8.今更。
「居るんだろう!! あの女を出せ! 隠しても無駄だぞ!!!」
「………………あの人は……」
厚い恩義のある東方国の方々に、私の関係者がご迷惑をおかけするのは大変申し訳無い。
「わかりました。私が話をつけてきます」
「しかし、ご体調が……」
「彼は私の元婚約者。きちんとご挨拶を申し上げるのも『鶺鴒の巫女』の務めです」
「かしこまりました。……それでは、お召し物などご準備いたしますね」
侍女は申し訳無さそうにしながら部屋を後にした。
今後東方国の方々に迷惑をかけられない。ここでけじめをつけなければ。
その後、寝間着姿の私は侍女に着替えを手伝ってもらった。
用意してもらった服は東方国らしい装いで、上衣を着物のように前で掛け合わせ、腰で帯を結ぶ齊腰襦裙に似た装いだ。上から羽織るひらひらとした上着も背子によく似ている。全体的に黒や灰色の薄絹が使われていて、襟と袖口には鶺鴒の刺繍が施された別布がぐるりと縫い付けられていた。
前世にインスタグラムで#中華風ワンピースとかいうタグで似たようなのを見たような気がする。
「……これは、その……私用に誂えられた衣、でしょうか」
恐る恐る訊ねてみると、侍女は帯を着付けながら笑顔になる。
「勿論でございます。サイ様が投獄されてからすぐ、陛下が仕立てるように指示を。また改めて、針師が細かい調整をするとのことです」
「そ、そうなのですね……」
地味な黒ドレスばかり着ていた身としては不相応だとしか思えない。
しかし楽しそうに着付ける侍女の気持ちや陛下のお心遣いを無碍にしないためにも、私は戦装束と思って袖を通していく。
「サイ様、さすがよくお似合いです。黒髪が美しくていらっしゃるから、東方国の衣が絶対お似合いだと思っていたんですよ」
さらに侍女は化粧道具まで準備していた。
「さ、さすがにお化粧までは……」
「何をおっしゃいます。女の化粧は戦化粧。これから『鶺鴒の巫女』様の勝負です。ぜひ最高の紅を引いて挑んでください」
「は、はい」
真剣な顔で凄まれてしまえば頷くしか無い。しかし彼女の言う通り、鏡に写った私はいつもよりずっと凛々しく見えるし、何より顔色が随分とましに見えた。
「サイ様! ご武運をお祈りいたします!!」
「……ッ! 承知いたしました! 万全を尽くします!」
拳に鼓舞されながら私も拳を掲げ、客間に向かう。
客間には長椅子に白銀の鎧を着た金髪青年――アレクセイがいた。
東方国の家具に囲まれていると正直、違和感がすごい。
その傍らには、肌もあらわなドレスを着た『聖女』リリーも一緒だった。
目が合うだけで蜂蜜を口に入れたかのような錯覚を覚える、とろりとした美女だ。
私は裙の裾をつまみ、中央国としての挨拶をする。
「お久しぶりです。聖騎士団長様、聖女様」
聖騎士団長様、と呼ばれた瞬間強張った顔をする元婚約者。そして隣の美女は艶やかに笑う。
「こんにちはー。『冤罪』だったなんて、大変でしたわね」
きゅっと口角を上げるようにして笑みを浮かべる『聖女』リリーは相変わらず色気たっぷりだ。
たゆたう桃色の長髪に、輝く真っ赤な瞳の美女。
中央国の国王夫妻が子宝祈願と国家安定祈願を兼ねて召喚した女性。
ゲームシナリオにおける『主人公』。現在のアレクセイの恋人だ。
「聖女様もいらっしゃったのですね」
「あら、いや?」
「いえ……意外だっただけです」
侍女が空気のように緑茶と茶菓子を出してくれた。玉露だと匂いで分かる。
美味しそうな茶菓子を前にしても、アレクセイは固くこわばっている。
「サイ様ぁ。せっかくの最後のふたりっきりの時間、あたしがお邪魔なのもわかってますのよ」
聖女は桃色の髪をくるくるといじる。仕草に合わせて、髪の毛のように細い金鎖が肌の上でしゃらしゃらと揺れていた。
「でもー余計なことかもしれないけど『悪の巫女』から『騎士団長』を守るのも、『聖女』のつとめだから。ね? アレクセイ」
同意を求めるように、リリーは恋人にしなだれかかった。
白銀の鎧に桃色の髪が流れる。アレクセイはぎくっとした動きを見せた。
「……今は黙っていてくれ、リリー。さっさと終わらせたい」
アレクセイはぎこちない顔をして目をそらす。リリーには何も言い返せないらしい。
私は二人を眺めながらとりあえずお茶に口をつけた。美味しい。
「で、一体どのようなご用件でしょうか。騎士団長様」
彼が何を言いにきたのか、運命を知る私でも想像できない。
そもそもサイが陛下に助けられて生き残る展開なんてなかったからだ。
架空の世界のようでありながら、違う意図で動く現実に、私達は立っている。
「……」
私と目を合わせた彼は、一瞬のうちに顔色を目まぐるしく変化させる。
苦いものを食べたような、ぎょっとしたような、怒りで叫びだしそうなような、恥をかかされたような、一言でまとめられないような感情が、一挙に押し寄せているように見えた。
数秒言葉をつまらせたのち、アレクセイは唸るような声を吐き出した。
「……………………一体、どんな手を使った」
「……?」
「ええい、全部だ、全部!」
辛抱たまらんといった風に、アレクセイは張り上げた。他国の大使館ということも忘れた声量だ。
「私は何もしておりません。助けていただいたのは春果皇帝陛下と東方国の皆様の御厚意あってのもので」
「クソッッ!!! なにが、ご厚意だ。白々しい!!! 聖騎士団はいい恥晒しだ!!」
部屋の中、聖女だけが我関せずといった風ににこにこと微笑んで座っている。
「そもそも、冤罪だというのなら……なぜ俺に、冤罪だと訴えなかった!?」
「訴えました」
言い返すなり、アレクセイは平手を食らったような顔になる。
引っ叩きたいのはやまやまだが私はあくまで事実だけを口にする。
「騎士団長様も、皆様も、私の話は聞いてくださいませんでした。冤罪と訴え続けましたが無視され続けました。牢屋で数日間呑まず食わずで拘束され、意識がもうろうとなったところで署名を書かされてしまっては、私もなすすべもありません」
アレクセイの瞳がぐらぐらと揺れている。
それもそうだ。彼は本当は、とても正義感の強く真っ直ぐな人なのだ。
憤怒の正義の聖騎士団長として、私を徹底的に糾弾して追い詰めた。そして私の実家を火柱にした。
――婚約者を持つ身ながら聖女と通じ、婚約者が邪魔になったという事実を隠すように。
突然、その「正義」の梯子が外されてしまったら、一体どんな気持ちだろう。
「信じられん」
アレクセイはがっくりと項垂れる。
「裁判でなぜ、あれだけ証拠があったにも関わらず、判決が覆るんだ」
頭を抱えるアレクセイの腕に、するり、と白蛇のような腕が絡む。
「アレクセイ様、悩んでもしかたがないことだわ。サイ様には、きっと、なにか、ふかーい事情があるのだから」
聖女は目を細めて妖艶に笑う。
何を言いたいのかはわからないが、聖女は私が策を弄したと思っているらしい。
「……サイ」
アレクセイが絞り出すように名を呼んだ。
「君を信じなかったことは謝罪しよう。だが、冤罪だろうが冤罪を認めたことは罪に変わりない」
「そうですね」
「騎士団を混乱に陥れた『悪の巫女』には変わりない」
「承知してます」
「俺は婚約破棄を覆さないからな」
「中央国の未来を守護する騎士団長様として、賢明なご判断だと思います」
「……だが」
アレクセイは膝に置いた指をもぞもぞと動かす。
「ただ、この国に居場所がないと言うのなら、仮住まいくらいなら用意してやってもいい」
――仮住まい、?
私は、頭が真っ白になった。
お目通しいただき有難うございますm(_ _)m
明日もまた更新いたします。
※お昼と夜更新予定です
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