒場を賑やかに彩るそれは、まさしく小さなカーニバル。
踊り子さんたちが手に持った鈴は曲を更に華やかにして、観客たちを盛り上げていく。
まさにアルプさんの言う通り"夢"と言っても過言ではないショーが繰り広げられていた。
「すごいね二人とも! こんなショー初めて見たよ!」
わたしが興奮気味に言うと、リエッタさんも頷いて。
「確かにラルスさんが見せたかったのも頷けるわ、素晴らしいショーだもの」
にこりと笑ってそのショーの様子を眺めていた。
一方ソラはむう、と目線を逸らしていて。
「ただその、なんだ……露出が多いんじゃないか?」
と苦言? を言っていた。
まったくウブというかなんというか……ふふ、ちょっとだけからかってやろ。
「ははーん、子供には刺激が強すぎたかなぁ」
「なっ……! 子供と言うんじゃない! まったく、たかがショーだろう……こんなもの……こ、こんな……くっ!」
「意地張って見なくてもいいんだよー?」
「うるさいっ! 見るったら見る!」
……おっと、ちょっとからかいすぎたかな。反省。
そんな意地を張るソラに対して、酔っぱらったラルスさんが絡みだした。
「ひっくえ……ソラよおい、誰が一番好みだあ……」
「ななっ!? 好みぃっ!?」
ソラの声が裏返ってる……そんなに恥ずかしい?
確かに美人さんばかりだけど、ソラからしたら異種族も同然だろうになあ。
「いいじゃねえかよお! 男同士の……ひっく、男同士だろぉ!?」
「こ、好みなどと、そういうのはもうちょっとこう、こっそり話すべきであって……」
「かーっ! ウブだねえ本当にウブだよ! こりゃしっかり教育してやらなきゃだめだなあ!」
か、完全にめんどくさい酔っ払いだ……。
ラルスさんは立ち上がって、ジョッキをグイっと一飲みにすると。
「男ならビシっとお! 好きなら好きって言うもんだぜえっ! ナナちゃーんっ! 好きだあーっ!」
と、ハーピーの踊り子さんに手を振った。
ナナちゃんと呼ばれたハーピーの踊り子は踊りながらウインクを返して、ラルスさんは胸を貫かれたかのような仕草。
そしてへなへなと椅子にまた座ると、机に突っ伏したのだ。
「シビれたぜ……うー、ナナちゃあん……」
ソラはわたしとリエッタさんをキョロキョロ見ている。
多分どうしたものかと思ってるんだと思うけど、うんごめん、わたしにもどうすることも出来ないわ。
「僕、僕はその……ちょっと夜風に当たってくる」
そして雰囲気にギブアップしたのか、少し顔を赤くしてふらふらと外へと行ってしまった。
うーん、わたしもからかい過ぎちゃったからちょっと罪悪感。あとで謝ってこよう。
ステージは佳境を迎え、花形の踊り子さんがくるりと宙を前転。
綺麗に着地を決めた時、全員がびしっとポーズを決めてショーは幕を閉じた。
いやー、良い物が見れたなあ……まさかこんなショーが見れるとは思わなかったよ。
リエッタさんも満足そうにパチパチと拍手をしている。ラルスさんは……うん、潰れてるね。
「皆様、今宵も素晴らしいひと時をお過ごしいただけたでしょうか? ええ、ええ、おっしゃらなくても皆様のお顔を見ればわかります! この笑顔と歓声こそが何よりの証明でしょう!」
歓声に包まれる中、アルプさんに照明が当てられる。
アルプさんは、歓声に包まれている酒場をすごく嬉しそうに見渡していた。
「今宵の夢は終わってしまいましたが、再び皆様を夢へと誘う日が来ると、わたくしアルプは信じておりますとも! それでは閉店までの時間、どうぞごゆるりとお過ごし下さいませ──」
そう言うとアルプさんに当てられた照明がふっと消え、酒場の明かりがぽつぽつと付き始める。
いつの間にかアルプさんは消えていて、見終わった観客はぞろぞろと席を立つ。
もちろん酒場に残ってお酒を楽しむ人も多いみたい。
「わたしたちは帰ろっか、リエッタさん」
「そうね、ラルスさんは──」
酔いつぶれたラルスさんは完全に夢の中だ。
「んうう……でへへ……ナナちゃあん……」
……どうやら"夢"の続きを楽しんでるみたい。
わたしとリエッタさんはアイコンタクトで「そっとしておこう」と意思疎通を交わす。
そしてそのまま外に出て、ソラを探した。
ソラは店の壁に寄りかかってぼーっとしていた。
わたしがおーいっと声を掛けると。
「む、終わったか? さっさと帰るぞ」
「あ、ちょ、ソラ待ってよ、さっきは悪かったって……もうっ」
さっきの事を怒ってるのか、そっけない様子ですたすたと歩いて行ってしまう。
声を掛けてもしきりにこっちを見ようともしないし、リエッタさんが話しかけてもダメ。
うーん、これは……まずい事しちゃったかなぁ。
でもなんだかソラは、そわそわした様子でどうも落ち着かない感じで。
少しだけ、頬が赤かったような。そんな気がした。





