閑話・リリーはその頃。
リリー。
召喚された魔法陣の上でとっさに名乗った名前は、本名を英訳しただけの適当な名前。
あたしはただのプレイヤー。
楽しむだけにこの世界に存在する、ただのプレイヤー。
元の世界の自分なんて思い出したくもない。
家にも外にも居場所なんてない、ヤリモクや不倫男に騙されてばかりの人生。
底辺で、つまんなくって、頑張る意味も見出せなくて。
仕方ないからくそくだんない恋愛にしがみついて幸せな振りしてもボロボロで、何も楽しくない虚無の毎日を過ごしてて。
そのときたまたま目に入ったアプリ広告が『このゲーム』だったわけだ。
逆ハーで男らしい男にめちゃくちゃにされながら愛されるの、そういうの大好きだったから。
「いいなあ、あたしも楽してチヤホヤされたい」
口にした途端。
気がついたら暗闇で、ゲーム画面だけが光っていた。
そこから厳かな声で呼ばれるものだから飛び込んだら、なんとゲームが始まっちゃったの。
そんな感じだったから、あたしは最初、夢か幻覚だと思いこんでいた。
「リリー。セントリアの救世主たる聖女よ。どうか国をお救いください。」
国王陛下が泣きながらあたしに傅くわけ。
なぜか本当に降臨しちゃってて、
しかも鏡に映ったあたしは課金し尽くしたアバターみたいな地雷美少女で。
「え、ええっと……はい」
笑ったあたしに一同大歓声。
そしてあたしはすぐに自分が得た『能力』に気づいた。
あたしは目を合わせた人を、思い通りに操れる。なるほどこれが聖女の力。
まだその時までは、この世界が現実とは思わず夢の続きだと思ってたよ。
だってぬるすぎるんだもん。
夢じゃなかったら、国王さまに名前を聞かれたときだってもっと凝った名前名乗ってたよ。
一日がすぎ、一ヶ月が過ぎ。
召喚されてるのだと気づいてからは、あたしは一応あたしなりに考えた。
どうやら目が合った総時間で、相手を思い通りに操れるということ。
その操れる規模は相手があたしをどう思ってるかで変わってくるということ。
条件は相手の名前を知っていること。『聖女』が聞けば大抵は答える。
相手にリリーが認知されていること。『聖女』なんてみんな知ってる。
相手がリリーに対して一定以上好感をいだいていること。
『あたし』だから勝手に寵愛される。
肉体関係があるとより一層行動を操れる。
だから、男は大抵好きに操れた。
平たくいえば、あたしをみて「やりたい」と思った程度の関係の男なら、5秒目を合わせたら、5秒間だけ相手を好きに動かせる。
言っちゃいけないこと言わせたり、人を殴らせたりさ。
逆に相手があたしを嫌いだったり信念が強かったりしたら、全然ちょっとしか言うこときかせらんない。
国王陛下はさすがだよ。
目をじっと見て「側室をお作りになってはいかがですか?」って言っても、むしろ頑なになっちゃった。
それで王妃様が余計に病んでるの、本当に女心わかってないな、って感じ。
逆に、聖職者はチョロかったな。特に聖騎士団。
あたしの言う通りなんでも買ってきたしなんでも不正をした。
裸で突撃して社会的に死んだやつもいた。
そこまでするとは思わなかったから、ちょっと馬鹿じゃない?と思ったよ。
聖騎士団って女に飢えたまま山奥に閉じ込められたみたいな、性欲を規律で押し固めたような連中ばっかりだった。
柔らかい肌で優しく笑う聖女さまってのはきっと刺激が強かったんだろうね。
聖騎士団長・アレクセイはあたしにひと目で恋をした。
召喚されたあたしを見た瞬間。
顔が明らかに「あ、惚れたな」ってわかるくらい、分かりやすく春が来たんだもん。
花がぶわっと目の前に咲いたようなさ、生きる意味を見つけたみたいなさ、そんな鮮やかな顔をしてた。
あたしはにっこりと微笑んだ。
こいつはすかっとするくらい言うことを聞いてくれた。
婚約者を叩かせたりしたね、2,3回。
面白かったのが、あたしが勝手に叩かせたんだけど、
こいつってば叩いたあとに一人で勝手に「叩いた理由がある。それが当然だ」って。
殴って当然のことを婚約者の女がやったんだって、自分を正当化していくの。
面白かったし胸糞悪かった。
あたしを殴って来た彼氏連中と、同じ言い方だったから。
だから破滅させてやろうと思っちゃった。
とにかくあたしは聖騎士団長をおもちゃにして、騎士団のお金を使い込んで、破滅させた。
恨みがあったりしたというより、あまりに簡単すぎて人間なんてみんな薄っぺらく見えてきて、痛みも何も感じなくなってたんだ。
たのしくってさー。
気づいたら、あたしに不信感を抱いて、どんどん術が効きにくくなっていく人が増えていった。
あたしの話を聞かなくなった。
国王陛下も、あまりあたしをフォローしきれなくなった。
聖騎士団長にいたっては、休職して自分探し状態になっちゃったしね。
みんな手のひら返しが鮮やかだ。
でもね。
あたしが与えたのはきっかけだけ。
たとえば万引をさせたとして、あたしは店外に出していない。
店外にでていったのはそいつなんだ。
ラブホに好きな女を無理やり連れ込ませたとして、あたしがやったのはそこまで。
そこからさきは、欲望の背中をおされたやつの行動だ。
でもみんな、あたしが全部やらせたと思いこんでいる。
あたしがみんなを操ったと。
でも、表立っては批判できない。
だって国王陛下が召喚した聖女様だから。
だからあたしを恨みながら、あたしに目を合わせずに、いい顔をしながら離れていっている。
気づいてんだから。
NPCのくせに無駄に人間臭いんだから。
この世界の人間はだいたい2つ。
あたしの思い通りに動くか、動いた後に責任転嫁をするやつか。
サイ。
順風満帆にチートで遊んでたあたしを一番最初に邪魔したのは、あの女。
目を合わせたのに。
あいつはアレクセイを罵らなかった。
怒りを肚に抑え込んで、ため息一つでアレクセイを許した。
あたしの思い通りにならなかった人間は、この世界であいつが最初だった。
「……あいつも、もしかして。あたしと同じ存在なの?」
あの女だけは面倒だなと思う。
でも別にいいよ。あの女はとっくに隣国に追放されちゃったし。
仮に今後、あたしにやり返そうが知ったことではない。
だってあたしは本来、どうせ死んでる身。
この世界でだって、『聖女』ってだけで根無し草。
大切なものがあるわけでもない。
だから好きにやって、好きに朽ちていければ、それで十分じゃない?
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