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62.枕を噛んで、耐えて下さい。

「ちょうど来夜を一番批判していたあたりの層がばたばた居なくなってくれて、穏健な人たちだけになったからね」

「……!」

「地方でほぼ軟禁になっていた来夜でも、呼び戻さないと国が動かないのは誰の目からみても明らかだったし」


 陛下はさらりと、当たり前のように言う。

 なんとなくと直感で触れてはいけないような気がして、私は話題を少しずらした。


「陛下。……あの」

「ん、何?」

「……陛下は、私をそばに置いて批判を受けないのですか?」

「来夜と先帝のように……かい?」

「私は……来夜様のお話を聞いて、怖くなりました。もし、陛下が私をかばうことで批判されたらと……私は他国の人間ですし、こうして特別な処遇をいただくことで、陛下に不都合があれば」


 鶺鴒宮として住まいを与えられ、宮廷の祭礼に参加し、周りからちやほやと『鶺鴒の巫女』として扱われる。中央国時代には居場所がなかった身として、未だに少し慣れないし――なにより恐ろしい。頭の中でかつて見た陛下崩御バッドエンド映像スチルがよぎる。傾国の巫女にはなりたくない。


 不安で胸が苦しくなる。男装の胸元を握りしめてつぶやいた私を、陛下は灰青色の目を細めて笑う。


「君なら荒れないよ。来夜の場合、亡国の血を継ぐ男で官僚で、政治で出世したら男の目の敵でしょ? サイを仮に女性官僚として登用して、来夜と同じように重用するのなら別だろうけど」

「……そうでしょうね」

「僕はサイに官僚になってほしいとも思わないし、そもそもサイはそういうの、苦手でしょ」

「はい。後宮でも朝廷でも、私は……あまり腹のさぐりあいはできないと思います」


 中央国で暮らしていた時代、私は王宮で様々な戦いを見てきた。貴族たちの水面下での政治的攻防や夫や実家の地位を引き継いだ婦人同士の鍔迫り合い――ああいう場で私は上手く世渡りできない。先日情報収集のため商家の婦人がたに向けて開いた食事会でも、翌日は気疲れでぐったりしてしまった。そういう性分の私が、女性官僚として政治なんてとてもじゃないけど、無理すぎる。


「じゃあ大丈夫さ。サイは無害な僕のお飾りのふりをしてくれたほうが、僕も守りやすいし、サイもきっと自由に過ごせる。……言い方は悪いけどね」


 少し申し訳無さそうに陛下は言葉を添えるが、私は首を横に振って感謝を口にした。


「ありがとうございます。……不相応な分野で醜態を晒し陛下の足を引っ張るより、私は粛々と巫女としての役目を果たします」

「うん。期待してる。それにサイは来夜と違って他国出身でも容姿は東方国寄りだし、そもそも保守派にとってはクトレットラ――鶺鴒県は我が国の領土という意識が強いから。サイが鶺鴒宮で過ごすことは大歓迎されている」

「……歓迎していただいているのは、祭で感じました」

「でしょ? だから大丈夫だって。いい意味で、官僚たちを騙してやって」


 陛下は不意ににこりと笑う。目を奪われていると、彼は私にくるりと背中を向けた。


「ねえ、そろそろいつものやってくれない? ――あれ」


 陛下は肩越しにこちらを振り返り、甘えるように小首をかしげてみせた。とろりと夜着がはだけるのを見て、私は私がここにいる本分を思い出す。

 東方国で陛下のお傍にいるのは、私が陛下を癒やすためだ。鶺鴒宮の管理も来夜様のお手伝いも、それはあくまで本来の役目を大切にした後に考えることだ。

 陛下が差し出したつるりとした背中と、堂々たる大きな狗鷲の翼――私の守るべき対象。

 私は気を入れ替えるために深々と頭を下げた。


「それでは、陛下……今夜も失礼いたします」


 指先に魔力を込めて、私は差し出された背中にそっと触れた。


「ん、」


 陛下が小さく息を詰める。瞬間――穂先でくすぐるくらいの接触にも関わらず、体中の魔力がジュッと吸い上げられる。まるで勢いよく掃除機で指先を吸ったような感覚だ。


 私がぞっとしたのに気づいたのか、陛下は肩越しに振り返って苦笑いした。


「今日禊祓をしていた場所は、去年の雨季に河川が氾濫を起こした場所でね」

「……!!」

「民や田畑に被害はなかったけれど、その時に上流で壊れた堤防がまだ復旧できていないんだ。だから少し多めに水神へ魔力を捧げて、ご機嫌取りをしたわけなんだけど……まあ、僕の雷は水神と相性がいいからね、たっぷり魔力を奪われすぎちゃった」


 軽い調子で陛下は言うが、それがどれだけ体に負担をかけているのか私には分かる。


(……私の存在が、陛下にとって問題になることもあるかもしれない。けれど陛下の魔力が枯渇したらそれこそ国が乱れる。ここで陛下を守ることは……今は、私にしかできないことだ)


「かしこまりました。それでは……私も本気を入れて施術いたしますので、まず体を横にしてください」

「ん」


 陛下が寝台にうつぶせになる間に、私はあたりを見回す。目当てのものを見つけて手に取り、枕を抱くようにうつ伏せになった陛下にそれを手渡した。


「これは……座布団クッション?」

「はい。いつものように声が出そうになったら、これを噛んでください。……この廟は衛士との距離が近いです。声が外に漏れてしまっては、鶺鴒の巫女わたしがいることがバレてしまいます」

「……」


 陛下はきょとんとして、そしてみるみる顔を赤くした。


「……その気遣い、ありがたいけどありがたくないかなあ」

「それでは失礼します」


 経絡のツボと同じように、魔力のツボも背骨の両側に流れている。陛下の場合は特に翼が生えている中心――肩甲骨のところに過度な負担がかかっていた。

 私は指先で魔力回路を探り、目を閉じて『言葉』を紡いだ。


「『恐れ多くも御尊名を口に致します春果陛下。今夜は場所が場所故に手短に失礼いたします、私の魔力は今満潮の海。……陛下の乾いた体に、熱い奔流が染み渡って溢れて溺れるまで、溜め込んだ魔力を限界まで注ぎます』」

「――ッ!!!」


 手のひらが熱くなった瞬間、陛下の背中がびくりと揺れる。


「ふ……っ……っ!!」


 陛下は座布団クッションを噛み締め、背中を引きつらせて耐える。


「……陛下……ッ!」


 肚の奥から腕に向かって熱い魔力の奔流が流れ、陛下の背中へと注がれていく。勢いの強さで体が飛びそうになるのを、膝に力を入れて耐え、歯を食いしばって手のひらをぴたり、と押し付ける。


「――ッッ!!!」


 ばさばさと翼が揺れる。私はその翼にはねのけられられないように夢中になりながら魔力を注ぎ続け――気がつけば陛下は軽く気を失っていた。



---


 翌朝。廟の前に整列して陛下を待つ私達の前に陛下は姿を現す。

 挨拶を終えて頭を上げて陛下の後ろ姿を見れば、神々しく輝く翼が見えた。限界まで溢れた魔力がいっそう陛下をきらきらと艶めかせているようだ。


「陛下、今日は一段と神々しくていらっしゃるな……」

「水神様もお喜びになり、間違いなく禊祓は成功するだろう」


 陛下に見惚れる周囲の臣下の言葉を聞きながら、私はほっと安堵する。


(よかった……昨日、注ぎすぎて陛下を駄目にしてしまったときは焦ったけれど……塞翁が馬ね……)


 その後無難に禊祓の参列を済ませ、私は他の臣下と一緒に首都へと帰還した。

 帰還して男装を解き、真っ先に来夜様の元へと報告へ向かう。彼は図書寮の奥の作業部屋で、相変わらず少年姿で脚立に乗り、一人で仕事を続けていた。


「ん、おかえり」


 彼は私を見つけて目を細める。

 数日ぶりなのに、妙に懐かしいと思ってしまう。私はすっかり来夜様とお話するのが楽しくなってしまったみたいだ。


「君の仕事はそっくりそのまま残してるから。続きは明日にして、今日は甘いものに付き合ってもらおうか」


 ひょいと脚立を降りたところで、いつのまに変わったのか青年の姿になっている。


「報告は食べながら聞くよ。おいで」

「はい!」


お読みいただきありがとうございました。m(_ _)m

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