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50.お役所あるある。人手が足りず資料整理がおいついていない。

 魔力を使う人を久しぶりに見た。

 妙にじーんとしている間に来夜様は鍵を取り出し、突き当りの扉を開く。


 その先には広い机と書簡の山があった。

 大きな窓があるが、分厚いカーテンに閉鎖されていて、暗い。


(こんなところに、一人でいらっしゃるのかしら)


 まるで人目を避けるような場所だ。

 それに陛下も、外で決して名を呼ばないようにと言っていた。


「仕事の内容だけど」


 手燭を置きながら、来夜様が話を切り出す。


「君、東方国に来る前に『祓』をみたそうだね?」

「はい。陛下が雪の竜を祓っていらっしゃるところを拝見いたしました」

「そう。今回はそれに纏わる仕事だ」


 彼は書類を見回す。


「ここに置いている書類だ、東方国各地のからまとめられた庶民からの要望書、意見書だ。君はこれを分類して、『祓』が必要な案件をまとめてほしい」


 東方国は魔力能力者が少ないため、自然に発生した魔力が消費されず精霊となり災害を生む。

 それを事前に禊祓して防災に務めるのが神祇官の役目の一つだ。


 各地の諸侯が定期的に『禊祓』要望箇所を危険度で階分けして宮廷に報告し、それを元に一年の禊祓計画案を作成する仕組みになっている。

 しかし先日の雪竜のように、諸侯が全ての精霊を把握しきれていないのが現状だ。

 結局、問題発生後に都度対応が求められている。


 そこで各地の諸侯ではなく庶民からの意見も引き上げ、実際にその土地で普段暮らしている人々の眼差しから禊祓の必要がある地域を見つけようという試みがされている。


「と、いうわけ」


 ――それが、来夜様の説明だった。


「本当に識字率が高いですね、東方国は……」

「先帝時代に庶民向けの簡単な読み書きの学校が、全国に作られたからね。本を読むに至らなくとも、薬の説明書きを読んだり公布を読んだり、話し言葉で意見を書く程度のことは女子供でもできる」


 東方国は製薬業を始めとする技術者の国だ。

 よって男女階級問わず他国より非常に識字率が高く、庶民の声を募った結果、政府の想像以上に書簡が集まったというわけだ。


「必要な事とはいえ、庶民の意見を全部一つ一つ精査するのって絶望的な作業なんだよねぇ」

「まあ、そうですよね……」

「ほとんどは庶民の心霊話とか与太話とか、あとはどうでもいい愚痴とか、そんな内容ばっかりでさ」

「私はその色んな情報を――必要なものだけまとめる、ということですね」

「話が早いね。そういうこと」


 私は山のように溢れた書類を眺めた。

 机の上に積まれているので、ここに陛下が立っているなら彼の背丈ほどの山になっている。


「あ、それが全部じゃないからね」

「え」

「君の後ろ、その壁の棚にあるもの全部」

「ひ」


 さり気なくとんでもないことを言っている。

 青ざめる私を見て、来夜様がにやり、と眼鏡の奥の眼差しを眇める。


「どう? 人手が欲しい気持ち、理解できた?」

「……しかし……こちらは、私などが関わっていい仕事なのですか?」

「ん。どういう意味」


 小狐のような可愛い顔立ちで、首をかしげる来夜様。


「国の安全を左右する、重要なお勤めなのでは……」

「重要だよ、そりゃあ。神祇官の予定にも影響を与えるし、場合によっては陛下のご公務にもね」

「ひえ」

「でもまーーーー煩雑なわけよ。分かるでしょ、この量みたら」

「ええ……まあ」

「こんなのに裂けるほど人手が多いわけじゃないのさ。庶民の癖字や方言丸出しの文字を読まなきゃいけないから。でもそれだけの語学力がある文官は、正直大抵他にやることあるの。で」


 このとき。

 来夜様は眼鏡の奥の大きな眼差しをすがめ、をじっと見つめた。

 まるで値踏みするように、彼は笑う。


「『鶺鴒の巫女』"ドノ"は読メる"やろ"?」


 いくつかの地方の言葉が混ぜられた少年の言葉と、こちらをじっと見る大きな双眸。

 かつて母に教えられた古語を思い出して、なんとか意味を理解できた。


「……そうですね。努力いたします」


 それだけ書簡の言葉が無秩序だと言いたいのだろう。

 彼は私をじっと見たあと、ところで、と話を切り替えた。


「君が鶺鴒県――クトレットラ領の領主だったというのは、本当かい?」

「はい。……領主とはいえ住んでいたのは幼い頃だけで、そのうえ親と祖母を亡くしてからは中央で暮らしていたので、大半のことは領地の自治会にまかせておりましたが」

「全部任せていたの?」

「彼らからの要望を国王陛下にお伝えしたり、ちょっとした農地の改良や、魔力が必要な仕事などは行っていましたが……王都でのお勤めもありましたし、大したことはしておりません」


 領主として安定した立場なら、そもそも故郷を離れて王都で婚約する必要も、侍女務めをする必要もない。

 あくまで私は『鶺鴒の巫女』として土地を受け継いだだけの、かたちばかりの領主だった。


 それでも故郷は愛していたし、地元の人達は優しく接してくれた。

 だからこそ、私は少しでも王都でご縁を繋いで、領地の役に立つのが役目だと思っていた。

 その決意も全く無意味になってしまったけれど。


 クトレットラ領は現在、王家の直轄領となっているらしい。

 そういう意味では追放されてよかったかもしれない。

 国境の僻地だけど、これからは直接、王家の人々の目が行き届くのだから。


「なに、ボーッとしてんのさ」

「あ、申し訳ありません」


 来夜様の言葉に、私は慌てて首を振る。


「少し昔の事を思い出してしまって」

「……そう」


 来夜様はそれ以上追求しなかった。


「あ、ただ」

「なに?」

「すみません。先に風通しをしていいですか? 埃でちょっと、頭がぼーっとしちゃったのかも」

「それは勿論かまわないよ」


 私はカーテンをめくって窓を開く。

 さっと、涼しい初夏の風が部屋を通り抜けていく。日差しが室内に入って初めて、私は窓辺に鏡の飾りがつけてあるのに気付いた。

 きらきらとしたサンキャッチャーのように、風が吹くたびにきらきらと光が拡散する。

 どうやら、虫と湿度を防ぐ魔力がかかっているようだ。


「とにかく。急ぎだけど急いでも仕方がない仕事だから、今日はとりあえずやれるところまで分類して、帰りに僕に報告して」

「承知いたしました」

「わからないことがあったら聞いていいけど、僕も忙しいから質問ならまとめてちょうだいね」


 ひらり、と手を振って別れを告げ、来夜様はもと来た方へと戻っていった。

 彼を見送って、私は取り急ぎ衣の袖に襷をかけ、そして手巾ハンカチに魔力をかけてマスクを作り、作業へととりかかった。

お読みいただきありがとうございました。m(_ _)m

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