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90.回想/誰も気づかない悲鳴。

「私は『鶺鴒の巫女』としてちゃんと生きるんだ。生きないと……」


 サイの背中をぶるりと寒気が走る。『鶺鴒の巫女』としての能力が開花した9歳ごろから魘され続けている悪夢がよみがえってきたのだ。


 悪夢とは、大人になったサイが一人ぼっちになり、周りの人達から嫌われ、大切な家を焼かれて首を吊るされてしまう夢だ。

 怖くて、泣き叫んでも、誰も助けてくれない。

 だんだんサイはその夢を見るたびに、それは「将来の自分」なのではないかと考えるようになっていた。


「私が悪い子になったら……『鶺鴒の巫女』としてよくない子だったら、大切なお家を燃やされちゃう。そんなことはさせない。私はちゃんと偉い子になる」


 元々『鶺鴒の巫女』としての自己犠牲と献身が強かった彼女は、ますます強迫観念のように「よい子でいなければ」という意識が強くなっていった。


 表の通りに向かって歩いていると、目の前にぴょこりと小さな黒猫が飛び出してきた。


「あ、猫ちゃん」


 猫はどこか足を引きずっているような動きをしている。近づいてしゃがんで頭を撫でようとすると、猫は怖がるように身を引いてサイをうかがう。


「大丈夫だよ。サイはこわくないよ……おいで……」


 猫はおそるおそる近づいてきて、サイの指をちろちろと舐めた。つけられた首輪には「夜色」と名前がついている。


「えっと……これは東方国の文字よね……えっと、ヨル、イロちゃん? でいいのかな」


 サイはそっと体の上に手をかざす。


『夜色ちゃん。黒くて可愛い猫ちゃん。足のいたいの、とんでいけ』

「にゃ……っ?」


 一瞬とろりとした顔になった夜色ねこが、はっと体をびくつかせる。そして元気に動き回り始めた。


「にゃー」

「えへへ、痛いの取れた?よかった」


 夜色ちゃんはぴょこぴょこと飛ぶように走っていくと振り返り、サイを誘導するようににゃあにゃあと声をあげる。


「どうしたの、夜色ちゃん……」


 サイは夜色をだっこして、彼雌かのじょが鳴く先を見やる。


 ――――痛い、痛い、痛いッ……痛い、たすけて、いたい……ッ!!!!!!


「――!?」


 その瞬間。

 常人ならば本当に気づかない程度の、かすかな『魔力の悲鳴』が聞こえてきた。恐らく魔力が漏れないように隔離された場所から聞こえてきている。

 サイは胸にだっこした夜色と顔を見合わせる。


「夜色ちゃん、声きこえてるの?」

「にゃー」

「きこえてるのね」


 サイは夜色をだっこしたまま、声がしたほうへぱたぱたと走る。

 引き裂かれるような激しい叫び声は、とある建物の奥から聞こえていた。


 それはサイが目にしたことのない、灰青色の漆喰の壁の豪奢な建物だった。屋根の形も、壁の色も、そして護衛として立っている騎士・・も初めて見るような姿かたちのもので、そこから出てくる侍女メイドの人も、見たことのないひらひらとした襦裙ドレスを着ている。


「このなかから聞こえてくる……よねえ……」

「にゃー」


 サイはおそるおそる、怖そうな顔をして直立する武官に話しかけた。


「はじめまして、あの……サイ・クトレットラと申します」

「ん、なんだい。ああ、夜色ヨルイロを連れてきてくれたのかい?」


 武官はサイを見下ろすと、びっくりするほど愛想よく歯を見せてほほ笑んだ。普段聞く中央国の言葉とは違う抑揚の言葉遣いで応じてきた彼は、しゃがんでサイと目の高さを合わせてくれた。

 そして猫を見るなり、彼はにっこり笑顔で顎の下を撫でる。


「ごろごろ」


 どうやら、この館の猫の子らしい。


「あ、あの……」

「ん? お嬢ちゃんはご用事かい?」

「あの、中に……」

「領事館の中に?」

「はい、りょうじかんのなかに、……えっと……いたいいたいって、叫んでる人、いませんか……?」

「……?」


 怪訝な顔をして、武官は建物を振り返る。


「何の声も、俺には聞こえないけど」

「聞こえないですか……うーん……」

「どうしたの。君、親は? 一人なの?」

「え、えっと……両親は聖騎士団の方に呼ばれて大人のお話をしています」

「もしかして君、身分が結構高いんじゃない? まいったな、お兄さんの不敬を許してくれよ」

「みぶん……」


 サイはハッと思い出す。母に「こまったら『鶺鴒の巫女』ですと言えば通じるかもしれないよ」と教えてもらっていたのだ。


「わ、わたしは『鶺鴒の巫女』サイです!」

「鶺鴒の巫女……? どこかできいたことがあるような……?」

「あの、クトレットラの、巫女です! 古い血の巫女です! お母さんが、その巫女さんなんです!」


 顔を真赤にしていっぱい言葉を重ねるサイに、武官は顎をひねり、首を捻り……ようやく、ぽんと答えに行き当たった顔を見せた。


「わかったぞ。鶺鴒県の領主嬢か」

「せきれ……ちがいます、クトレットラです」

東方国うちの言葉では鶺鴒県、なんだよ。昔はクトレットラは東方国うちだったけど、中央国にとられちゃったんだよねえ。なるほどね、だから黒髪なのかお嬢様は。いやー、親近感湧くなあ。中央国は金髪ばっかりだから」

「は、はう……」


 頭をなでなでと撫でられる。武官はついでに猫の頭も撫でる。猫好きらしい。


「誰かはわかったけど、鶺鴒県のお嬢様がどうしたんだい? こんなところに。うちの国に領地ごと戻ってきてくれるって話かい?」


 けらけらと笑う武官の後ろから、再びサイレンのような叫び声が聞こえてくる。


『タスケ、アァ、痛い、痛い、痛い、痛い、苦しい、淋しい、――誰か…………ッ!!!!!!』


「――!!!!」


 あまりの絶叫にサイは青ざめた。


「あの! おにいさん! えっと……中で!とにかく、!すごい痛そうな子がいるんです! 声が……男の子! 男の子が痛そうなの! すごく! 聞こえるの!」


 中に入ろうとするサイを、武官は慌てて首根っこを捕まえて止める。


「こらこらこら。鶺鴒のお嬢ちゃんといえど、この中に勝手に入っちゃだめだよ」

「中で叫んでる人がいるんです……!」


 もらい泣きしそうになりながら訴えても、武官は困惑するばかりだ。


「……そう言ったってなあ……俺には何も聞こえねえし……」

「魔力を持ってる人なの! 魔力を持ってる人で、痛いって言ってる人、いませんか!?」

「東方国には魔力保持者はいないんだよ」

「……え?」


 サイは思わず真顔になる。

 首根っこを離されそっと下ろされ、呆然と武官を見る。


「でも……」

「信じてやりたいんだがなあ。東方国は昔中央国に魔力保持者を奪われた歴史があって、魔力保持者がほとんどいないんだ。いるとしても神祇官の方くらいだ。今日はこちらにいらしてないから、魔力保持者はだれもいないはずだよ」

「そんな……」

「宮廷には一匹、魔力が強い狐が紛れ込んでいたこともあったが……おっと、お嬢ちゃんには刺激が強い話だな、はは」


 サイは大使館を見る。

 中からは絶叫が未だに聞こえてくる。


「確かに、居るはずなんです……誰かが……」

「男の子なんているわけないさ。冗談で俺をごまかそうっていったって」

「冗談なんかじゃないです!」

「ごめんごめん。じゃあ、言い方を変えよう。ここにはとにかく、困って泣いている魔力保持者の男の子なんていやしない。もしかしたら嬢ちゃんが聞き間違えをしているのか……それとも、他のところで泣いている子の声が聞こえているか、そのどちらかだ」

「……そう、でしょうか……」


 私にしゃがんで頭を撫でる武官の顔を見てはっとする。彼はすごく困っている様子だった。

 私は鶺鴒の巫女として困っている人をたすけたい。

 でも私がここで、武官さんと話を続けると彼が困るのなら……私は、とても迷惑な子供だ。

 サイは引き下がるしかなかった。


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