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91.回想/冬虫夏草


「にゃーん」

「……夜色ちゃん……貴方がここまで連れてきてくれたのに、わたしは無力です……」


 とぼとぼと領事館を離れるサイを慰めるように夜色ねこは頬を舐めた。

 角を曲がったところで夜色はひらりと腕から飛び出し、サイを一度振り返り、そしてぱたぱたと走っていく。


「あ、待って!」


 猫の毛まみれのドレスで夜色を追いかけると、彼雌かのじょは大使館の周りをぐるりと回り――そのまま、塀の中に入り込んだ。


「!!!」


 大使館を囲う塀の一部が壊れている。猫が入って、そして出てくる。


「あなた、ここを通り道にしているのね……」


 サイは猫の後を追って、塀の下をくぐって大使館に潜入する。こうしている間にも、絶叫がどんどん力をなくしてきている。


「きっと弱ってるんだわ」


 サイの頬に汗が伝う。急がなくては、あまりにも可哀想だ。大使館の庭に入り、猫のように伏せて歩きながら、サイは絶叫の聞こえる部屋の場所を探す。

 幸運なことに、その部屋はすぐにわかった。

 入り込んだ塀に面した二階から、強烈な魔力の反応を感じたのだ。


 サイは黒猫を抱き上げ、そしてぎゅっと抱きしめた。


「夜色ちゃん、私いくね。ありがとう」


 別れを告げ、サイは窓に最も近い木に飛びついた。田舎娘なので木登りくらいは日常茶飯事。これくらいできなければ屋根の上の除雪作業を手伝えない。


 窓に最も近い枝に飛び移ると、枝はみしりとたわんで嫌な音を立てる。枝が折れる前に、サイは己の靴に魔力をかけ――窓へ跳躍した!


 窓枠になんとか捕まり、サイはふう、と息を吐く。有り難いことに足を引っ掛けられそうな突起が壁にあったので、落ちることはなさそうだ。


「……ここに、いるはずなんだけど……」


 サイは閉じ切られたカーテンの隙間から、中を覗く。

 そこには信じられない光景が広がっていた。


「ん、……うゔ、ぁ、は……」


 乱れたベッド。

 ぐちゃぐちゃになったシーツ。

 そのうえで悶え苦しむ、か細い少年。

 サイより五、六歳ほど年上だろうか――ミルクティみたいな色をしたふわふわの髪のお兄さんだ。

 うずくまった背中は人間の肩甲骨とは全く違う形に隆起し、ぐにゃぐにゃと形を変えている。


「――!!!」


 バサッッ!!!!


 お兄さんが絶叫した瞬間。背中から翼が生える。

 体を飲み込んでしまいそうなほど大きな、褐色で力強い翼だ。お兄さんは折れそうなほど細いのに、翼は不釣り合いなほど大きく力強い。


 サイはかつて、母に教えてもらった薬を思い出す。

 小さな虫の背中から、しゅるりと草が生えている、なんだか可哀想な薬。


『冬虫夏草、って言うの。この幼虫さんから栄養を吸い取って、夏に芽が出て成長する薬草なのよ』


 まるであの冬虫夏草のようだ。大きな翼がまるで、お兄さんの細い体から養分を吸い上げて大きくなっているように見える。


「ぐ、あ……」


 彼が苦悶して身をよじらせた瞬間、窓のほうに顔が向く。

 はっと、彼はこちらを見て目を見開く。

 血の気の引いた唇が、「どうして」と動いた。


 汗まみれの真っ青な顔は人形のように綺麗で優しい顔立ちで、大きな瞳は空の色をしていた。

 彼は言葉を続ける。


「どうして、こんなところに、女の子が…………」


 言った瞬間、彼は弾かれるように窓に近づいた。

 お兄さんはサイを、部屋の中に引っ張り込んだ。

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