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68.夜更けに来夜さまと。

 夜。

 私は全身の筋肉痛を県令宅の温泉で癒やし、湯で火照った体を冷ますように中庭を歩いていた。


空には眩しく丸い満月が浮かんでいて、中庭の木々は綺麗に整えられていて心地よい。

風通しや水の配置も完璧で、おそらくかつて魔力保持者が設計した庭なのだろうと思う。


私は歩きながら、昼に叩き込まれた足の動きをゆっくり確かめる。


「やっぱり……これは」

「なにしてるの、若い娘が夜更けに一人で」

「ひゃっ」


 振り返ればにやにやと笑いながら来夜様がこちらに近づいてきていた。驚きでドッドッと高鳴る胸を押さえ、私は挨拶する。


「県令のお宅だから大丈夫かなと思いまして……」

「まあ確かに安全だろうけど」


 彼は言いながら、私の足元を見やる。


「なんか描いてなかった?」

「あ、はい。……昼に教えていただいた鳥娘の舞は、おそらく古代文字を地面に描きながら歩いているのだろう思って――ちょっと描いてました」

「へえ。で、どうだった?」

「古代文字ですね。……魔力保持者以外が舞っても何も発生しませんが、魔力を発しながらやると、何かしら効果が生じると思います。とはいっても文章自体は恋歌のようなので、そう危険なものではないはずです」

「見てるからやってみなよ。興味深い」

「わかりました。……それでは」


 私はつま先に魔力を集中させ、ゆっくり、鳥娘の舞を踊る。

 暗闇の庭園につま先の軌跡が輝き、文字が生まれる。一小節描いたところで軌跡の光から花が咲いて花びらが舞う。私は踊りながら驚いた。来夜様も目を見開いている。


(すごい。……そうか。『祈花』の起源は――この魔力の花弁の代用として、本物の花びらを撒いたんだわ――)


 私は夢中になって舞を続けた。だんだん頭がぼーっとしてきて、体が勝手に動くような気分になっていく。景色すら見えなくなった瞬間、ぐいっと腕を掴まれた。

 我に返ると、来夜様が大慌てした様子で私の両腕を掴んでいた。


「待ちなさい、これはまずい」

「え……えっと……」


 来夜様はすぐに手をパッと離して少年の姿になる。はあはあと肩で息をして、大変そうな様子だ。


「ここではそのお姿にならないのでは」

「んなこと言ってる場合じゃないんだよ、これ、催淫効果の舞だぞ!?」

「さいいん……?」


 単語が上手く飲み込めず、私は言葉を反芻して――ようやく意味を理解した。


「催淫!!!!」

「ああ。県令の家が酒池肉林の宴になる前にさっさと花を散らして部屋に戻るぞ、これはまずい」

「は、はい」


 私達は大慌てで、つま先の軌跡を足で消して魔力を散らす。ひらひらと舞い散る花を吸い込むと、頭がくらくらする。


「……確かにこれ、頭がぼーっとしますね……これが催淫……」

「ったく、練習してよかったな。これを本番でやってたら夏季慰霊祭がとんでもないことになるところだ」

「ひえ……」


 その時。私達の背後から菖色の声が飛んできた。


「斎様! こちらにいらっしゃったのですね!」


 ぱたぱたとこちらに小走りにやってくる音が聞こえる。私は青ざめた。


「あ、菖色さんいけません! そちら、風下――ッ!!!」

「え、」


 きょとんと立ち止まった菖色の顔に、真正面から花びらが吹き付ける。


「――ッ!?」


 菖色は目を見開き、びくりと体を痙攣させて倒れ込みそうになる。彼女の後ろは石畳だ。頭を打ってしまっては一大事だ。

 私より早く、来夜様が大人の姿で、勢いよく駆け出して彼女を受け止める。


「はーーーーーー…………」


 思い切りため息をつく彼の腕の中で彼女は気絶していた。私は安堵でふにゃふにゃと座り込む。


「よかったです……」

「僕、一体何回女の子を抱きとめればいいの」


 呆れ声がいつもより少し若い。月明かりに照らされる顔立ちは、いつもの顔ではなかった。


「来夜様、そのお姿は……」

「ああ。慌てて元に戻ろうとしたから中途半端な姿になっただけだ」


 すらりとした長い手足と細身の体はいつもの来夜様と同じだが、大きな瞳と長い睫毛の顔立ちは明らかに若い。春果様くらいの年齢に見えるその横顔は、月明かりも相まって独特の憂いを持つ美しさがあった。こんな綺麗な人が皇帝陛下に見いだされて権勢を振るっていたら、たしかに色んな嫉妬を呼ぶのも分かる気がする。容姿が魅力的すぎるのも時には大変だ。


「おいで、彼女を部屋に送るから。……抱えるならこの姿のままがいいな」


 来夜様は軽々と菖色を横抱きにして寝室まで運んでいく。


「すみません、私が変なことをしたせいで……」

「実演しろと言ったのは僕だから、責任は僕。黙ってついておいで。君がいないと僕が彼女に変なことすると思われたら、たまったもんじゃない」

「はい……」


 私は来夜様を見上げながら、浮かんだ疑問を口にする。


「……どうして普段からその姿にされないのですか? 幼いお姿より、今のお姿のほうが体力的にもお強いんですよね。それなら、と……」

「ああ、そのこと」


 彼が顎で扉を開けるよう命じたので、私は寝室の扉を開く。ふかふかの寝台に横たえられ、菖色は眠り姫のように気持ちよさそうに沈んだ。


「僕が先帝に魔力をかけられ固定されたのが十三歳いつもの姿。そして本来の年齢は四十三。十三の姿が一番楽なんだが、魔力を適当に開放すれば、自然と元の姿に戻る。――だが、元の姿が見られたら非常にまずいのさ」

「確かに……」

「だから普段は十三の姿。そして体力勝負のときだけこの姿に戻るってわけ」

「本来の年齢のお姿には、戻れないということですね……」

「そう。……まあ、この姿の時が一番幸せだったから、特に戻りやすい」

「幸せ、ですか」

「深追いしない。行くよ」


 菖色さんを部屋に置いて出たところで、彼は少年の姿に戻る。肩をぐるぐると回しながら私を振り返ってにやりと笑った。


「ま、僕みたいな男が独り身で若いカッコしてたら、色々面倒だからね。――じゃあおやすみ。さっきのは絶対やるなよ、外で」


 来夜様と別れた私はあてがわれた寝室に戻り、寝台に体をしずめた。


「疲れた………………」


 変なぼーっとした火照りと特訓の疲れで、全身が心地よい倦怠感に包まれている。温泉の暖かさがじわじわと体の芯に残っていて、それもまた気持ちよかった。

 そのまま私は数秒も待たずに熟睡した。深い、深い眠りに――



---



 温かい、と思う。

 目を開くと、隣で陛下が私の顔を見ていた。


「あれ、陛下――どうして、こんなところに」


 私は仰海県の客室で寝ていたはずだ。

 しかしベッドは前世ドラマで見たようなふかふかのベッドで、枕も掛け布団も、シーツも全部夢心地の弾力だ。きっとロイヤルスイートルームのベッドはこんな風なのだろうと思うような部屋だ。


「サイ」


 陛下の甘い声。ささやきながら微笑む彼は、私の隣に同衾していて、私の髪を撫でる。

 状況がよくわからない。


「え、ええっと……ええと……」


 これは何だ。状況が全くわからない。

 ただ陛下に撫でられる手が心地よくて、私は誘われるままに腕の中に潜り込んで眠る。

 やわく抱きしめられると温かい。肌が触れて心地よくて、陛下のぬくもりと甘い香りに包まれて、私は幸福な気持ちになった。


「春果様……」


 窓の外からはかささぎの鳴き声がする。

 かちかちと少しやかましい声は、いつも私を鶺鴒宮で目覚めさせてくれる鳴き声だ。


 ん、鵲――?



「鵲は!!! ロイヤルスイートにはいません!!!」


 私はがばりと体を起こす。

 開けっ放しのまま寝てしまった窓辺には鵲のつがいが止まり、私の顔を興味深そうにじろじろと眺めている。

 ――朝だ。


「……あれ、私は……何の夢をみていたんだっけ……」


 何かとんでもない夢を見ていた気がする。けれど思い出せない。

 寝台で頬を押さえて硬直する私を眺め、鵲はかちかちとからかうように鳴いた。


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