表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

78/118

77.罪人の島へ

 ――私は船に乗っていた。

 晩夏の日差しが照りつけ、輝く白波に船の輝きはまばゆい夏なのに、吹き付ける海風は肌寒いほど冷たい。

 向かう先は東方国の北に位置する小さな島。そこは先帝の暗殺計画に関わった血縁者の一部を追放した島だ。

 もちろん首謀者とその近親者はすでにこの世にはいない。しかし貴族社会は血縁が濃い。関わった一族の血縁全ての処刑なんて不可能だ。


 あえて追放処分で生かすことにより政治が安定する場合もある。私も一応元弱小領主として、その絶妙な判断の意味も理解できる。


 そんなわけで私は春果皇帝陛下からの勅命で『鶺鴒の巫女』として、島で島民たちの行う慰霊祭への参加することになった。


「海って、こんなに水が沢山で、広いのね……」


 私にとって初めての船、そして初めての海。

 内陸国に生まれた山育ちの私には全てが新鮮だった。前世の記憶があると言えども、前世も内陸育ちだったらしく、体の底から興奮が立ち上るように湧いてくる。


 ――けれど。

 けれど、私はとても浮かれるような気持ちになれなかった。

 追放された人々の島に向かうというのももちろん緊張する理由のひとつだが、それだけでなく。


「よ」


 同行の右翼官――緋暉様がぽんと肩を叩いてくる。


「船酔いはしてないか? 斎ちゃん」


 吹き抜ける強い風に負けないように、緋暉様は私の耳元に顔を寄せ、言葉を掛ける。


「大丈夫です。酔いどめを飲んでいますので……」


 私の返事に緋暉様は喉の奥で笑う。


「はっ。斎ちゃん、そんな固い顔するなよ。もういきなり口吸おうとしたりしないから」

「……ッ!………あ、あの……」

「それとも続きをしてほしいのか? ここなら錐屋の刀も飛んでこないと思うし」

「緋暉様のお心ばえなど……私などに勿体なく存じます。……ところで」


 私は腕を伸ばし、船の向かう先に見える島を指差す。


「あちらの島が上陸する島で、お間違い無いですか? 周りが断崖絶壁でどこにも船をつけられないような島ですが……それに」


 私は振り返って陸を見る。


「追放の島にしては対岸が近いように感じます。これでは海に慣れた人ならば、たやすく戻れるのでは」

「島の人間には魔力の刻印が刻まれているんだ。刻印は常に刻まれた人間の魔力を吸い上げる。だが、斎ちゃんみたいに魔力がある人間はそういないからな」

「……普通なら、干上がってしまいますね……」

「しかし島には島民に魔力を供給する宝玉があり、その宝玉の影響が及ぶ範囲では、島民は安全に過ごせる――そういう仕組みで、島民は島から離れられないって訳だ」


 緋暉様が続けて何かを言おうとしたそのとき、部下の武官が近づいてきた。緋暉様は離れていく。

 私は、安堵のため息をついた。


 私が海に浮かれられない理由。

 それは、先日あのような事があったばかりの緋暉様が護衛ということだ。


(陛下は先日の件をご存知のはず。雪鳴様が設置した防犯装置といえど、雪鳴様は魔力を持たない。ということは、あれの動力は陛下の魔力。自分の魔力で防犯装置が作動したのなら、事件を知らないわけがない。私自身はともかく、陛下直属の『鶺鴒宮』で、陛下の所有である『鶺鴒の巫女』に触れるというのは……きっと大変な意味を持つはず。けれど、そのうえであえて緋暉様が護衛であるというのは――)


 陛下になにか考えがあるのは間違いない。

 私は襟に刺した耳飾りにそっと手を触れた。


「陛下。……早くまた、お会いしたく存じます……」


---


 早朝から出発した船は日暮れ前に島へと到着した。

 やはり近くで見ても、島はぐるりと断崖絶壁に覆われていて船着き場らしい船着き場もない。

 岩場に船が固定されていくのを見ながら、私は緋暉様に尋ねる。


「あの、どうやって渡るのですか……?」


 彼は顎で示す。

 視線の先では、島民が綱梯子を岩場にくくりつけて、こちらに投げ渡していた。


「……あれ…………あれですか?」

「そ、あれ。一応岩場に道も作ってあるよ」


 岩場に楔が打ち込まれ、たしかに通路のようになっている。いや、そう言われても。

 私が青ざめている間に、ぞろぞろと同行の官吏たちが綱梯子にしがみついて上陸していく。


「どうしましょう。……魔力を使うしか……」

「別に使わなくていいぜ。ほら」

「――ッ!!!」


 緋暉様はそういうと、私を軽く抱え上げる。そして片手で私を抱いたまま、ひょい、ひょいと岩場を乗り越えていった。


「ほら、目を開けろよ」

「……ありがとうございます」


 膝から力が抜けそうになるのを堪え、私は礼を言う。緋暉様は白い歯を見せて笑う。


「巫女装束が袴で良かったな」


---


 恐怖の上陸を超えると、その先は快適で穏やかな行程だった。

 すでに島には輿や牛車が用意されていて、私達一行はそのまま島長の屋敷まで連れて行かれた。

 予想よりずっと整備が整った島で、島民たちの家も海風で痛んでいるようだが手入れを感じる。

 島役場を兼ねた島長宅で、私達の一行は島長様に歓迎された。


「お待ちしておりました、鶺鴒の巫女様」

「島の大切な行事である慰霊祭にご招待いただき光栄です。よろしくお願いいたします」


 追放された人々とは聞いていたが、彼らは穏やかで落ち着いた雰囲気だった。宮廷の人々よりずっと質素な庶民の装いだが、物腰は品があり、彼らの元の出自を感じさせられる。

 早速島の食事を振る舞われ、夕飯の時には雅楽の演奏もされた。


「本土とは違い米作に向いておりませんので、こちらでは麺を作って食べております」


 彼らが手打ちしたという海鮮うどんは美味しかった。


「追放された当初は食料一つにも苦労しましたが、我々も苦境に甘んじる訳にも参りませんので」

「様々な工夫を重ねて、村の暮らしを豊かに整えていらっしゃるご姿勢、頭が下がります」


 私の言葉に、島民たちは想像以上に目を輝かせ嬉しそうにする。


「ありがとうございます! 鶺鴒の巫女様が我々祖先の慰霊を行ってくださる旨、郷右翼官殿より伺った時は驚きましたが……本当に、我々にも別け隔てなく接してくださる慈愛の巫女様でいらっしゃるとは……」


 彼らの大げさな喜び方は、追放後どれだけ辛酸を舐めたのかを物語っている。

 島長が立ち上がり、雅楽の演奏に加わる。彼の腕も見事なものだ。


(……そういえば)


 私は隣で杯を傾ける緋暉様を見やる。

 彼らと緋暉様は友好的な関係にあるらしい。

 私は、彼らが島流しで済んでいる理由を理解した。


(おそらく、緋暉様のご実家の郷家とゆかりがあるのね。遠い親戚なのでしょうけど。郷家といえば右祐――右大臣が緋暉様のお父様だし、陛下護衛の右翼官緋暉様も郷家。おそらく先帝陛下の時代においてもひとかどの権勢があったはず。……それは確かに、血縁全てを処刑なんてできない)


 私が考えながらうどんを口にしていると、演奏を終えた島長が私に頭を下げた。


「鶺鴒の巫女様。我々の血縁は『天鷲かみさま』である先帝陛下に弓を引きました。我々はもう祭壇に祈る事が叶わない身。――我々の祈る相手は祖先、そして鶺鴒の巫女である貴方様だけなのです」


 ――彼らはおそらくもう、生きて故郷の地を踏めない。

 東方国の宗教において、『天鷲』である皇帝は『神様』そのものだ。

 彼らは死んでも神様に許されない咎を背負って生きている。


 けれど。

 巫女は創世神話のなかでも『神様』ではなく、人間として人の王と神の橋渡しをした役。

 私ならば、神様ではなく――ひとりの巫女として彼らを供養できるのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【お知らせ】
@CrossInfWorld 様より
『とろとろにしてさしあげます、皇帝陛下。』の英訳版『Rising from Ashes』の1巻が配信されました!
何卒よろしくお願いします〜!

https://maebaru.xii.jp/img/torotoro2.png



― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ