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83.あの日、私を助けてくださった雷です。

 突如降り注ぎ始めた雷雨に、緋暉様は瞳を大きく見開き――そして、私から離れて苦笑いした。


「……陛下、本当は見てんじゃねえのか?」


 雷雨は春の果を招く陛下を象徴するものだ。

 緋暉様がそんなふうにつぶやいている間にも、急ごしらえの小屋の屋根を、ばしばしと雨がひどく打ち付けてくる。

 雷の轟音と雨の勢いに打たれて魔力が剥がれ、雨漏りし始めたので私は慌てて補修をする。

 緋暉様は雨粒から私を守ってくださる。私は気遣いに感謝しながら魔力を練って修繕を急いだ。


「これじゃあ、捜索もまだかかるな……」


 雷鳴の勢いに緋暉様はひとりごちる。私も頷き、二人で小屋の入り口から空を見上げた。


 外はただ、土砂降りの雨が降り注ぐばかりの暗闇だ。

 雷鳴と、木々の音、荒れ狂う波の音が響いていて、全てが私達を捜索の人々から覆い隠すようだった。


「……これは……見つけて頂けるか、心配ですね……」


 暗い雨夜の森は音も光も熱も全て奪い取ってしまう勢いだ。

 ちょっとやそっと、魔力を用いて光らせたり音を鳴らしたとしても意味がない。全てかき消されてしまう。

 今の私の魔力ならば、魔力を全開に放出して光を放ち、見つけてもらえるまで耐えることもできるかもしれない。けれどそれは、万全の体調、状況なら可能、という話だ。

 一刻一秒、雨に体力が奪われていくこの状況では無謀すぎる。


 ――それに。

 今回の件に関しては、私個人の問題では済まされない。


「緋暉様」

「ん」

「……大事になってしまったら、島民の方々が責任を取らされるかもしれませんね」

「既に大問題になっているだろうさ。……こうして崖の下で、俺達が生きている事自体がおかしいくらいなんだからな」

「そんな……」


 私は、『鶺鴒の巫女』に必死に祈りを捧げてきた島民達の姿を思い出す。

 たった一部の人たちの一度の誤ちで、全てが不幸になるのは辛い。

 彼らだって、自分が悪くてこの島に閉じ込められた人生を送っているわけではないのだから――


 ガシャーン!!!!!


 雷が空を切り裂き大地を揺らす。

 魔力が途切れ、小屋を形成する形が揺らぐ。そのたった一瞬だけでも土砂混じりの雨がどんどん降り込んできて、私の体はびしょ濡れになる。


 ――そのとき。


 私はなぜか、笑っていた。

 その雷鳴と雨を浴びた瞬間。それこそ雷鳴のように、鮮烈な既視感デジャブが頭を走っていた。


「………………ふふ」

「おい、斎ちゃん?」


 怪訝な様子で私を呼ぶ、緋暉様の声が遠くから聞こえてくる。

 私が振り返ると彼は目を見開き口をつぐむ――雨に打たれて笑う私は、気味が悪く見えるだろう。

 緋暉さまにどう思われるかなんて、今は些事だ。


 私の胸は今、今までにないくらい熱く高揚していた。


(……私は、同じ天気を知っている)


 陛下に助けられた日。陛下と二人きり、洞窟で過ごし救援を待った故郷でのあの時間。

 あのとき洞窟の外では、陛下が狼煙代わりに呼び寄せた雷雨が降り注いでいた。

 ――あの雷雨を呼んだのは陛下。

 神に等しい甚大な魔力さえあれば、天候を一時的にでも操れる。


「……緋暉さま」

「ん?」

「私、これから倒れると思いますので」

「え」

「救援が着き次第、私のことは付添の女官に任せてください」

「まて、斎ちゃん、一体なにをするんだ」

「天候を変えます」

「!?」


 私は襟元につけていた耳飾りを握り、小屋から出る。

 途端に、痛いほど強い雨粒が私の全身を濡らす、私は、空を見上げた。


「……陛下」


 初めて助けてもらった日、陛下がやっていた術を思い出す。

 肚の奥に力を籠めて、体全体に魔力を行き渡らせ――熱くみなぎらせるように意識する。

 息を吸い込む。


 私は雷鳴の輝きを見上げる。

 雷は春に豊穣をもたらす稲妻。春果陛下の御尊名、そのものだ。


(陛下……春果様。今は名前を呼ばせて下さい。春果様、――どうか、私に力を)


『我は鶺鴒の巫女、東方の海を統べる天鷲に傅くいつき巫女。風も雨も雷も、あまねく全ては陛下のもの、陛下に変わり一時の晴天を乞う。お願いします!!!』


 ――次の瞬間。魔力が干上がる感覚がした。

 空に吸い上げられる。

 無限に広がる空間に、私の魔力が吸着されていく。生み出しても生み出しても、底の方までカラカラになる。


「――ッ!!!!!!!!」


 私は陛下に頂いた耳飾りを握り、そして空に向かって吼えた。


『どうかこの島に晴れ渡る慈愛を!』


 魔力が金の柱となり、輝きながら空を射抜く。そして――金箔のような輝きがぱっと舞い散り、そして空が明るくなっていった。


「斎ちゃん!!!」


 緋暉様の声が聞こえる。

 私は、気を失った――


「斎ちゃん!!!おい、斎ちゃん!!」


 ――と思ったのだが。


「…………あれ……?」


 気を失ったのは、一瞬だった。


「おい、大丈夫か?」

「……案外、大丈夫ですね」


 くらくらしながらも、私は緋暉様に抱きとめられたまま意識を保っていた。

 雨はぴたりと収まり、そして空はみるみるうちに晴れ渡っていく。

 私が発した光の柱は捜索隊に見つけてもらえただろうか。


「しかし……」


 私は、自分の手のひらを見つめる。


「魔力、どれだけ私は強くなってるんでしょうか……」


 この間の暴発といい、だいぶん私の想像よりも強くなっているようだ。


「斎様! 緋暉様! いらっしゃいますか!?」


 遠くの方から人の声が聞こえてくる。

 名前を叫ぶ声。がさがさと林を掻き分ける音――どうやら、救援が来そうだ。

 ほっとした私の頭上から、緋暉様の深い溜め息が聞こえてくる。


「はー……魔力保持者ってこえー。こんな華奢な女の子なのに。もう迂闊に手出しできねえや」


 緋暉様の苦笑いの声が頭上から聞こえる。背中が温かい。

 体を預けっぱなしだったのに今更気づいた。


「……ッ! 申し訳ありません!」


 体を離す私に、彼は歯を見せて快活に笑う。


「別に。鶺鴒の巫女様を守るのは俺の役目さ」


 彼はそういって私の頭を撫でようとして、……手を止め、そして私の右手を取った。

 意志の強い真摯な赤い眼差しが、私をまっすぐに射る。


「なあ、斎ちゃん」


 真面目な声音で緋暉様は名前を呼んだ。


「……はい」

中央国セントリアでは貴婦人に忠誠を誓う時、手に口づけするんだろう?」

「聖騎士の方は、よくなさいますね……」

「どっち?表? 裏?」

「表です」

「へえ、意味はあるの?」

「表が忠誠で、……裏が、欲望という意味でした、たしか」

「へぇ。……なんかやらしいな、それ」


 彼は笑う。

 そして私の手の甲に軽く口付けた。


「……ッ」

「右翼官郷緋暉。私は今日二度貴女に救われました。生涯の忠誠を誓いましょう。喩え貴女が私の妻になろうとも、なるまいとも、私は貴女に信頼される翼となりましょう――鶺鴒の巫女、斎殿」


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