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82.雷鳴

 彼の言葉に、私は言葉を失う。


「君のご両親は南方国と中央国の紛争で亡くなったよな。そのときご両親は、南方国人の命も救ったんだ、その能力と医療で」

「あ……」

「今の南方国で政権を握っている男、クゼ・イキノカは、君の両親に恩義があるらしい」

「……そんな…………」


 結婚の話をしていたのに、私は全く別の意味で足が震えそうになっている。

 あの日、見送ったまま永遠に会えなくなってしまった両親。


「俺本人は正直、南方国との結婚に不満はない。しかし俺の親族は『鶺鴒の巫女』は俺と結婚すると思い込んでるんだ。俺は今、そういう板挟みってわけ」

「つまり私を妻に娶るとおっしゃっているのは……ご親族に対する配慮というわけですか?」

「そういうこと」


 彼の行動の全てが腑に落ちた。

 南方国と婚姻を結ぶ話は進んでいるが、形として私と結婚したい意思を見せなければならなかったと言うわけだ。


「本気で私を妻にしようとしているのなら、もっと正式な手順を踏まれるだろうと思っていました。……なので、納得しました。緋暉様は私に接触することで、私の婚姻を決める陛下のご反応や、私本人の態度を見て……自分の妻にあてがわれるのかを確かめていたのですね」

「だいたいあってる。でも、それも少し違うかな」


 緋暉さまは片膝を立て、鶺鴒の明かりに指先を伸ばす。

 炎はひらひらと緋暉様の指先を回るが、決して触れようとしない。


「やっぱり留まってくれないんだな」


 苦笑いして彼は手を払って鶺鴒を追い払う。

 手の起こした風に煽られ、鶺鴒の炎が揺れ――部屋が一瞬、ふわりと暗くなる。

 そして明るくなった時、彼は私に身を近づけていた。


「俺は斎ちゃんと一緒になるのも悪くないと思ってる。それは本気だ」

「……」

「……斎ちゃんはどうだ? 俺は、相手にはならない?」


 緋暉様の手が、私の手に触れる。


「……これは私個人の意見として、聞いていただきたいのですが」

「ああ」


 私は前置きをする。彼は頷く。


「両親は民間人として亡くなりました。聖騎士団所属となれば給金ももらえたのですが『鶺鴒の巫女』が軍属になれば能力が国家の武器となってしまうと、それを拒絶しました。

 ただ、苦しんでいる人たちを助けるために、民間人という名目で同行し――そして……死にました」

「……だから君は、中央国で、聖騎士団に正式所属せずに働いていたのか」


 私は頷いた。


「両親が与えてくれた、最期の教えですので」

「……南方国では君の両親は英雄扱いだ。南方国主も君の両親の話になると感情的になる」

「英雄扱いされても両親の人生は二度と取り戻されません」

「……すまない」

「陛下が、今後――私に、貴方やどなたかの妻となり、東方国の武力行使に貢献しろと命じられたら、私は喜んで従います。陛下が武器としての『鶺鴒の巫女』を望むのならば」


 私は自分の胸に手を触れる。この生命はあの日、陛下に攫って救っていただいたものだ。


「しかし私に選択権があるのであれば……私はなるべく、武官の方の妻にはなりたくありません。母が守った『鶺鴒の巫女』の生き方を……私自身で……壊したくないのです」

「あくまで自分から、俺の妻になるとは言わないってことだね?」


 緋暉様の問いかけは静かで、そして優しかった。


「本当に緋暉様が私を娶るご予定であれば、陛下のご判断におまかせいたします。陛下の命がありましたら、喜んで私は貴方の妻になります」

「……その時に、君の意思は無視していいのか?」

「私の意思は今お伝えしたとおり、『できるなら武官の妻になりたくはない』です。しかし私は私の意思よりも、陛下の勅命を本懐とします」


 これは裏表のない本心だ。陛下が望むのならば、私は何にだってなろうと思う。

 勿論時に迷いは生まれるけれど――あの人が笑ってくれることが、一番の喜びだから。


「生意気を申し上げて……申し訳ありません」

「……そう」


 緋暉様は肩の力が抜けた声で、私の言葉を受け止める。

 そして次に彼が言った言葉に私は耳を疑った。


「陛下が好きだから、陛下の后になりたいの?」

「え、」

「言っただろう? 陛下は君を后にするだろうって。俺を断るなら、君はそうなるけど、それでいいの」

「それは…………あくまで、緋暉さまの、憶測で……」

「じゃあ聞くよ。もし陛下に望まれたら、君はどうするんだ?」

「あ……」


 私は言葉が出ない。


「陛下が、私なんかを選ぶわけがありません。私は所詮中央国出身の人間で、大した能力もない、後ろ盾もない女ですし」

「はは。君がそう思っていても、陛下が選んだら、どうするんだ? 俺を拒んだように、君は陛下を拒むの?」

「それは……」


 陛下は今まで冗談のように、后なら空いてると言ってきた。

 全て冗談として受け止めてきたし、実際冗談だっただろう。

 しかし、もし万が一――彼が本気で、私を后にしたいと言ってきたのならば。


「私は……不相応な鶺鴒の巫女で……それでも……陛下は……いえ、……陛下がそんな事を仰るはずは……」


 私の顔を眺めていた緋暉様は、耐えられないという風に笑い出した。


「あの……?」

「斎ちゃん、陛下の話する時、どんな顔しているか知ってる?」


 頬をぺたりと触ってみるが、よくわからない。彼はおかしそうに笑う。


「すげー羨ましい。陛下が」


 彼は苦笑いする。そして突如、距離を縮め――私を抱きしめた。


「きゃっ……!?」


 脈絡が分からない。私が硬直していると、緋暉様はきつく私を抱きしめる。


「もう、難しいことを考えすぎるな。……見ていて辛くなる、君みたいな女の子が」

「――ッ……」


 耳元で囁かれる。


「あの、緋暉、さ、ま……!」


 もがいてもびくともしない。緋暉様の熱が、体温が、間近で感じられて、苦しくて――怖かった。


「俺のものになれ。軍の役にも立たなくていい。適当に能力を隠して、ただの主婦になっちまえ」


 唇が近づく。あまりに強い力で私は抵抗できない。

 ここには、陛下の魔力で刀は飛んでこない。


 その時。

 突如として雷がとどろき、耳をつんざく爆音で落下した。

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