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70.王妃様


 練習通り、つま先から舞い踊るように舞台の袖から歩を進め、一足ごとに花弁を散らす。


 私達の動きにあわせて楽師が笛を吹く。舞台を祓い清める巫女の舞。


 視線が一心に集まるのを感じ、肌が焼けるように熱い。

 しかし三歩ほど進んだところで、次第に体が軽くなり――私は舞に集中した。

 ただ無心に、なにかに突き動かされるように舞う。


 舞台の上を清め終わり、客席へ生花を添えていく。

 中央国の貴賓たちが、私を大きく目を見開いて凝視しているのがわかる。

 恥ずかしい。視線が怖い。

 けれど体は誰かに乗っ取られているかのように冷静に舞い、唖然として私を見る副大臣に笑顔すら向けることができた。


 東方国の貴人の席へと同じように花を添えていく。

 陛下の前にたどり着き、私は膝を折り深く頭を垂れた。


 錫色が傍から梔子くちなしの枝を差し出してくる。私は陛下に向けて捧げた。

 真っ赤な衣を翻し、右翼官が受け取る。

 一瞬視線が交錯する。

 力強く雄々しい眼差しが、強く私を射る。

 確かにうけとった、と言うように頷き、彼は陛下へと枝を手渡した。


 私は再び頭を下げ、そして場から退場する。

 控室までしずしずと歩き――私達は屋根の下に入った。


 ――終わった。

 どっと汗が吹き出す。

 横で錫色がふにゃりとへたり込んでいた。女官たちはお互い顔を見合わせ、ほっとした顔をしている。

 私は疲れより先に、興奮していた。


(私は……中央国の方々の前で、ちゃんと完遂できることができた。笑うことが、できた)


 気を取り直し、私は彼女たちを振り返った。


「皆さん、ありがとうございます。お陰様で無事最初の『祈花』を終えることができました。しかしまだ舞は終わっておりません。皆さん次の出番まで、休憩室でしっかり体と心を休めてください。お水とお茶と、お茶菓子を用意しております。お手洗いやお化粧直し、衣装の乱れなども直しておいてください」

「はい!」


 女官たちは待機室へと入っていく。私は舞殿のほうを覗き見た。


 舞殿ではすでに舞が始まっている。普段は従者として働いている年若い少年たちが楽士の音色に合わせて踊っている。踊る舞だ。

 中央国にも通じる、この大陸の創世神話だ。



 遠い昔。

 中央国と東方国の間にそびえる連山が噴火し、地震が起き、大陸全土が被災の禍に見舞われた。

 その時、海のはるか北方より『天鷲』が舞い降り、人々の困難に力を貸した。

 大陸の王は『天鷲』と力を合わせ、そして二人に知恵を授ける十二人の巫女と共に、ついに大陸は災いを克服し平和が訪れた。


 大陸の王は内陸に中央国を作り、人々の政の中心地とした。

 火山より流れ出た火砕流が肥沃な土壌を育て、西方国が誕生した。

 古き人の秩序を守る学者が、断崖のはてに北方国を作った。


 そして――寒冷な土地で暮らす人々を助けるべく『天鷲』は東方国に降り立った。


 中央国生まれだとしても、幼い頃から何度も聞いている創世神話だ。

 ただ中央国で語られている話はもう少し王寄りで、王が天鷲を使役したという雰囲気が強い。

 そして今回の話には出てこない、聖女の存在も大きい。

 同じ神話でも、語られる場所で視点が随分と違う。


「……見惚れている場合ではないわ」

  

 私は舞が終了する前に急いで、厨へと向かう。中央国の貴賓たちに出される食事に、最後のおまじないをかけるためだ。


 厨では舞が終わったタイミングで出される食事の準備が進んでいた。


「鶺鴒の巫女さま!」


 料理長が私のところにやってきた。


「先日は中央国の方々の情報をいただきありがとうございました。子細間違いなく準備整えております」

「ありがとうございます。最後に確認させていただいてもよろしいでしょうか?」

「勿論です。どうぞ、こちらです」


 私は使った食材の一覧を確認し、そして厨房に並ぶ料理を見る。


「ありがとうございます。私のお伝えした以上のお心遣いをいただいているようで……素人では気づけ無いご配慮、さすが東方国の厨房です」

「そんな『鶺鴒の巫女』様にありがたいお言葉……!」


 私はあくまで注意点を伝えただけで、本当に料理として完璧な膳を整えるのは料理人の方々の腕だ。細かな面倒事を伝えた小娘にも丁重に対応していただき、私のほうこそありがたい。


「食器の禊祓を行います。使う食器を並べていただけますか?」

「はい!」


 私は目の前に並べられたきらびやかな食器を前に、用意していた新品の布巾を手に取る。

 意識を集中する。まずは副大臣からだ。


「副大臣さまは、運動不足と連日の会食による肝機能の低下、そして肥満気味――」

 食器に布巾で触れ、私は魔力を注ぐ。ぱちんと音がなり、食器がひときわ輝く。


「マリアヴェルタ様は冷え性がひどくて、暖炉の消費が激しかった。その影響で乾燥肌、そして生理不順――」

 同じ要領で魔力を注いでいく。


「ロゼリア様は家庭崩壊の影響でストレスが多く、そもそも抱え込む性格でいらっしゃる。心が穏やかになるように――」

 ぱちん。


「タリスリアさまは骨折の後遺症がひどくて、調べたところ今日も強い痛み止めを服用していらっしゃるようだわ。胃が荒れないように、そして痛み止めで無理をしすぎないように、少しゆったりとした気持ちになってもらいましょう――」

 ぱちん。


「スークラ様は癇癪が酷いし、自己肯定感が低い。これはご自身の容姿や女性間の立ち位置に悩んでいらっしゃるのが大きいから、ここはお肌がぷるぷるになるように――」

 ぱちん。


 以前医薬局で見ていた数々のカルテ、王宮での侍女ぐらしで知っている中央国の内部事情を思い出しながら、私は彼らにぴったりの魔力を次々に注いでいく。

 ――魔力の効果など、本来の自然治癒や薬効よりよほど短期的だ。食器にかけた魔法を一食だけ食べる程度では、私の魔力を持ってしてももって3日程度の効果しかない。

 しかしここで重要なのは治すことではない。


(東方国の食事をとったことで、心身が楽になったという体験をしてもらうのよ)


 私は最後に王妃さまの食器の前に立った。


「……王妃さま……」


 私は実は、王妃さまには何の恨みもない。

 むしろ今でも、おいたわしい方だと思っている。


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