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55.本物の"天才"

 初日以降、私はお弁当と水筒を携えて図書寮へと務めに出た。


「鶺鴒の巫女様とあろう方が、こんな朝から晩まで、まるで官吏のように働かされるなんて……」


 母親のような年齢の侍女が私にお弁当を渡しながら嘆くように呟く。


「陛下のためにお役に立てるのでしたら、私にとっては願ってもないことです」

「そうですか? でも、あまり無理はなさらないでくださいね」

「ありがとうございます……」


 心配する侍女に、私はぎこちなく微笑みかえす。


 実のところ、中央国では朝から晩まで働き詰めだったので、上げ膳据え膳で日中だけ勤める今の暮らしはは正直落ち着かないくらいだ。

 美味しい食事も清潔な衣服も用意され、更に自由に商品研究する場所も道具も用意して貰える。

 侍女も女官も程よい距離感で接してくれるし、官吏の方々も親切だ。


 事前に『鶺鴒の巫女』が暮らしやすいようにしてくれた陛下はもちろん、東方国の人々にも感謝することばかりだ。


 侍女は私に業務確認を行う。。


「こちらでは斎様のご指示通り、薬草の収穫と乾燥と抽出、引き続き作業しております。それと今日、材料などの着日の連絡が入りますので、お帰りになったらお伝えいたします。他にも何かありましたらお申し付けください」

「ありがとうございます、助かります」


 私は図書寮の手伝いをしながらも、同時並行で化粧品作りの準備も行っていた。

 先日のお茶会以降親しくなった婦人がたとは今も手紙を交わし、夫――商家の主人とも縁を繋いでもらっている。

 昨日はわざわざ私と会うためにある薬問屋夫婦が揃って昼食の時間に訪れ、簡単ながら今後の話をしてくれることができた。


 やることが多い。

 けれど『鶺鴒の巫女』として期待に応えるため、私は頑張らなければ。


---


 図書寮の作業室に入り、早速私は作業に取り掛かった。


「まず、この県の情報は、該当の棚に。こちらの県は、こちらの棚に。順序はえっと……」


 煩雑な仕組みは割愛するが、私は薄絹ストールを宙に浮かべ、必要情報が表示される表示版ディスプレイとして扱った。

 他の官吏がやってくるときはもちろん魔力は控えているが、私があてがわれた作業部屋には基本的に来夜様しか来ないので遠慮なしだ。


(きっと、来夜様が人払いをしてくださっているのね……ありがたいわ)


 作業の手順はこうだ。

 まず頭の『スイッチ』を入れて、書簡の内容全てに目を通し、記憶する。


 そして記憶した内容を頭のなかで県ごと、内容ごとに分類し、必要情報を薄絹ディスプレイに投影する。

 次に頭の『スイッチ』を一旦止め、薄絹ディスプレイを参考に目の前の書簡を分類ごとにまとめ、注釈の付箋を挟み、棚の中に収めていく。


 最後に、県ごとに内容を1つの書簡に簡潔に纏めインデックスとする。


 頭の中に地図も記憶しておいたので、県をまたいだ不審な情報も横断して把握が可能だ。


 合わせて、模造紙のような大きな紙を用意してもらい、壁に貼って簡単な地図を描き、重要な情報は付箋でそこに貼り付けていった。


 前世のような付箋ではなく糊付けにはなるが、それは仕方がない。

 読んで、『スイッチ』を入れて、止めて、手を動かして。

 黙々と仕事をしていると、時間はあっという間だった。

 


「――斎」


 少年の声で呼ばれ、はっと我にかえる。

 振り返るとそこには、正午の日差しに照らされ佇む来夜様がいた。彼は大げさにため息をつく。


「集中しすぎ。何度呼んだと思ってるんだ」

「申し訳ありません」

「しっかし、変なやり方を思いつくもんだよね」


 彼はぺたぺたと靴を鳴らして近づいてきて、宙に浮かせた薄絹ストールをしげしげと観察する。

 足音が変なのは、靴を大人の大きさに合わせているからだ。


「最初ぶっ倒れたのを見たときは大丈夫? って思ったけど、なるほどね」

「本当にご迷惑をおかけいたしました……」

「全くだよ」


 この作業場で働きだして一週間ほど経ったが、結局、大人の姿の彼を見たのは私が倒れた日だけだ。大人の姿になることはほとんどないけれど、服装は大人準拠にしているらしい。


「なるほど。書くわけじゃないから色んな情報を次々に表示可能で、わざわざ書簡を紐解かなくてもどこに何が書いてあるのか、一発で検索可能――その検索数も場所も、ここに表示される。計算は頭のなかで、そして結果だけ目視……労力を減らすために文字は全て同じ形で表現――よく考えついたな」


 彼は言いながら、ふと思いついたように壁に向かう。


 少年の片手のひらを壁に向け、そして何かをぶつぶつと口の中でつぶやき、打鍵タイピングするように指を動かす。


 瞬間。

 魔力の光がぱっと輝き、壁一面に文字が浮かび上がった。

 まるで蛍光塗料で書道をしたような輝きだ。


「――ッ!!!」

「ん。……これはちょっと違うかな。こうか」


 息を呑む私の前で、少年文官は指を動かし、文字の大きさや位置を調整する。

 壁に描かれているのは詩歌のようだ。


「――頭で想像した内容を表示させるコツは理解した。なるほど、思考結果を頭の中で浮かべるのではなく、魔力を通じて意識的に表示させたい場所を脳の一部として扱うんだな……」

「すごいですね……」

「……ねえ、それ嫌味?」

「!! 申し訳ありません、そういう訳では……!」


 露骨に眉根をしかめる来夜様に、私は慌てて謝罪する。


「まあ天才ってそういうものだよね、はー嫌嫌」

「……そういう大それたものではないです。私はただ、ちょっとこういう……発想元があっただけで……発想元の真似事でしかないので、見るだけで再現できる来夜様のようなことは、とてもできません」


 来夜様は細い肩をすくめてみせた。


「これくらいの応用はできて当然さ。……それよりこれ、随分お腹すくね。さっさと飯にしよう」


 彼は言うなり、くるりと踵を返して部屋を出ていく。


「斎、置いていくぞ」

「は、はい!」


 もしかして一緒に食べてくれるのだろうか。

 私は机上を簡単に片付け、来夜様のゆらゆらと揺れる狐色の髪をおいかけた。


お読みいただきありがとうございました。m(_ _)m

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