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73.――気づいてしまった。

「……へい……春色様」

「夏祭りいこ♡」


 にっこりと笑う陛下は女性の姿で、しっかりと可愛らしい花柄の衣を身にまとっていた。


「似合う?」

「…………」

「え、嫌? これ似合わない?」

「……もしかして結構、女性の姿楽しんでいらっしゃいますか?」

「あはは、そんなことないよ。できるならサイと本当の姿でお祭り行きたいし」

「それは……勿体ないお言葉をありがとうございます」

「でも最近、斎が女官たちと楽しそうにしてるの見ると、なんだかいいな~と思っちゃって」


 自分も女子校のノリで混ざりたいということなのだろうか。

 陛下の気持ちがよくわからない。ともあれ私は冷静になる。


「春色様。お誘いは大変うれしいのですが、私だけでは陛……春色様をお守りできないので……」

「大丈夫大丈夫、護衛にお兄様が来てくれるって♡」


 見れば、後ろで渋い顔をした雪鳴様が腕組みして立っている。


「……お疲れさまです」

へいかの我儘だけなら同行しないが、斎殿に祭を見せるのは悪くない」

「雪鳴様……そういうことでしたら、ぜひご同行させてください」


---


 巫女服から外行きの衣へと着替えた私は、陛下と雪鳴様と共に女官用の輿で街までおりた。

 街は半分日が落ちて、紫色の空に赤い灯籠の色がとても幻想的だ。

 がやがやと賑わう声や楽士の音色、鮮やかな衣を着た人々――前世で見た夏祭りにすごくよく似た雰囲気だ。

 特に赤い灯籠に大きな極彩色の張り子、屋台なんかはまるで――


「長崎ランタンフェスティバル……」

「どうかした?」

「あ、いえ、なんでもないです」

「あ! サイみて。あのお団子食べよう! 今の時期は砂糖が輸入したてだから一年で一番甘いんだよ」

 

 陛下は餡を白い皮で包んだ餅を買ってきてくれた。木の枝にいくつか纏めて刺してあって、手に取ると少し重たい。焼きたてのようで、皮に綺麗な焦げ目がついている。

 噛んでみると素材から甘くて、優しい味がして美味しい。

 私の顔を見て陛下は目を細めていた。


「斎が東方国に来てくれた時、馬車の中で話してたの覚えている?」

「そういえば……」

「あの時言ってたのがこれ。僕好きなんだよね」


 平気な顔をしてかぶりついている美女は、一応この国の皇帝陛下だ。


「……春色様は、本当に大丈夫なんですか」

「大丈夫大丈夫。皇帝かみさまってそんなもんだよ」

「その代わりに毒を食らうと翼が抜ける」


 陛下から分けられた餅を食べながら、雪鳴様が話に入ってくる。


「毒抜きの効果があるらしい。以前陛下の神性を疑った者が盛った事があったが――数日翼がみっともないことになっていた」

「バラさないでよ! 完全無欠の神様だと思われてたいんだから!」


 陛下が頬を赤くして女性の声でわめく。雪鳴様は素知らぬ顔だ。


「だからサイ殿も、陛下の翼がハゲるかどうかよくみておくといい」

「もー」

「ふふ……本当にお二人仲がよろしいんですね」

「妹だからな」

「ぐっ……」


 陛下が悔しそうな顔をして、ぱくりと餅を食べる。雪鳴様も重要な公務が終わり、どこか浮かれている様子だった。

 雪鳴様が遠くを見てはっとした顔をする。向こうから、子供を連れた女性の団体がやってきた。


真朱まそお! 」

「父上ー」


 5,6歳だろうか。勢いよく双子の男女がかけてきて、雪鳴様の足元にくっついてきた。

 後からゆっくり、女性が続いた。象牙色の髪色が綺麗な若い女性だ。以前、機織祭で巫女を統括していた人だ。


「『鶺鴒の巫女』様、そしてお久しゅうございます『春色様』。真朱色まそおいろと申します」

「真朱色様。機織祭ではお力添えいただきありがとうございました」


 挨拶をする私達の隣で、子供を両脇に抱えながら雪鳴様が妻に尋ねる。


「お前だけなのか」

「いえ、そこの茶館で親族一同過ごしております。たまたまこの子たちが貴方をみかけて飛び出していったので、来ちゃいました」


 穏やかに会話を交わす二人の姿は、それだけでも似合いの美男美女夫婦だ。子供たちはべったりと父親にくっついて遊んでいる。


「ほら、あなた達もご挨拶なさい」

「こんにちは! 鶺鴒の巫女さまとおねーちゃん! 僕初雪です!」

 父親の服を引っ張りボルダリングのような事をする男の子。

「紅色です」

 父親の長い髪を触ってにこにこする女の子。

 二人は父親にまとわりついたまま挨拶する。屈託のない様子は人見知りが一切ない。人馴れしているのだろう。


サイです、はじめまして」


 背を屈めて挨拶したところではっと我に返る。


「雪鳴様、もしかしてご家族のご団欒をおして護衛されているのでは――!?」

「案ずるな。昨日祭には出た。それに明日から休暇だ」

「そ、それならよかったです……」


 こんな綺麗な奥様とちいさな子供たちがいて、一日も一緒に祭も楽しめないのは可哀想だ。

 私の隣で、陛下が思い出したような声で言う。


「そうだ。少し家族に顔だしてきたら? 僕たちここにいるから」

「しかし……」

「ねえ初雪、紅ちゃん。お父さんが遊んでくれるってさ」


 陛下の甘い言葉に双子の目が輝く。期待に満ちた顔をされると、雪鳴様も弱いらしい。


「……では、すぐに戻りますので」

「はいはい、いってらっしゃい」


 後ろ髪引かれるような顔をして家族のもとに向かう雪鳴様。陛下はにこにことその背中に手を振り、そして私を振り返った。


「二人だね」

「……そうですね。目立たないようにしないと」


 いくら女子供も出歩く祭の夕べとはいえ、陛下と私二人だけでは安全面が不安だ。気を引き締める私を見て、陛下は目を細めて笑う。


「気にしないで。何かあれば僕が守るから」

「いえ、臣下である私こそ陛下をお守りしなければ」

「……もうほんとやだ。男の姿で、さいとうろつきたいよ」

「私は女性の姿の陛下もお綺麗だと思いますが」

「そういう意味じゃないの。……あ、そうだ」


 陛下は気を取り直すように話題を変えた。


「サイは髪飾り欲しがっていたよね」


 そういえば夏祭りの前に、そういう話をしていた。

 あたりを見回せば、若い娘は皆髪に華やいだ花の簪をつけている。

 花の簪をつけた未婚女性は、一緒になる相手を募集しているという意味だという。


「……私は、まだそういうのは要らないかなと思います」

「そう? もう伸びてきたから、そろそろ結えるんじゃない」

「いえ、長さの問題ではなくて。……今はまだ、あまり……」


 そのとき。

 私は口から出そうになった言葉に自分で驚き、思わず口を手で塞ぐ。


「どうしたの?」


 陛下は私を覗き込んでいる。

 私はとんでもないことを言いそうになった自分に驚きつつ、慌てて首を横にふる。


「まあ、要らないものを贈るのは意味がないよね。……そうだ。じゃあ、耳飾りは?」

「耳飾り、ですか?」

「うん。あそこに出店があるよ。ちょっと見てみよう」

「あ、待ってくださいっ……!」


 陛下は言いながらすたすたと先へと進む。きらびやかな灯りに照らされた露店前で陛下は足を止めた。


「なるほど、ここは神事で使った端切れや糸を使って飾りを作っている店か。職人も名を聞いたことがある。ここにしよう」

「あのっ……そんな、いつも何から何まで揃えていただいているのに、もったいないです」


 陛下は目を細めて笑う。

 その表情は女性の姿になっていても変わらず綺麗で、周りの景色が遠のいていくようだ。


「これは祭お疲れ様の、贈り物……中央国の人たちと接するの、緊張したでしょ?」

「……ッ」

「祭のあいだ、傍にいられなかったけど……サイが頑張っているのは見ていたよ」

「へ……春色、様……」

「ほら、好きなのを選んでごらん」


 陛下の優しいまなざしを意識すると、頬が熱くなってくる。

 私は意識をそらすように、陳列された色とりどりの装飾に目を向けた。


「好きなもの、と言われても……」


 自分を着飾ることを考えたことがなかったので、私はよくわからない。

 昔は母が選んでくれた絹のリボンをつけていたけれど、あのリボンはもう私の手元にもない。


(――そうだ、)


 あのリボンの色が、頭にふっと浮かぶ。


「……白い、ものがいいです」

「白ね。僕が選んでいい?」

「お願いします」


 私が頷くと、陛下はあれがいいかこれがいいかと選んだのち、水引の揺れる耳飾りを選ぶ。

 店の男性がにこやかに、宮廷に献上した水引の余剰で作ったものだと説明してくれた。


「これはどう? 花飾りじゃないからお婿さん募集にもならないし」

「ありがとうございます……」


 陛下は耳飾りを買い求めると人混みから離れ、竜神を祀る社の脇で私の手のひらに耳飾りを渡した。


「ありがとうございます。……大切に身に着けますね」

「『鶺鴒の巫女』に渡すものを、出店の耳飾りにしてごめんね」

「とんでもございません。綺麗ですし、軽いから耳も痛くないでしょうし……なにより、陛下が選んでくださったものです。嬉しいです」


 陛下は薄く微笑むと――少し真面目な声で、私をじっとみつめた。


「ねえ、斎」

「はい」

「中央国の人たちに会って、向こうに戻りたくなった?」

「……それは……」

「『鶺鴒の巫女』として、東方国で馴染んでくれて感謝している。……けれどもし、斎がやっぱり中央に戻りたいと思うのなら」

「お心遣いありがとうございます」


 私は首を横に振る。真剣な眼差しの陛下の目を見て、私は正直な気持ちを伝える。


「王妃様はとてもお優しくていらっしゃいますし、他の方々もにこやかに親切に振る舞ってくださいました。まるで冤罪で処刑にされそうだった女に対する扱いとは思えないくらいに」

「……」

「私の居場所は陛下のお傍です。……私の無実を信じて懸命に助けてくださった陛下のために、私はこれから生きていきたい。その気持に変わりはありません」


 言いながら。

 私はさきほど、口から零れそうになった『本音』を飲み込む。

 私は今、裏表のない誠実な顔をして陛下の前に立っているだろうか。上手く取り繕えているだろうか。


「……ありがとう、サイ


 陛下は微笑む。その笑顔が綺麗すぎて、本当の姿でこの笑顔を見たいと思った。


---


 それからすぐに雪鳴様と合流し、日が落ちる前に祭の場を後にした。

 それでも宮廷、そして鶺鴒宮までたどり着くまでに日はとっぷりと暮れ、鶺鴒宮入り口の太鼓橋に着いた時にはすっかり夜だった。


 あたり一面、灯籠の輝きで照らされている。


「雪鳴様、今日はありがとうございました」

「突然の誘いにも関わらず、快く同行してくれて感謝する。――うちの者も、斎殿と対面して喜んでいた。また誘うこともあるだろう」

「はい。是非」


 彼と別れると、すでに出迎えの侍女が灯籠を片手に待っていた。

 彼女について歩けば、夜風に、うわついた祭の空気が流されていく。


 さいごまで体にこびりついて取れないのは――自分が口に出そうとしてしまったとんでもない言葉の、罪悪感だ。


 私がいいそうになった言葉。鶺鴒の巫女としてあるまじき言葉。


『今はまだ、あまり殿方との出会いは欲しくないんです』


 もし口に出していたらと思うとぞっとする。


 私はこの国で男性と一緒になって、子供を生むのが役目だ。

 陛下もそれを望んでいるはずだ。

 それなのに私は――それを、まだ先延ばししたいと思ってしまった。


(私は、どうなってしまったのだろう……)


 今はどこかの男性と一緒になる気になれない。

 その気持ちをはっきりとさせるのが怖い。

 私はとても、身分不相応な願いを胸にかかえてしまったのではないか。



 中央国との気疲れと、祭の熱と、後悔と。

 様々な思いがもやもやと頭を悩ませ、私はその晩、うまく寝付けなかった。

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