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7.前世の記憶について、そしてお引取り願いたい来訪者

 私は前世、平成の日本で暮らしていた。

 そのぜんせサイとは赤の他人、考え方も容姿もまるで違う別人で、「人格」は一切引き継いでいない。


 例えるならばーー魔力のない胡散臭い呪術師に「前世はこんな人でしたよ」と告げられるくらい、前世とはあくまで、私には他人の人生だ。


 私はその前世たにんの人生の記憶でサイとこの世界げんじつを知っている。

 ここは、前世プレイしたゲームの世界そのままだ。


 ーつの大陸に五つの国。

 メインシナリオは『中央国セントリア』中心に展開する無課金シナリオで、追加課金をすれば他国シナリオが開放される販売形式だった。

 前世の私はライトプレイヤーだったので、中央国編しかプレイしていない。


 中央国はヨーロッパファンタジーに近い王国。

 今思えば前世で言う、東欧の内陸国の雰囲気に近い。


 対して東方国は、中央国の北東に位置する『天鷲かみさま』の血を引く皇帝が統べる帝国。

 海の向こうに広がる別大陸から伝来した文化に影響を受けた、和と華と蘭を5:4:1で折衷したような国だ。


 中央国編のシナリオにおいて春果陛下は愚帝だった。「どうしてこんな愚帝キャラに美形キャラデザがあてがわれたのか」と、キャラデザだけ発表された時期にファンになった層がぼやいていた覚えがある。


 しかし、春果陛下は前世知る『愚帝』とは明らかに別人だ。

 元婚約者アレクセイはシナリオでは勇敢で紳士的な美丈夫という設定だったし、私だってシナリオではサブキャラクターとは思えないほど悪辣な巫女だった。

 シナリオと現実の相関関係なんて、所詮そんなものなのかもしれない。


 そして紆余曲折は端折るとして、結局どのルートでも『悪の巫女』サイは家を燃やされていた。

 前世の私は周回の度に何度もサイの家を焼いていたが、まさか飽きるほど焼いていた家が来世の自宅だなんて思ってなかっただろう。


 とにかく。焼かれるまでの運命が各種ルートが違えども、サイはシナリオにおいて天涯孤独に家を焼かれて若くして死ぬ『悪の巫女』で、『愚帝』春果に救援されるルートなんてものはなかった。


 未読の課金ルートに存在した可能性も低い。

 そんなものがあれば前世のあの時代、いくらでもネタバレがSNSに流れていたはずだ。


 だから私が今後どうなるのかは――全く不透明だ。


---


 見事な肉筆画が描かれた天井を見上げ、私は目を覚ます。

 寝台ベッドから起き上がった私に、中年の侍女がにこりと微笑んでくれた。


「お目覚めになりましたか、サイ様」

「私……今回は、……どれくらい眠っておりましたか?」

「まるまる一日ですね」


 窓から見える外の景色は、眠りに落ちる前と同じ穏やかな昼の陽気だった。


「……また、そんなに寝ていたんですね……」

「ごゆっくりご静養されてください。サイ様の名誉回復のための手続きは、官吏の方々が行っていらっしゃいますので、安心してください。……お茶を淹れますね。熱いものでよろしいですか?」

「ありがとうございます」


 東方国装束の侍女は母性的な眼差しで微笑むと、一礼して部屋を出ていった。

 私はひとりになったところで、部屋をぐるりと見渡す。

 部屋には美しい刺繍の施された寝具、曇り空のような灰青色の漆喰の壁。組木細工が美しい家具が取り揃えられている。


 壮麗な部屋の中、私は一人ため息をついた。


「陛下を助けるなんて大きいことを言っておきながら、かえってご迷惑をおかけしてしまったわね……」


 ――洞窟で保護されてから。

 私は陛下と共に中央国首都に護送され、そのまま東方国大使館で保護された。


 今日は大使館で静養してちょうど七日目になる。

 最初の三日は毎日薬湯に浸されながら昏昏と眠り、一度目覚めてからは布団で体を休めている。

 疲労感はまだ残っているものの、ずいぶんと本調子に戻ってきた。


 茶器を持って戻ってきた侍女に私はいつも聞いていることを訊ねた。


「あの、今日の陛下のご体調はいかがでしょうか」

「お元気でいらっしゃるようですよ。またサイ様のお加減を確かめに、夕餉頃にお越しになるのではないでしょうか」


 寝顔を見られているのかと思うと恥ずかしいし、心配をかけていると思うと益々、いたたまれない。


「なんだか申し訳ないですね……」

「陛下も嬉しいんですよ。ようやくサイ様を助けることができたのですから」

「はあ……」


 侍女は優雅な手付きでお茶を淹れる。

 急須から椀に注がれるそれは焙茶で、部屋いっぱいに香ばしい香りが立ち上った。


「どうぞ」

「ありがとうございます」

「ふふ」


 両手で受け取る私を見て、侍女は人の良さそうな目を細める。


「まさか、小さな時から存じ上げてる『小鳥のお嬢様』が、こんなにご立派になられるなんて」

「やめてください。もう十六ですし。小鳥という年でもなければ、お嬢様でもないですよ」

「私から見たらいくつになっても『小鳥のお嬢様』です」


 ――ここの侍女たちとは、実は多少の面識がある。


 『鶺鴒の巫女』は職業名ではなく、一娘相伝で受け継いだ古き血と能力を持つ巫女の肩書きでしかない。

 名ばかり貧乏領主で天涯孤独な私は働かなければ暮らして行けず、私は王宮に住み込んで侍女として、時には聖騎士団医薬局の雑務要員として働いていた。

 その仕事の一つに手紙の代筆と配達があり、非公式な手紙や秘密の手紙を書かされたり届けさせられたりしていた。


 おかげで侍女階級にもかかわらず、王宮内は大抵のところに行ったし、色んな所に知り合いがいる。

 東方国大使館の侍女との面識もその中で生まれた。


(もしかして。陛下とも昔、そういうご縁でお会いしたことがあったのかしら……)


 『鶺鴒の巫女』として目覚め、前世の記憶と破滅の運命を知った時、私はまだ7つの少女だった。

 記憶の中にある物語の悪役が自分だと気づいてショックを受けた幼い私は、いっそう『鶺鴒の巫女』として清く正しく生きようと励むようになった。

 その一環として――正義感が先走るあまり、怪我した人や苦しんでいる人を『鶺鴒の巫女』の能力で癒やしていた時期もある。目立ちすぎて婚家と聖騎士団に迷惑をかけてはいけないので、次第に表立っては行わなくなったけれど。

 その時期に、陛下と何かしらの面識が生じたのかもしれない。


(いや、それでも、……あんな綺麗な人を思い出せないなんてことは……) 


 思い返そうとしてもやっぱり思い出せない。

 運命シナリオを思い出しても、サイと陛下の関わり合いは存在しなかったように思う。

 本当に全く何もわからない。


 ぼーっと考え込む私を前に、侍女が何かを思いついたようにぱちんと手を叩く。


「そうだわ。サイ様。お腹が空いていらっしゃいませんか?」

「え……ああ、そうですね。そういえば……」

「ちょうど今、甘いお菓子が焼き上がる時間なんですよ、すぐに厨に取りに行って参りますね」

「あっ」


 侍女は言うや否や、ぱっと部屋から去っていた。

 よほど甘いものを食べさせたい顔色なのだろう。


「確かに……勾留されてから一度も、甘いものなんて……」


 東方国の甘いお菓子とはどんなものだろう。餅や饅頭なのだろうか。

 内心わくわくしながら待っていると、侍女が想像よりずっと早く戻ってきた。


 彼女は手ぶらで、しかもその顔は申し訳無さそうな様子で曇っている。

 お菓子がなかったのだろうか。


「サイ様、申し訳ございません……もう少しお休みになっていただきたかったのですが」

「お菓子のことなら、そんな」

「いえ、それが――」


 そのとき。彼女が困り顔をしている理由がすぐに分かった。

 開いた扉の向こうから聞き慣れた怒号が響いてきたからだ。


「聖騎士団長様がお越しです。――サイ様に会わせろと、入り口で大騒ぎして……」

お目通しいただき有難うございますm(_ _)m

今日もあと一度更新させていただきます。

お付き合いいただけましたら嬉しいです。


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