第十七話【初陣】
タウロス目掛けて駆け出したわたしは、もはやがむしゃらだった。
奇襲するとはいえ、三匹のタウロスに本当に勝てるのか疑心暗鬼。
「ハルちゃん!?」
「お、おいっ! お前たち何してるんだよ! 逃げろっ、潰されるぞ!」
リエッタさんたちも驚いて、わたしたちに逃げろと言う。
だけど、もう覚悟決めちゃったから──ごめんなさい!
「ハル、タウロスの動きをよく見るんだ! 来るぞ!」
「分かってるっ!」
タウロスたちも急の奇襲に驚き、戸惑っていたものの。
古株のタウロスはそれに対応するように、くるりとこちらへ向き突進。
頭を下げて、猛スピードでこちらへと突っ込んで来た。
だけどその突進は急に繰り出したものだから、狙いが上手く定まっていない。
あれなら、ちょっと横に逸れるだけでタウロスの横をすり抜ける事が出来そう。
わたしは地面を思い切り蹴り、横に何度かステップ。タウロスの巨体が横を通り抜けていった。
と同時、ソラが動いた。
彼はわたしがタウロスに向かっている途中、地面に剣先を近づけていた。
その行為に意味はあるのかと思ったけれど、剣先をよく見ると"黒い何か"が渦を巻いて剣にまとわりついていたのだ。
ソラはタウロスと横並びになった瞬間、剣先をタウロスへと向け──。
「──バーストッ!」
その掛け声とともに、きらりと再び宝剣が光った。
刹那、その剣先に渦巻いていた"黒い何か"が剣先の形に形成されて射出。
そのままタウロスの脇腹に深く突き刺さり、タウロスをよろめかせた。
古株のタウロスは、突然の出来事に戸惑いの鳴き声をあげている。
若い子タウロスたちも突進しようと身構えていたが、その光景を見てたじろいだ。
「なっ、あれは一体……!?」
「おいおい、ソラの持ってるのって、まさか!」
リエッタさんたちもその光景に驚いているし、ラルスさんは何か知っているようだった。
……って、今の何なの!? なんか剣先からすごいの飛んだけど!?
「ソラっ、今何したの!?」
「ハル、説明は後だ! 今はとにかくタウロスの周りを走り続けろ!」
「もーっ! 何が何だか分かんないよおっ!」
わたしはやけくそ気味にそう返すと、くるりと身体を反転。
再び古株タウロスへと向かって走り出し、二回目の攻撃を行おうとした。
古株のタウロスは苦しそうな鼻息を立てつつも、身体を反転しようとする。
だけど、確かにソラの言う通り……奴ら"小回りが利かない"んだ。
その動きは、わたしにとってはとっても鈍い。これなら難なく──背後を取れるっ!
「今だよ! やっちゃって!」
「任せておけっ!」
背後に回った瞬間、ソラは剣を斜め上に切り上げ、バーストの掛け声。
再び剣に纏っていた黒い何かが、今度は斬撃の形となり射出。
タウロスの右後ろ足に直撃すると、その分厚く硬い皮をまるでバターのように切り裂いた。
ぴしゃりと血しぶきをあげ、体勢を崩す古株のタウロス。
苦しいそうな鼻息は更に荒く、苛立ちと焦りの混じったような鳴き声が周囲をこだまする。
あの傷ならきっと、素早い突進はもう出来ないはずっ!
「ソラ凄いよ! この調子なら本当に倒せるかも──」
「気を抜くなハルっ! 後ろから来るぞ!」
「えっ、うわっ、ヤバぁっ!」
しかし、まだ勝ちを確信するほど状況は良くなっていない。
二体の若いタウロスがわたし目掛けて突っ込んで来ていたのだ。
わたしは急加速して避けようとするけれど、タウロスたちはしつこく追尾してくる。
その体力と速度は古株と比べても違いは明らか。全力で走らないと追い付かれてしまう。
このまま追いかけっこしていては埒が明かないし、わたしの体力も持たないかも……!
「ソラっ! まだそれ撃てないの!?」
「くっ、狙いが定まらん……! なんとか出来ないかハル!」
「出来るならやってるよおっ!」
安定させようとしてスピードを落としたら、多分ソラが撃つ前にひき潰されるだろう。
仮に一体の足を狙い撃ちに出来たとしても、もう一体が残っている。
このまま追われ続けていたらわたしも力尽きちゃうし……! あーもう、どうしたら──。
「でええええいっ!」
その時、ラルスさんの雄たけびが聞こえてくる。
何事かと後ろをちらりと見ると、タウロス目掛けて飛んでくる何かが……って!
「リエッタさん!?」
そう、槍を構えたリエッタさんだったのだ!
リエッタさんは若いタウロスの背に着地し、ツェペシュを突き立てる。
若いタウロスは苦痛で鳴き声をあげ、その場で暴れまわり始めた。
「ラルスさん、ありがとうございます!」
「ぜえ、ぜえ……な、なんの、これしき……!」
ロデオをしながら礼を言うリエッタさんに、ラルスさんはサムズアップ。
そしてそのままひゅんと飛び、もう一体の若いタウロスへと目掛けて突進したのだ。
「ハルっ! ソラっ! あの古株は頼んだ!」
「私たちはこの二体を抑えます! 急いでっ!」
二人の強襲により、若いタウロスたちの視線はそちらへと向く。
今なら再び古株のタウロスを狙えるはず……!
「ありがとう二人とも……! ソラ、準備はいい!?」
「ああ、いつでも撃てる!」
「よーしっ! 行くよっ!」
わたしは全力疾走のまま、身体を古株のタウロスへと向ける。
相手はわたしたちを見て唸り、雄たけびをあげ、突進の構え。
そして狙いをすませ、私たち目掛けて突っ込んで来た。
先ほどの急な突進とは違い、今回は狙いをすませたもの。
きっと生半可に避けても追いつかれるだろう。
だけど、冷静に観察したら見えてくる、タウロスの異変が。
その突進はふらりふらりと左右にぶれて居る。後ろ足の傷が痛んでて、きっと身体が安定しないんだ。
なら、避けるべき方向はたった一つ……左だっ!
わたしは左に大きく迂回するように走り出す。
タウロスもその方向へと向かって移動しようとするけれど、ぴしゃりと右後ろ足から血が噴き出した。
それもそのはず、私が左へ行くという事は、向かい側のタウロスは右に行かなければならないのだから。
その巨体の負荷は自然と右側に偏る。つまり、痛めている右後ろ足を"使わざるを得ない"!
そのスピードは明らかに落ち、やがて──転倒。
巨体は地面を削りながら、数メートルを滑って静止した。
「今だハル!」
「うんっ! しっかり捕まってて!」
わたしは猛スピードで倒れたタウロスへと接近。
身体を起こそうとしているタウロスの上に駆け上がり、脇腹へと到達する。
わたしは分かっていた、そこにさっきソラが残した傷があることを。
そしてソラが、その傷を狙っていることも──!
「バーストッッ!」
タウロスの身体を飛び越すように駆け抜ける直前。傷口と剣先が交差する瞬間。
黒い剣先が再び射出され、その勢いのまま"脇腹に刺さったままの黒い斬撃を押し込んだ"。
刹那、吹き上がる血しぶき。それを浴びる間もなく駆け抜けるわたし。
タウロスはまるで身体を地面に張り付けにされたかのように、ばたりばたりとその場でもがいていた。
だけど、次第にその動きも弱まって、弱々しい叫びをあげ……静止した。
「っしゃあ! 大金星だ二人とも……おわああぁっ!?」
若いタウロスのたてがみを掴んでいたラルスさんが思い切り吹き飛ばされる。
リエッタさんも流石に体力の限界か、槍を外して背から脱出。
タウロス二体は、親であろう古株が倒れた姿を見て唖然とした様子だった。
そして彼らは大きく雄たけびをあげ、わたしたちの方へと向く。
仇討ちかと思って逃げようとしたけれど、その方向は全く逸れていて。
二体とも、わたしたちの後ろにある草むらへと飛び込み、そのままドタドタと何処かへと去っていった。
「……えっと」
「うむ……どうやら……」
わたしはその場に立ち尽くし、ソラは背中から降りてタウロスが去った方向を見る。
「勝った、みたいだな」
ソラは剣を鞘にしまい、そう一言。
「やった、んだね? えっと……わたしたち……」
「うむ、そうだ。僕たちがやった──おわっ!?」
次の瞬間、わたしは感情が抑えきれなくて。
ソラをぎゅっと抱きかかえ、ぶんぶんと振り回していた。
「やったあーっ! わたしたち勝ったんだ! あのタウロスに勝ったんだよ!」
「ちょ、ハルっ! よせ、目が回る! 離せえーっ!」
「もーソラってば最高だよ! まさか本当に勝っちゃうなんてさ! あっははは!」
もうテンションが上がりすぎてて、わたしはまるでお人形のようにソラの身体を抱えてぐるぐる回る。
ソラが何か喚いているけど気にしない! 今はめいいっぱい誉めてやろう!
わたしは振り回すのをやめた後、わしゃわしゃとソラの頭を撫でまくってやった。
「しかもあんな凄い技隠しちゃってさーふっふふ! 本当にお手柄だよソラーっ!」
「だーっ! やーめーろーっ! 頭を撫でるな子供扱いするなーっ!」
ぷんぷん怒ってるけど、多分照れ隠し。だってにやけてるもん。
ええい今日は特別サービス、存分に頭を撫でまくってやる! えっへへー!
「王子! ハルちゃん!」
「あっ、リエッタさん!」
リエッタさんがこちらへと走ってきた。怪我もなさそうで良かった。
ふふ、きっと驚いてるだろうなあ……だってタウロスを倒しちゃったんだもん!
「ねえ見た? ソラの技凄かったよね、あんなの初めて見た──」
「二人とも正座しなさいッ!」
「は、はひっ!」
わたしはその一言で慌ててソラを手放し、地面に正座。ソラもわたしの真似をする。
えっと、その……リエッタさん、ものすごく怒ってるみたい……。
腕を組んで私たちを見下ろし、わたしたちを思い切り叱ったの。
「勝手な行動して、怪我したらどうするつもりだったのっ!」
「む、むう、しかしだなリエッタ、僕には家来を見捨てて逃げるなど──」
「王子ッ!」
「す、すまぬ……」
ソラが言い返そうとしたけれど、ぴしゃりと一喝されて縮こまった。
ううっ、まさか怒られるなんて思ってなかった……リエッタさんめっちゃ怖いじゃん……。
でも確かに作戦無視したのは悪い事だし、何も反論できないよね……反省。
でも次の瞬間、リエッタさんはわたしたち二人をぎゅっと抱きしめてくれて。
「ああもう、本当……怪我がなくて良かった、二人とも」
「あう、リエッタさん……ごめんね、わたしたちどうしても助けたくて……」
「ううん、いいのハルちゃん。助けてくれてありがとう……本当によかった」
と、わたしたちの無事に安堵してくれたの。
怒ったのは本当に心配だったからなんだろうな……でも、リエッタさんたちを助けられて本当に良かった。
「む……むうぅ……っ」
一方ソラは、リエッタさんの胸が当たってるのが気になって仕方がないみたい。
顔を真っ赤にして、あわあわと視線を逸らそうとしていた。
……なによもう、スケベソラ。
「あー、その……今大丈夫?」
リエッタさんの後ろから聞こえてくるのはラルスさんの声。
見ると翼も服も土埃だらけ。まあ投げ飛ばされたりしたもんね。
リエッタさんはわたしたちから離れると、一緒にラルスさんの話を聞く。
「こほん……ひとまず、倒したタウロスを運んでもらえるようにツギーノに連絡を入れるよ。俺たちだけじゃ無理だからねえ……あとソラ、君に後で聞きたい事がある」
「む……構わぬが」
そういえばラルスさんはソラの剣について何か知っているようだった。
その話、わたしとリエッタさんにも聞きたいけれど……とにかく今は帰らなきゃ。
わたしたち四人は急いでツギーノへと帰還する。
まさかタウロスを倒すなんて思わなかったけれど、これできっとラルスさんの船は取り戻せるはず。
そして取り戻した後は、ソラジマを巡る旅に出るんだ……ふふっ、なんだか楽しみだな!
でも今日は疲れたから、宿に帰ってゆっくりするとしよう。
ツギーノに着いたわたしたちは、大勢を引き連れてタウロスを回収しにいくラルスさんを見送った後、宿へと戻る。
ソラのおかげでまたあのお風呂に入れるのは、ちょっぴり嬉しかった。