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69.祭本番


 ――それからあっという間に二週間が過ぎ。

 ついに夏季慰霊祭当日になった。


 訪東した要人は大臣と聖騎士団大総長、王妃とその姉妹、大臣らの娘等の女性陣という顔ぶれだった。彼らは私が中央国から東方国まで向かった時と同じ順路で馬車を走らせ、首都の大通りを真っ直ぐに進み、高台に位置する宮廷まで向かう。


 大通りの沿道には歓迎する国民たちが列をなし、中央国の馬車へ向けて花を模した紙吹雪『祈花』を散らす。

 私は眺めながら、東方国に来た時に浴びた花吹雪を思い出していた。


「ひゃー! 馬車の形もお召し物もすごいです! 錫色はじめて見ました!!!!」

「欄干から落ちないでくださいね」


 宮廷を取り囲む壁、その物見の高楼に私と錫色はいた。

 宮廷は高い場所にあるので、こちらにゆっくりと進んでくる行列の姿がよく見える。時折風にのって祈花紙も飛んできた。


(あの中に、中央国の人たちが……)


 準備から抜け出して高楼まで来たのは彼らを見ておきたかったからだ。


「えっと、これから王様が謁見される場所には、斎様は行かなくていいんですよね」

「はい。私はあくまで陛下直属の巫女なので、正式な謁見の場には出ません。私が出るのは、舞殿で行われる奉納舞の前に祈花を撒く役目と――その後の宴への参加ですね」


 ふむふむ、と錫色が首を振る。


「では錫色は――それに従って、祈花を準備したり、宴でお傍に仕えるのが役目でしたね!」


「はい。錫色さんがいるから私もがんばれます。頼りにしてます」

「お任せください!!!」


 そのとき、門の衛士たちの緊張感が一気に高まる。

 東方国が用意した輿に乗って中央国の来賓たちがゆっくりと階段を登ってこちらへと上がってきたのだ。慎重に運ばれていく彼らは、開かれた城壁の門を輿に乗ったままゆっくりくぐっていく。

 錫色は隣で、口を手で押さえながら目を見開いて見ていた。


 輝く金髪に、東方国とは違う顔立ち。

 大臣は大柄な体を厚いマントに包み、口ひげを左右に整えた装いをしている。

 女性の身にまとったドレスは美しく胸元を開き、スカートは輿からこぼれ落ちそうに長い。


 私は彼らの姿を見て、足元からひやりと牢獄の冷気が漂ってくる幻覚に襲われた。

 牢獄で過ごした冬の夜。怒号と罵声を浴び続けた永遠のような尋問。全てを否定され続け、全てを奪われた日々。裁判で360度から向けられる嘲笑と侮蔑の眼差し。

 味方は誰もいなかった――あの時、陛下が空から舞い降りてきてくれるまでは。


 あの大きな翼に包まれた瞬間を思い出すと同時――意識が現実へと戻ってきた。


「…………」


 遠のいていた音が戻り、こめかみに流れる汗を知覚する。

 深呼吸すれば被帛ストールに染み込ませた甘い佛手柑(ベルガモットが香る。


 錫色の横顔が目に入る。

 彼女は大きな灰色の瞳を更に大きく見開いて、何かを抑えるように胸に手を当てている。


(……そうか。この子にとっては私以上に不安で緊張する場なんだわ)


 私が呑み込まれている場合じゃない。そう思って私は、錫色の背中をぽんと叩く。ひゃっと声を上げた彼女の頭を撫でた。 


「緊張していますか?」

「うう……はい……」

「大丈夫ですよ。いつもの錫色さん通り、笑顔でいればなんとかなります」

「……はう……斎さまぁ……っ! わかりました! がんばります!」


 むん、と力こぶを作ってみせる錫色を見て、同じ高楼で見張りをしている衛士が笑いをこらえている。錫色はその場にいる人皆を和ませる力があって、本当にいい子だと思う。


(大丈夫。……私は一人じゃない。怖いことはなにもないのだから)


「では錫色さん。そろそろ行きましょう。朝摘みの花の確認と……ちょっとお化粧直しも」


 私は彼女と共に高楼を降り、移動用の人力車に乗って準備へと向かった。

 身なりを整え直した私達は、舞殿へと向かった。

 舞殿のすぐそば、鶺鴒宮関係者のために用意された控室に向かうと、そこでは女官たちが色とりどりの花を集め、撒くための準備を行ってくれていた。

 一般的に撒かれる『祈花』は紙吹雪のようなものだが、正式な祭事に特別に撒かれる『祈花』は生花。今朝摘み取って集めてもらった花に、様々な香油を混ぜて匂いを強くしたものだ。


「置いている花の色は順番、大丈夫? ああそこ、もう少し右に。通行人の邪魔になるから――護符は揃った? じゃああの机に置いておいて――」


 少年姿の来夜様が、彼女たちにあれこれと指示を出してくれている。

 私は彼に駆け寄って頭を下げた。


「お力添えいただき、ありがとうございます。無事に準備が終わりそうですね」

「ああ。別に僕の知的好奇心で手伝ってるだけさ、気にするな。千年ぶりに本物の『鶺鴒の巫女』が『祈花』を舞う――ぞくぞくするね」


 彼は私の耳に顔を近づける。


「いいか、斎。くれぐれも魔力は出すなよ」

「は、はい……」


 あの夜を思い出して頬が熱くなる。

 後々考えれば考えるほどあれは大変なことだった。


 余談だが菖色は最近「憂いを帯びた美しい狐色の髪の男性」の夢を何度も見るようになったらしく、今まで読まなかった恋愛小説を読んだりするようになったらしい。


「……」

「何? 僕の顔に何かついてるの?」

「いえ、罪深い方だと思いまして……」


 来夜様のはっきりとした大きな目と手足の長い容姿は、少年姿いつものすがたでも中年姿ほんとうのすがたでも人目を惹く魅力がある人だと思う。


「……宮廷で目立つのも、よくわかります」


 私の言葉に額をぺしんとすると、来夜様は「頑張ってね」と言って去っていった。


「はい」


 来夜様は祭には出席しない。

 図書頭の立場では参列できないし、彼は仮に参列するべき場でも図書次司が出るようになっているらしい。そういうことだ。


 ぱちん。

 化粧を落とさない程度に頬を叩いて、気を引き締める。

 これは鶺鴒宮の女官たちにとって、はじめての公の場での晴れ舞台だ。



 私達が準備をしている間にも、舞手の少年たちや雅楽寮の楽士たちが続々と集まって準備を整えていった。

 舞台が始まる高揚感に胸が高鳴る。


 そして謁見を終えた中央国の人たちと要職の人たちがぞろぞろと集まってきた。

 彼らは舞殿の前に用意された席に座っていく。

 中央国の貴賓をみて、そしてーー私は陛下の席を見た。


 陛下は特別に設られた席で翼を広げ、白練の衣を柔らかく広げて座っていた。象牙色の髪もあいまって、日差しに溶けてしまいそうに眩しい。

 側には二人の男性が仁王門のように立っていた。

 紺地に金糸の刺繍が豪華な衣を纏った雪鳴様。

 そして燃えるような炎の絹に金糸の刺繍の衣の男性ーー


(南方国に派遣されていたという、右翼官様だわ)


 双翼が揃うのを見たのは初めてだ。

 かぐや姫のような長い黒髪を風になびかせる雪鳴様に対し、彼は黒髪を前世の世界でも一般的なくらいの短髪に切りそろえている。

 肌の白い陛下や雪鳴様、その他官僚の人々に比べていくぶんか日焼けを感じる。南方国で焼けたのだろうか。


 舞台の準備が整い、張り詰めた空気があたりを満たす。

 私は注目を集めながら一礼し、女官たちを伴い舞台へと上がる。


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