81.鶺鴒の血を継ぐサイとヒアキ、そして
まだ救援は来ない。
お互いの顔も見えないほど暗くなってきたので、私は魔力の炎を手のひらにともした。
無から有は生み出せない。石をぶつけ合って散った火花を増幅させ、手巾を燃やして炎の小鳥にした。
ゆらゆら揺れる炎の鶺鴒は、部屋の中を明るくするように、ぱたぱたと空を舞い散った。
鶺鴒の姿を眺めながら、私はぽつりと、言葉を口にした。
「…………矛盾しています」
「ん」
緋暉様は顔を上げる。赤い大きな瞳に、炎の朱色が綺麗に写り込んでいた。
「先程の話です。貴方は貴族です。私が妻になれば子は郷家の子になります」
「そうだね」
「私はまだ一介の『鶺鴒の巫女』なのでこの場でも暖かく迎え入れてもらえていますが……もし、私が郷家の夫人となれば、私は……いいえ、『鶺鴒の巫女』は……郷家の者となります」
彼はこちらをじっと見つめている。私は話を続けた。
「貴方と結婚すれば私は『皇帝』から『外れた者』達を供養できるといいましたが、違いますよね? 私はいずれ、どなたと結婚したとしても、『外れた者』達を供養できる立場ではなくなるでしょう」
緋暉様は沈黙している。肯定の沈黙だ。
「――それが分かっているからこそ、今、陛下は私をこの島に派遣したのでしょう。皇帝として彼らの血の罪を赦すわけにはいかない。しかし鶺鴒の巫女の許しだけは与える、と」
「……」
「だから、先程のお誘い文句は矛盾しています。仮に私が陛下と結婚しようが、貴方と結婚しようが、どちらにせよ私はもうこの島で供養できる身ではなくなります」
私は「それに」と話を続ける。
「緋暉さま。貴方様はもしかして今、私ではない相手と婚約の話があるのではないですか?」
「へえ」
緋暉さまは片眉を釣り上げて、さも面白いものを聞いたかのような顔を見せる。
「誰? 聞かせてよ」
「南方国の方です」
私の言葉に、彼は固まる。
笑顔だが明らかに虚を突かれた顔をしている。
「……どうして、そう思うの」
「陛下は『鶺鴒の巫女』である私を中央国から迎えたのと同時期に、『鶺鴒の巫女』の血を引く貴方を南方国に派遣なさいました。……まるで『中央国に巫女は任せられないが、南方国には信頼して向かわせてますよ』というように」
鶺鴒の巫女という存在を介して、東方国は南方国への友好関係と、中央国への牽制に利用したのだ。
緋暉様は沈黙していた。
私は、自分の想像が合っているものとして話を続ける。
「同じ『鶺鴒の巫女』の血を継ぐ私と貴方が結婚すれば、一見『鶺鴒の巫女』として正しい婚姻のようです。しかし、東方国が得た『鶺鴒の巫女』という政治的切り札、その二つが一つの場所で収まってしまいます。それは、最善策ではないような気がするのです」
「郷家の権力は高まるけどね?」
「無意味です」
私は首を横に振る。
「国内で郷家は高める必要がないほど権力をお持ちです。それに国内で結婚相手を選ぶのならば、後ろ盾のない私より、別の有力貴族と婚姻を結んだほうが得策でしょう。だって私が持つ『鶺鴒の巫女』の切り札は、その体にもう既にお持ちなのですから」
「それはそうだ」
「私の知る限りですが……。南方国の現最高指導者、南方国主イキノカ様は、数年前に国王だと宣言されたばかりのお若い方でした」
南方国に関しての知識を思い出しながら、私は話を続ける。
「しかもイキノカ様は、南方国の古き一族の出身ではなく、海上貿易で富を得た庶民育ちの方だとか。ならば彼は『歴史ある血との婚姻』を結び、国内外に自分の支配の正当性を承認されたいと思っているはず」
歴史ある血を求めているのならば、――そう。
「東方国が重要視する『鶺鴒の巫女』の血を引く有力貴族・郷家とイキノカ家の娘を結び付けられたらどれだけ嬉しいか」
「斎ちゃん」
緋暉様はようやく、私の話を遮る。
彼の態度からはすでに、女子供に向けるような気安い笑顔が消えていた。
「その話には重要な事が欠けているぜ。俺や郷家、そして東方国にとって南方国と繋がる旨味は何だ?」
「いくらでもあります」
私は指を折りながら話す。
「まずひとつ。南方国の商船は、貴重な薬の原材料を扱っています。売薬業が国を支える東方国では生命線です。その重要な繋がりを得られるのは郷家にとって重要な事です」
「ふたつ目は?」
「南方国と友好関係を築いておけば、挟み撃ちになる中央国は下手に東方国へ武力行使ができなくなります。……先々帝時代、中央国と東方国は緊張関係にありましたよね? その時、東方国は中央国との関係融和の為、莫大な人道支援と鶺鴒県を失った。――同じ轍をもう踏まないためには、南方国との結婚は良い結びつきです」
一気に喋りすぎて、喉が疲れた。
私が息をつくと、彼はじっと押し黙っていた。
「貴方はその結婚に納得できない。もしくは、抗いたいと考えているのですよね。……でも」
ここで、私は己の想像力と考察の限界に行き着いた。
「私に分からないのが……貴方がどうして、その結婚に抗いたいのか。それだけです」
「どこまで、君は知っているんだ」
彼は私の言葉を切って問いかけてくる。
「何も知りません。全て憶測です」
私が一言告げると、彼は目を見開いてぽかんとし――やれやれといた風に、首を振って笑った。
「やられたよ」
「やられた、ですか……」
「斎ちゃんの言う通り――俺は南方国の姫君を貰いうける話が出ている。向こうの国主さまが『鶺鴒の巫女』の血に執着していてね。なぜか分かるかい」
「……実は、それはよくわかりません」
私は素直に口にした。
「『東方国が重要視する血』が欲しいことは分かります。しかし、『鶺鴒の巫女』を特定して求める理由は……うまくわかりません」
東方国の人が『鶺鴒の巫女』を珍重する理由は分かる。
しかし遠く離れた、文化も言葉も違う南方国の首長がなぜ鶺鴒の巫女に執着するのか。
困惑する私に、彼はふっと笑う。
「斎ちゃん、君は知らないだろうけど、鶺鴒の巫女は南方国では敬愛されているんだよ。だから俺に鶺鴒の巫女の血が入っているというだけで当たりが軟化するんだ」
「一体……どうして」
「想像すればわかるよ。……君のご両親は、どんな人だった? どこで、どんな風に亡くなった?」