97.耳
秋が来た。
急に空が高くなり、肌寒さが増してきたように思う。陽の光はまだ残暑の日照りを感じるけれど、風や日差しの色や、秋の花が蕾をふくらませる様子はもう秋だ。
「収穫祭前でも、こんなに涼しくなるのね……」
薬草の手入れといくつかの採取を済ませたところで庭を出てくると、ちょうど外で薬草を乾燥させていた錫色と女官たちが私を見て手をふる。
「お茶にしましょうか」
私が言うと、女官の一人が嬉しそうに反応する。
「斎さま! 故郷からお茶が送られて来たんです。よかったらいかがですか?」
「故郷といえば野散県ですね。無花果茶ですか?」
女官は目を見開く。
「よくご存知ですね。私の地元、米作りしか知られていないと思ったのですが」
「無花果茶は血行に良い薬になるお茶ですが、そのぶん肌が光に過敏になるといわれています。けれど野散は精霊がやどる洞窟で一晩寝かせるので、昼から飲んでも肌に良い品質の茶葉が作られる――というのであっていましたか?」
「あんな田舎のことまで、なんだか嬉しいですね……」
女官は嬉しそうに頬を染める。
斎は少しでも女官たちの故郷のことやその他情報について覚えておくようにしている。発想を生み出す為には少しでも多くの情報を知っておくことが大切だ。どこで情報と情報が横断的に繋がり、ピンと来て新しい発見やアイデアに繋がるか分からない。
それに、なにより――せっかく鶺鴒宮で縁が繋がった女官たちのことなら、できるだけ知っておきたかった。彼女たちの力になれることも、どこかであるかもしれない。
私達は中庭の四阿に茶を運び、そこでお茶をしながら話し合いをした。
薬草庭の生育状況や、今後植える薬草について。
今度郊外に新たに購入する薬草畑に何が必要か。
そういう話から、いま首都の若い娘の間で何が話題なのか、などなど。
暖かくした焙じ茶と黄粉餅を食べながら、女官たちは売上を書いた紙を回し読みしながら、商品を手にとってあれこれと話に花を咲かせた。
「次は何を植えましょうか」
「そうですね……今回売上が良かったのはさっぱり系の化粧水です。逆に保湿をしっかりしたものを作ったほうがよさそうですね」
「さっぱりなら、保湿は足りてるんじゃないですか?」
「油分が出るのは肌に潤いが足りないから、それを補うために肌が油っぽくなってるんです。保湿をしっかりしたものを使うように宣伝すれば、これから乾燥の季節ですし評判も上がるでしょう」
「なるほどなるほど」
商品に関する話は商人とすることが多いが、新しい商品展開や改善点のアイデアはやはり流行に敏い若い女官たちのざっくばらんな話から知るほうが鮮度が高い。
商品販売は東方国ではなく中央国がメインだが、
「そんなの売れるんですかね……?」
なんて商人が言うものでも、一つでも試供品を試してみたら発注が飛び込むことも多い。
「香りは意外にも無香料系が人気。あちらの他の香水や化粧品と合わせるのにじゃまにならないものが好かれているのでしょうね」
「……薬草庭の規模を広げて、多めに多年草を植えていきましょうか。いくつか品種を試してみて、人気なものを今後、どこかの農園に大量栽培をお願いしたり――」
言いながら私は、不意に気づく。
自分が、当然のようにここで過ごすのが当たり前だと思っていることに。
(そう。ここで過ごして、陛下の結婚を祝って。そして奥様や子供を守って……)
「……斎さま?」
「……あ、すみません」
なんだか急に頭の奥が冷えた気がする。
私は耳をいじる。
そこで女官の一人が、私に訊ねてくる。
「斎さま、いつの間に空けていたのですか? 私びっくりしました」
「ふふ、ちょっと勢いで。こう……バチッと」
あの日の陛下の真似をして手でパチンと仕草をする。きゃあきゃあと女子ははしゃぐ。みんなまだ空けていないらしい。
「痛かったですか?」
「……そうです、ね、痛かった、です、ね……」
「え、どんな風にしたんですか?」
こんな状況になったとき、おさめる術を私は知らない。なんだかんだ同年代の娘同士だから、止めようにも難しい。
私は詳細を必死に隠しながら、言葉を選んで説明する。
「えっと……こう、……耳飾りを尖らせて……消毒して……刺し、ました……」
「きゃー! 怖い!!」
「斎さま自分でできたんですか?! 怖くなかったんですか?」
「……こ、怖かったですけど……まあ、その……いつかは……と、覚悟していました、し……」
「どうですか? なんか気分変わったりしました?」
「え、えっと……」
話しながらなぜだか顔が熱くなってしまい、私は話が続けられなくなる。
あの日の事については、誰にも話していない。
時々夢に見ては、慌てて飛び起きてしまう。
今女官に話すために少し思い出すだけでも、頭がどうにかなりそうだ。
陛下のあたたかさや吐息や、あの痛みを思い出すと、何も考えられなくなって、ただただ、鼓動が落ち着くまで無心でいるしかない。
そうして目が冴えて眠れなくなった夜は高楼に上がり、水を呑みながら月を見上げて熱を冷ます。
――なにか気分変わったりしました?
そう聞かれたら、こういう変な体調になることが増えた。そのくらいだ。
しかしこれは耳に穴を空けたから起きた話ではない。
体調不良の原因は、耳に穴を開けた事実以外、そこに至るまでの経験の部分にある。
「……どうなんでしょうね……。空けたことよりも、……その、空けたという一連の流れのほうが……こう……私がおかしくなってしまったというか……」
「……斎様?」
「なんだか……変なんですよね……。頭が、うまく、働かないことが増えて……ぼーとしちゃって……」
「…………斎様?」
「…………………………あ」
はっとする。
私は何を言っているのだ。
青ざめて周りを見渡せば女官たちが目をらんらんとして私の顔を凝視していた。
「……え、なんかあやしくないですか? 斎さま」
「まって、まってください……そんな……斎さま!?」
「緋暉さま、もしかして緋暉さまですか!?」
「ち、違います!! 緋暉さまではないです!」
思わず全否定してしまう。しかしそれで益々火がついた。
「ではない、って!!!!」
「絶対誰かに空けられたんですね!?!!!!」
「わー! やばいやばい、すごい、どーしよ!」
「え、えっとあの……」
完全に女子校のノリだ。
私が真っ赤になって黙り込んでしまうまで、しばらくこの話は続いてしまった。





