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9.もう遅い。

「か、仮住まい……ですか?」

「二度も言うな。くどいぞ。……さあ、俺の気が変わらないうちに俺の実家に戻ってこい」


 あまりの展開に面食らって言葉がでない。

 聖女がじっと、アレクセイの横顔を見つめている。

 その瞳は相変わらず、何を考えているのかわからない。

 私は静かに深呼吸をして、思考を凪にして穏便な言葉を練った。


「お心遣いありがとうございます」

「じゃあ――」

「しかし私の命はもう、春果陛下のものです」


 顔を上げたアレクセイが、途端に表情を苦々しく曇らせる。

 しおらしい態度から一転、苛立った様子で拳を握り込んだ。


「おい。俺の好意を袖にするとは、いい気になったものだな」

「はあ」

「いいか。天涯孤独の悪の巫女に安寧の地などある訳がないだろう。黙って俺の言うとおりにしろ。それがお前にとっての最善だ。もう一度言う。仮住まいくらいなら与えてやる」


 私は茶を一口飲んだ。心地よい苦味とカテキンが、私の理性を呼び戻してくれる。


「……おい。なんとか言ったらどうなんだ」

「私は東方国に恩義があります。助けていただき、衣食と休養の場を整えていただき、お国に誘われたご恩が。それを聖騎士団長様の一言で無下にはできません。私の生涯は東方国――春果皇帝陛下に捧げます」

「ハッ。助けられたのは幸運かもしれないが、今後どんな扱いをされるかわからんぞ。あんな鳥獣の住む国」


 私が鳥なら、きっと羽毛が膨らんでいただろう。


「聖騎士団長様。東方国への中傷は聞き捨てなりません」

「中傷も何も、本当のことだろうが」

「……」

「なにか言いたいなら言え、言い返せないか。図星だと分かってるんだな、そうだろう」


 怒りに震える私を嘲るように、アレクセイは肩を竦める。


「さらっていったときのあの翼!!!! お前も見ただろう、あれが皇帝けだものの本性だ。正真正銘の人間である中央国陛下の元に人が集まり、鳥獣の末裔らが東方に住んで中央国を守護した。それが創世神話にも書かれた正当な歴史であり、真実だ。巫女のくせに、それくらいも覚えていないのか!!!!」


 リリーがにやにやとした湿度の高い笑みを浮かべている。

 よほどはっきり、私の顔に『』と書いてあるのだろう。

 戦装束。戦化粧。

 確かに、私にはそれが必要だった――ありがとうございます。侍女の方。陛下。


「騎士団長様。私が悪しように謗られるのは私の不徳の致すところ。私の責任として受け止めます。ですが、助けてくださった恩人に対する誹謗中傷だけは看過できません」

「ハッ、お前に何ができる――」

「騒ぎが大きくなって国際問題になる前に、恐れ入りますがお引き取り願います」

「だから、なにをいいたいんだ、この…!」


 アレクセイは立ち上がり、私の胸ぐらを掴む。

 不思議と足がすくまない。殴られるなら、殴られよう。

 私はアレクセイの瞳を睨み返した。


「どうぞ。()()()()()()()殴らないのですか?」


 アレクセイの表情は一瞬のうちに様々に揺れ動いた。


「ここは東方国の大使館だということをお忘れなきよう願います。館内は治外法権。暴れて中に侵入した貴方様が、私に危害を加えたとしたら……どうなるか」


 青ざめて、唇を噛み、顔を赤くして――最終的に、憐れむような顔をして、アレクセイはやれやれ、と首を振る。

 私はようやく胸ぐらから手を離される。


「……サイ、君はやっぱり変わってしまった。もっと利口な女だったはずだいったいいつからそうなった? 『新しい男の味でも覚えたのか?』」

「新しい男の味、とは?」

「は、ごまかしやがって」


 アレクセイの隣で、傍観していたリリーがケラケラと笑う。


「ふふ。……あはは、もーだめぇ。ねー、アレクセイ様。もーだめよ、サイ様は翼の皇帝陛下のことが、好きになっちゃったんですよ」

 

 アレクセイを守るために来たという割に、リリーは傍観して楽しそうにしている。彼女の言う解釈はよくわからないが、そもそもこの人がよくわからないから考えても無駄だろう。


「お話はこれでよろしいですか? まだお話を続けるのなら、お茶のおかわりをお願いしますが」

「いらんいらんいらん! 帰る! 目をかけてやった俺が馬鹿だった!!!」

「ではお見送りくらいしますね」

「……」

「アレクセイ。もー行きましょうよ。ここのお茶の匂い、あたくしだめなの」


 愛しい恋人の不満に促され、アレクセイはようやく重たい腰を上げた。

 部屋を出る時、アレクセイは改めて私を振り返る。


「もう、お前に二度と会うことはないだろう」


 彼は私をじっと見つめ、そのまま動かなくなる。

 私は自分から目をそらすのも嫌で、見つめられるままに見つめ返した。

 殴られるなら殴られようと覚悟していたが、私達の緊張をリリーが再び破る。


「はやくいきましょう、ねー」


 結局アレクセイは聖女に手を引っ張られて部屋をあとにした。

 緞通カーペットの敷かれた廊下を去っていく足取りが聞こえなくなって暫くしてようやく、私は扉の前から離れ、力が抜けた体を籐椅子へと沈めた。


「……疲れた」


 これで縁が切れるのならありがたい。

 私は侍女が心配して様子を伺いにくるまで、客間のソファでぐったりとしていた。


お目通しいただき有難うございますm(_ _)m

今日も何度か更新させていただきます。

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何卒よろしくお願いします〜!

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