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53.鶺鴒の巫女、パソコンになろうとする

 ぼーっと物思いに耽る私に、後ろから書簡がぽんと背中に当たる。


「ッ!?」

「昔の宮廷なら今のひと刺しで死んでたよ」


 来夜様が目を眇めたスレた表情で私を見て笑う。

 彼は逃げも隠れもしていない。


「……表を歩くのですね、来夜様」

「そりゃ歩くよ。仕事にならないからね」


 にやりと笑って返す。

 あたりを見渡してみる。けれど私と話す来夜様の姿を気にしている者はいない。

 彼は気にせず、部屋へと踵を返しながら、背中で私に話しを続けた。


「どこほっつき歩いてたんだい。食事を持ってきていた従者が慌てふためいてたぞ」

「申し訳ありません。食堂でいただこうかと思って外に出てしまって……」

「食堂!?」

「すみません……」

「まあいいけど。それこそ栄養足りてないんだよ。今だってぼーっとしてただろ」

「は、はい……」

「とにかくさっさと済ませて、仕事に戻りな」


 そういって来夜様は狐の尻尾のような髪を揺らし、あっさりと奥へ戻っていった。

 周りを振り返れば――誰も、彼の姿を気にしていない。


(魔力で姿を隠しているのはわかる。恐らく、鳥かなにかに。鵲かしら――けれど、どうしてわざわざ)


 幼い姿を取っていることも、見た目を目立たないようにしているのも、何か理由がありそうだ。


(……働くって大変だわ。能力以外で考えることがいっぱいある)


 私は昼食を手早く済ませ、急いで作業部屋へと戻った。


---


 昼食は温かな白米と、漬物、特に美味しかったのは酢の物で、葉の裏が紫色のきれいな葉っぱに千切りの長芋を添えた目にも優しい彩りのものだった。


 前世でも食べたことが無い食材だったので、後で聞こうと思う。

 お茶は相変わらずの焙茶で、温かく香ばしい香りで頭がしゃっきりした。


「うーん……闇雲に作業をするのもいいけれど、机の広さは有限だから。全ての書類を記憶して、頭の中で整頓して、まとめられたらいいのだけど」


 作業部屋に持ち込んだ焙茶を口にしながら、私はじっくり、書簡整理の方法を考えていた。

 闇雲に開いてまとめていくのも1つの手だが、机の広さは有限だ。


「魔力を使うとしても……箒をモップにしたり、糸くずをバスタオルにしたり――あるものを改良するのは可能でも、ないものは作れない……」


 サンキャッチャーの反射する輝きが、きらきらと視界の隅で揺れる。

 その輝きがひときわ輝いた瞬間、思考が急にまとまり私は天啓を得た。

 存在するものの改良はできる。それならば。


「脳を活性化させて……頭の中で表計算ソフトみたいなのを作ることは可能、かも」


 私がやりたいのはマクロ計算などの込み入ったものではない。

 単に表にまとめて検索できるだけで十分だ。頭の中に全ての情報をまとめたい、それだけだ。あとは手でそれを書き出し、書簡の整頓に反映すればいい。


 魔力は万能ではないが役にたつ。

 早く走ったり、筋肉を増強したり、身体能力を向上させることは不可能ではない。

 それならば脳の計算能力の向上もできるはずだ。


「どれも難しいけれど、今の私なら多分、やれるわ」


 私は立ち上がり、右手をそっと額に添え――目を閉じた。

 臍の下、肚の奥に意識を集中する。

 そこから温かい熱の奔流が、体幹を通って頭に吹き上がる想像を膨らませた――


「『私、その名を斎、これより我自身に語りかける――我が記憶、九千九百九十九条の石碑に刻むように克明になりて、その検索速度光より早く、序列、抽出、集計、順位付与、それら、千人の集計より正確に確実に実行されるものとなる――』」


 自分の頭へ『魔力』を紡ぐ。だんだん頭が熱くなっていく。


「いけない、これは……」


 不意に、想像より数倍の速度で熱が上がっていくのを感じ、私は己の魔力の読み間違いに気付いた。


 ――陛下の夜伽をすればするほど私の魔力は上がっている。その上昇した強さを読み余ってしまっていたのだ。


(だめ、このままじゃまずい。体が魔力に、耐えきれなくなる――!)


 一度発動した『魔力』を強制的に打ち切ることはできない。蛹を開けても元の幼虫に戻れないのと同じだ。なんとか耐えて完了しなければ、元に戻れない。


(なにか、対策を、)


 意識が飛びそうになった瞬間。幼い頃高熱を出した記憶が蘇る。


 魔力保持者の子供は生まれてから必ず一度は魔力の暴走で熱を出す。

 私の熱は普通の子供より長く続き、二週間ほど生死の境をさまよったのだ。


 医師の父が薬を呑ませ、母が額に手のひらを当てて寝ずの看病をしてくれた。


「鶺鴒の巫女から生まれたから――こんな苦しい思いをさせて、ごめんなさい」


 母は私に謝っていた。

 普段は気丈な母が涙をこぼしそうになりながら額を撫でるのを、私は朦朧とした意識で見上げていた。


(謝らないで。そんな顔をしないで。私は『鶺鴒の巫女』として生まれて幸せだったから……)


 母の冷たい手のひらは心地よく、母の願いが届いた私の体はだんだん楽になっていった。

 あれは手のひらが冷たいから気持ちよかったのだろうか。


(……違う。あれは、手のひらを額に当てて、母さんは……私の魔力を……外に逃がしていた…………そうか! 魔力を制御する触媒があれば!)


 私は藁に縋る思いで、肩にかけていた薄衣を両手に掴んだ。


お読みいただきありがとうございました。m(_ _)m

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