表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

98/118

96.寵愛と責任

 来夜は作業部屋に差し込んだ月光を見やり、『スイッチ』を閉じた。眼鏡を外して目頭を押さえ、そしてうんと体を伸ばす。『鶺鴒の巫女』――斎が考案したこの魔力を用いた作業は非常に効率的だった。

 作業を止めた来夜のもとに鵲がぱたぱたと寄ってきて、甘えるように肩へと止まる。


「わかった、わかったって」


 来夜は魔力を帯びた彼らを撫でながら、外出用に少年の姿になり、長すぎる袖をまくりあげた。


「……さて、行こうか」


 眼鏡がずれるのを押さえながら、来夜は満月に照らされた道の暗がりを歩く。魔力で気配を消しているので衛士に見つかることもなく、そのまままっすぐ呼び出された北宮までたどり着いた。

 北宮を見上げれば、高楼で一人、月を眺める呼び出した本人――春果陛下の姿が月明かりに浮かんで見えていた。春果のそばには酒があるようだ。南方国産のものだ。


「陛下」


 来夜が礼をすると、彼は薄絹ヴェールを捲ってにこりと微笑み、こちらへ手招きする。来夜は鵲に変化して軽く空を舞い、ひらりと服をなびかせながら高楼に降りた。


「下戸が珍しいですね」

「うん。そろそろあっちから客が来るから、少し慣れとかないとねと思って」


 陛下はあまり酒に強くない。実際、今日もあまり旨そうには飲んでいなかった。


「南方の酒、強いんですから。気をつけてくださいよ」


 言いながら、来夜は髪を縛る白練りの絹帯リボンをほどき、大人の姿に戻る。陛下は眩しいものを見るような目で来夜を見やる。


「その姿になるんだ?」

「子供の姿で寝酒に付き合うのはどうかと思いますし」


 それからしばらく、来夜は陛下と共に無言で酒を傾ける。

 月がまばゆく、陛下の翼も月明かりを反射してつやつやと綺麗だ。しかし彼の表情は昏い。


「どうして、」


 来夜に言うというよりも、独り言のように陛下はつぶやく。その力のない表情に、来夜はかつての幼かった教え子時代の陛下を思い出していた。


「僕はどうして、もっともっと望んでしまうんだろう。斎は本当に、恩人の女の子って気持ち以上のものはなかったんだ」

「存じております。……人間は欲深い。みんなそんなものですよ」

「まあ、僕は皇帝かみさまだけど」

「そうですね」

「酒で逃げられるものでもないです。選択というものは」


 有翼の佳人は翼を大きく広げ、そして膝をかかえ、閉じこもるように翼で体を包む。


「僕は斎を后にはできない。后にしてしまえば、彼女を悲しませることになるから」

「最初からわかっていて、貴方は特別扱いをしたのでしょう。その特別扱いをして変わってしまった、ご自身の心に責任を取りなさい。……あの娘の心にも」


 春果は「はは、」と乾いた声で笑う。そして手元の書簡を手繰り寄せた。

 ぱらりと開くと、そこには遠い南方国からの書簡が広げられていた。


『巫女婚礼の儀について 南方国王 九瀬・壹岐之香』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【お知らせ】
@CrossInfWorld 様より
『とろとろにしてさしあげます、皇帝陛下。』の英訳版『Rising from Ashes』の1巻が配信されました!
何卒よろしくお願いします〜!

https://maebaru.xii.jp/img/torotoro2.png



― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ