51.来夜様のことを、誰も知らない?
書簡に書かれた内容は本当になんでもありだった。
◆川の防波堤が壊れている。県令に修繕の話をしたが通っていない。梅雨が来るのが怖い。(甲村 某)
「これは禊祓ではないわね。投函された日時を確認して土木事業案件としてまとめましょう」
◆最近嫁が来なくなった。呪いなのではないか。(乙村 某)
◆乙村の嫁いびりがひどく、娘が命からがら逃げてきた。あの村は呪われているのではないか(丙村 某)
◆乙村の男衆がうちの村に女をさらいに来るので止めてほしい(丁村 某)
「……これは禊祓も必要そうだけど、まずは警察案件ね。こちらの国で治安に纏わるお仕事って、誰にお願いすればいいのか確認しないと」
◆大きな犬のようなものが山で大暴れして竹林を破壊していて生活にならない(戊村 某)
◆30年前に神祇官様に禊祓していただいた墳墓が、また盛り上がってきて山になっている。また土男が暴れ出さないか心配。(己村 某)
◆死んだ村人が蘇りを起こして生きた村民を食べている(庚村 某)
「これは至急確認したほうがよさそうね。同じ村から似た報告が上がっていたら一緒に綴じておかないと」
◆雨乞いしても効かない。困った(辛村 某)
◆魚が不漁で困っている。蟹精が魚を喰らいすぎているのではないだろうか(壬村 某)
「このあたりは……現地に詳しい方が一度目を通して判断したほうがいいわね。似たような事例の話をまとめて……」
書簡を開いても開いても一向に減らず、むしろ疲れのせいで増えているようにも見えてくる。
私は一旦背筋を伸ばし、手足を伸ばしてストレッチする。背中と目が痛い。
東方国の地図を見ながら地名と内容、日付ごとに仕分けしていく作業だけでも、気が遠くなる作業だった。
「前世なら、確かこういうときってパソコン入力で一気にまとめていたのだけど……」
表に日付/地名/分類/内容と順番に打ち込んで、それを自動で並べ替えたり、検索したりする道具。
あれが欲しい。
けれど流石に魔力であれを作り出すのは至難の業だ。
パソコンを組み立てたりソフトウェアを組んだ経験でもあれば違うのだろうけれど――
「難しい事がしたいんじゃなくて、単純に整頓したいだけなんだから、なんとかならないかな」
魔力で新しい物質を生み出すことはほぼ不可能だ。
物質があっても仕組みがわからないものは作れない。物質があって、仕組みがわかっているもので、何か代用できないか私は考えた。
(陛下も来夜様も、おそらく、この仕事が簡単に終わるものだとは思っていない。一週間……ううん。もしかしたら一ヶ月くらいは当然かかるものだと思っているかも。
読みにくくて体裁も内容も整っていない文章に、膨大な書簡。
……もしかして宮廷内での私の扱いに困って、終わらない仕事を与えておいたのかも……そんなことはないわ。陛下も来夜様も、きっと私の働きを期待してくれている。きちんと応えないと――)
「斎」
名を呼ばれてはっと上を見上げると、二階部分から、手すりに凭れて来夜様がこちらを覗き込んでいた。
「お昼だよ。昼食は?」
「あ……忘れていました」
「食べないと頭回んないよ。さっさと食べてきな」
「申し訳ありません。ありがとうございます」
私は立ち上がり外に出た。
人々の流れと陽気の温かさに、すっかり昼になっていた事に気付いて驚く。
こわばった体をほぐすように食堂へと向かうと、中はすっかり大賑わいだ。
「うーん、男性だらけで入るのが少し……ちょっと遠慮してしまうかも……」
ただでさえ、私が歩いているだけでも遠巻きに注目されているのが分かるので、余計に緊張してしまう。
(……明日から、お弁当作って持ってこよう)
私が踵を返そうとしたとき、中から料理人がやってくる。
「鶺鴒の巫女様!?」
以前話したことがあるあの料理人だ。
「あ、あの……! 図書寮まで食事をお持ちしておりましたのですが、何か不備がございましたでしょうか!?」
彼は真っ青な顔で膝を折って礼をする。私は慌てて否定した。
「あ、いえ――ご飯をいただこうと思ったのですが……向こうにお持ちいただいていたのですね。行き違いになり失礼いたしました」
「ああよかった」
彼女は大きく安堵の息を吐く。
「鶺鴒宮の外でのお勤め、しかも図書寮でのお勤めとあればご心労もいかばかりかと勝手ながら思っております。せっかくですのでこちらでお召し上がりください。ご準備いたします」
「あ、いえ、混んでいますし、皆様にお気遣いさせてしまうのは本意ではありません。明日からは図書寮でお待ちいたしますね」
恐縮しきりの料理人と別れ、私は頬が熱くなるのを感じながら図書寮へと戻る。
(そうだ。忘れそうになる。私はもう侍女じゃない陛下の『鶺鴒の巫女』なのだから、迂闊な行動は控えなければ迷惑をかけてしまう――)
普段鶺鴒宮に引きこもって気楽に過ごしているので、まだまだ『鶺鴒の巫女』の重みに慣れていない。
視線を浴びながら逃げるように私は図書寮へと戻る。
文官の男性が私を見て心配するような顔をした。
「あの、鶺鴒の巫女様……顔色がお悪いですが、何かございましたでしょうか」
「大丈夫です、すみません、少しまだ慣れないだけですので」
ここでも気を遣わせてしまった。
恥ずかしく思っていると、彼は周りをうかがうようにしながら、そっと呟くように囁いた。
「図書館でのお一人でのお勤め、なにかと大変なこともあるかと思いますが、あまりお気にされず……」
(……一人?)
私は少なくとも来夜様と一緒に仕事をしているつもりだった。
(そういえば、来夜様は表では一切みかけない。あの作業部屋の奥でしか、会ったことがない)
「ご心配ありがとうございます。来夜様はとても良くしてくださるので、安心してお仕事しております」
「……ご無理なされないでくださいね」
文官は案じるような顔をして私を見送った。
ぼーっと物思いに耽る私に、後ろから書簡がぽんと背中に当たる。
「ッ!?」
「昔の宮廷なら今のひと刺しで死んでたよ」
来夜様が目を眇めたスレた表情で私を見て笑う。
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