66.古の儀式を復活させましょう
――東方国には『祈花』という習慣がある。
東方国では貴賓の来訪や祭の時など、その場を祝福し祓い清めたい時に、花を模した紙吹雪を散らす。簡単に言えば、めでたい時にフラワーシャワーを撒く文化があるということだ。
記憶の新しいのは陛下が中央国から帰国したとき。あの時は沿道に集まった民衆が熱狂するように『祈花』を撒いていた。冬に雪が多く、鮮やかな花を見られる時期の短い東方国らしい行事だ。
私は夏季慰霊祭において『鶺鴒の巫女』として『祈花』を撒く役目を言い渡された。
「『祈花』はそもそも『鶺鴒の巫女』の仕事だったかもしれないということですか?」
「そう。だからかつての文化を君が祭で蘇らせれば、中央国王族、東方国の官僚どもに見せるには良い余興になるってことさ」
私は図書寮の奥、来夜様の作業部屋に来ている。
今日の来夜様は少年の姿で、いつものように袍を帯でたくし上げた装いだ。
「これだ。見てごらん」
来夜様はすいっと宙を撫で、淡く輝いて浮かび上がった文字列を私へと見せる。すっかり『出力』に慣れてしまったらしく、ついに空間に文字を浮かべて指でスクロールしたり、いじったりしている。天才はすごい。
「ええと……これは東方国の国境、つまり私の故郷――元東方国鶺鴒県(現中央国クトレットラ領)の隣県・仰海県の情報ですね」
私の故郷は中央国クトレットラ領だが、数百年以上昔は東方国の県のひとつ鶺鴒県だったので、当然私の故郷の伝承と東方国の伝承は繋がっているものも多い。
来夜様が見せたのは仰海県の伝統祭の情報と、それについて民が語った内容を記録したものだ。
『仰海県では秋を迎えると若い娘が鳥を模した着物を来て村をめぐる。鳥の姿をした娘は村じゅうに秋桜の花を撒き、彼女たちの後ろを神が歩き村に祝福を齎すという。収穫を神に感謝すると同時に村の若者たちに子宝祈願を行う祭。由緒は定かではないが東方国前歴345年に開催された記録が現存。』
読んでいる私の隣で来夜様が片眉を釣り上げて皮肉に笑う。
「わっかりやすいよね。農作が落ち着いたところで娘らを村じゅうに見せまわって、それで村の男連中があれがいい、これがいいって目星つけて結ばせる話だろ」
「まあ、気候としても人肌恋しい季節でしょうしね。家族が増えたら嬉しいですもんね」
「……」
「……どうかしましたか?」
「いや……君、そういう事いうんだと思って」
「地元は寒いので、冬は家族皆で一緒の布団に入って眠ることもあったんですよ。飼っていた犬も一緒に……暖かかったなあと思い出しちゃって」
「……はあ」
「両親が亡くなった後は夜に、祖母が冷たくなってしまわないか心配で、」
「いい。その話はいい」
とにかく、と来夜様は話を戻す。
「似たような行事は鶺鴒県の近くの村に広く分布している。おそらくこれが『祈花』――皇帝陛下を出迎える時に道に撒く花吹雪の由来なのだろう。鶺鴒の巫女が東方国で活動していた時代の記録はほとんど残されていないから、推測するしかないのだけれど」
「そのご推察は間違いないと思います」
「ほう」
「私は故郷の屋敷に伝えられていた『鶺鴒の巫女』に関する記録に全て目を通しておりました。全て燃やされてしまいましたが――『出力』できる今なら、中身を思い出せます」
私は来夜様の真似をして、空中に指で四角を描いて表示を出現させる。そして目を閉じて記憶を辿る。
検索単語は『鶺鴒の巫女』『行事』『花』――
目を開くと、宙に私が思い出した書物の情報がいくつもの窓になって表示されていた。来夜様は早速それを読み始めている。
「へえ……撒く花の種類から育て方、鶺鴒の巫女が着る衣装、そもそも始まった由来の故事まで記録が残っていたんだね。興味深い。――これ、写書してぜひ東方国の図書として保存しておきたいよ」
「保管していただけるのでしたら喜んで書き写します。……一生かけた大事業になるかもしれませんが……量が多いので……」
「いいね、いいね……ああ、これは東方国の資料に残されていない創世神話の記録じゃないか。現存最古のものよりも古い内容じゃないか? なるほど、『祈花』は元々催淫効果のある花を皇帝の寝室に撒いていたのが由来と……へえ! だから花を撒く、なるほどね。そうかそうか」
「来夜さ、ま……?」
「だから『鶺鴒の巫女』は薬学に密接な関わりを持っていたのか。ああ……東方国の薬学史と照らし合わせてみたいなこれは。花は南方国から届けられていた? どうやってだ……ああ、古代から東方国と南方国の交易が行われていたと……ああ、目が追いつかない。鵲を呼ぶか? いや」
一人熱がこもり始めた来夜様は、私の話をもはや聞いていなかった。その姿は少年の容姿もあいまって無邪気なくらいだ。
(政治の争いにいるよりも来夜様は、たしかに図書頭として過ごしていたほうが向いてそう……何より、楽しそうだわ)
ひとしきり読みふけったところで我に返った来夜様が、眼鏡を直しながら私に向き直る。
「……ああ、悪かった。つい興奮してね」
「いえ、楽しそうで何よりです」
「斎。君の持つ情報と東方国の情報を活かして、旧来の『祈花』の文化を復興させるぞ。……これは、君の東方国の立場のためにも、中央国への余興としてもよさそうだ」
彼は不敵に笑う。その目は知的好奇心とやる気でぎらぎらと輝いていた。
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――それから一週間後。
私は来夜様と女官、それに護衛を伴って仰海県へと馬車で向かった。今でも秋には祭を行っているということなので、実際にその舞を特別に見せてもらうことにしたのだ。





