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80.急転直下

 驚く私を前に、緋暉様は説明してくれた。


「『天鷲』で皇帝かみさまな皇帝陛下と違って、鶺鴒の巫女は女以外も生めるだろ?」

「そう、ですね……」


 鶺鴒の巫女はあくまで一娘相伝の能力。

 一人の女からが一人しか生まれないわけではない。


 ちなみに『鶺鴒の巫女』が子を残す前に死んだ場合、次に血が濃い妊娠可能な娘が強制的に『鶺鴒の巫女』として目覚めると言われている。

 ――それを実際に確かめたことはないから、知識でしかないが。


「俺の郷家はね。鶺鴒の巫女の弟だか兄だかが皇帝に仕えて生まれた一族だよ」


 目の前の彼は、かつて『鶺鴒の巫女』から生まれた男子の血を引くというのだ。


「そうだったのですね」

「だから、郷家は古くから鶺鴒県クトレットラを東方国に取り戻すよう働きかけ続けている一族だ。今回、春果陛下のもとで、斎ちゃんを東方国うちに呼ぶのにも結構尽力したんだよ」

「……! 知らないまま数々のご無礼、申し訳ございません」


 頭を下げる私に、彼はけらけらと笑う。


「ご無礼なんてされてないよ。逆に知ってたからって媚び売られてもたまったもんじゃない」

「寛大なお言葉、痛み入ります」

「というわけだから。陛下が許可をくれたら、俺の妻になってくれるよね」


 彼は鋭い目で私を見る。


「……私は……」


 当然だ、と私は思う。

 陛下が郷家の妻になるよう命じたら、私は素直に従うに決まっている。

 鶺鴒の巫女の嫁ぎ先として、郷家は奇跡的なほど理想の家柄だ。きっといつか私が子供を生んでも、幸せに育ててくれる。『鶺鴒の巫女』となる娘以外が生まれても、将来安泰だろう。


(……なのに。どうして。胸が痛い)


 胸の奥を鋭い錐で刺し貫かれたように痛くて、頷くことも声を出すこともできない。

 緋暉様は快活で優しくて、とても素敵な男性だ。

 それなのに。はいとすぐに言えない自分が、気持ち悪い。

 私は……選べる立場ではないくせに言葉がでない。意味が自分でもわからない。


 緋暉様は私の言葉を、薄く微笑みながら待っている。

 彼は私の顔をみて、どんな事を思っているのだろうか。

 これ以上黙っていると失礼すぎる。何か言わなければ。何かを――


「あの……」


 その時。


「鶺鴒の巫女さまぁ!」


 酔っぱらいがやってくる。先程の中年男性たちだ。

 ますます酔いが回っているようだ。


「鶺鴒の巫女さま、もうこの島にずっといてください。もう、俺らは永遠にここから出られないとか、本当に最悪なんですよ!!!」


 ここでも絡まれるのか、と思いながら彼らに目を向ける。

 その瞬間、私は目を見開いた。

 ――彼らの手には、弓が持たれている。


「危ない!!!」


 飛んでくる矢に向かって、緋暉様が私をかばって飛び出す。

 私は瞬間的に被帛を前に投げ――魔力を注いだ!


 被帛は大きく広がり矢を受け止める。

 だが、被帛を投げた勢いで、私はよろけて――


「斎!!」


 崖から落ちる私を、緋暉様は崖から飛び降りて抱きしめた。


---


 私達は転がり落ちた谷底にいた。

 とっさに魔力を使って袴を広げ、木に落下する時のクッションにした。

 袴はずたずたになり、多少の擦り傷はあるものの、私も緋暉様も特に大きな怪我もせず無事だった。


 崖の上を見上げ、緋暉様は苦々しげに舌打ちをする。


「あいつらがあんなに暴走することはなかったんだ。すまない」

「いえ……これまでなかったきぼうを見て、色々と期待が高まったんだと思います。未来を変えられるというような。だから、仕方ないのだと思います……」


 私の言葉に、緋暉様はしかめ面になる。


「なんであんな事されておきながら、斎ちゃんは同情的なんだよ」

「自分と似ていると思うからかもしれません」


 私は空を見上げた。


「……自分が悪いわけではなく、ただ「反逆者の家族」として生まれただけで……。生まれと運命が不幸だっただけで、人生が大きく変わってしまったら、気持ちが捻じくれてしまうのもわかります。私もきっと彼らだったら、同じだったかも」

「はー……苦労する性分だな、斎ちゃんは」


 彼はため息をつくと、枯れ草の上にあぐらをかいて座った。


「とりあえず救援を待つか。酔っ払ってても、流石に俺ら二人がいなかったら気づくだろ」

「そうですね……」

「あ、そうだ」


 彼は思い出したように私を見る。そして大きな目を細めて笑う。


「二度も助けられたな。感謝するぜ」

「いえ。元はと言えば、私のせいで巻き込んでしまったのですし……」


 魔力で袴を修繕し、私は緋暉様の隣に腰を下ろした。


「魔力って便利だな。傷とかも治せんの?」

「できないこともないですが、人体に直接作用する魔力は魔力消費に対してあまり回復できません。魔法薬は薬品自体を活性化することで、人体に作用しやすくした薬です。

 ……まあ、非常事態ならば止血や痛みを緩和させることはできますが、この程度の傷は治すと余計疲れますね」

「万能ってわけでもないんだな、魔力って」

「ええ。この袴も修繕はしましたが……生地は弱っています。弱った生地を魔法で修繕できる専門師もいますが、専門職になるくらいには難しい技術です」


 中央国では魔力が当然のように生活に浸透しているので、こうして質問されるのが不思議で面白い。彼はしげしげと私の袴を眺めている。


 林の中、木の葉の擦れる音ががさがさとうるさいほど大きく響く。

 木陰は暗く日差しが入らず、まだ夏だと言うのにひどく寒い。

 急に震えを感じ、思わず肩を抱くと、緋暉様が私を見て言った。


「寒いんだろ。俺の膝に乗れよ」

「でも……」

「なにかされるとでも思うのか?」


 つ、と顎に手を触れられ、にやり、と笑われる。


「……ッ!」


 鶺鴒宮で口付けられそうになった時を思い出し、思わず体が硬直した。


「冗談だって。何もしないさ、こんな状況で。俺は今、斎ちゃんに助けられた身だ。そんな恩人に無理に口づけなどもしない。したいならするけど」

「……」

「はは。天に誓って今は手出しをしないさ。安心してくれ」


 言った後に彼は苦笑いする。


「――天、ね。この島でその言葉を言っても意味がないか。『天鷲かみさま』に見捨てられた島だからな」


 緋暉様は独り言のようにつぶやくと、私の答えを待つ前に、私の腕を引っ張り強引に膝に座らせた。申し訳ないが、実際のところとても暖かい。


「……ありがとうございます……」

「例えば、魔力で暖を取ることはできないのか?」

「取ることはできますが、この状況で魔力を使いすぎるのもどうかと思いまして。……ああでも、確かに……」


 私は小枝を手に取り、魔力を籠めて軽く振る。

 その場一帯に落ちた木の枝が集まって、簡易的な小屋ができる。


「これくらいならできますね。雨漏りはするでしょうが風は凌げるはずです」

「……魔力保持者ってほんとずるいな」

「そうでもないですよ。これも私の魔力が尽きてしまえば壊れてしまいますし……昔の私なら、多分これもしばらくしたら崩れると思います」

「今は違うの?」

「そうですね。東方国にきて、魔力は上がりましたので……」


 陛下に触れれば触れるほど、私の魔力は上がっていく。

 不意に陛下の匂いを思い出して、私は顔が熱くなる。


「……何。魔力が上がるって、そんな真っ赤になるようなことなの?」

「なんでもないです。……ま、魔力が使える程度で調子に乗ったことを申し上げたなと、思っただけで……」

「誤魔化すの下手って、言われたことない?」

「……」

「あるんだな。そりゃそうだ」


 話はここで一旦途切れ、私達は静かに救援を待った。

 空がごろごろと鳴っている。気になって小屋を出て空を見てみれば、空は真っ暗だ。


「雨が近いのでしょうか……」

「まずいな。雨が降るとまず見つけられないぞ」

「そんな……」


 どうしよう。私が空を見上げて不安に思っていると、不意に緋暉様が意外な言葉を発した。


「陛下はおそらく君を后にするだろう」


 弾かれるように、私は彼の横顔を見た。

 彼は真面目な赤い眼差しで、空を見上げていた。


「そんな、いきなり……どうしたんですか」

「こういう時じゃないと言えない事を言わせてくれ」


 私は首を横に振った。


「信じられません」

「君が信じようとも信じなくとも。君は陛下の期待通りに名声を得ている」

「そんな……」


 私は混乱していた。

 期待通りとは?名声とは?

 陛下は私に、施術や神事の参加以外、ほとんど何かを求めることはなかった。

 緋暉様の言う陛下と、私の知る陛下に、なにか違いがあるような気がする。

 しかし緋暉様は、確信をもった眼差しで私を見下ろし、射抜いていた。


「ここでだって、君は歓迎されているじゃないか。陛下を恨む者達からも支持されるというのは、君自身が勝ち取った評価だ。でも」

「でも……?」 

「けれど皇帝の后になれば、彼らや、彼らのような外れた者達を供養することもできないだろう」

「……」

「俺と結婚しよう、斎。俺と結婚すれば、皇帝の支配からこぼれ落ちた人たちを君が救える。おそらく君が婚姻を望めば……陛下は許可を出すだろう。……そう思うんだが、どうか?」


 私は言葉が出ない。


「まあ、今すぐに返事はいらないさ。ただ、今俺が言ったことを覚えていてほしい」


 緋暉様はここまで言ったところで小屋の奥に戻り、あぐらをかいて沈黙した。

 私は話しかけることもできず、ただ小屋の入り口で立ちすくんでいた。


 ――救援はまだ、来る気配すらなかった。



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