45.狗鷲の翼のもとに
奉織祭終了後、私は多くの要人がたへの挨拶と対応に追われていた。
物珍しい『鶺鴒の巫女』をひと目見ようと、様々な偉い立場の男性たちが、あちらこちらから声をかけてくる。
こんなに人に囲まれることなど、中央国で投獄され、尋問されたとき以来だ。
「いやはや、歌の詠唱も素晴らしかったですよ!」
「勿体ないお言葉、ありがとうございます」
「鶺鴒の巫女殿は元々東方国の歌をご存知だったのですか?」
「故郷に伝わっていたものや、有名なものだけなので、これからもっと勉強させていただきます」
「とてもそうとは思えませんよ! いやあ、てっきりずっと中央国でも巫女様として神事に携わっていらっしゃったのかと」
「あ、いえ……とんでもないです……」
人々に囲まれた肉壁で視界が塞がれ、何がなんだかわからない。
あちこちから話しかけられ、ぐいぐいとこられて混乱しはじめてきた、ちょうどその時。
突如、彼らは慌てて道を開けて石畳に額をつけるように頭を下げ始めた。
陛下が雪鳴様を連れてやってきたのだ。
すぐに私も、彼らと同じように膝を折り頭を下げた。
「顔を上げよ。そして今一度立ち上がり、その衣装を予によく見せよ」
陛下の柔らかな声が頭上からふわりと降りてくる。
雪鳴様ごしにではなく陛下直接の声だった。
一度深く礼をしてから立ち上がれば、顔を隠した面紗の隙間から、陛下が私を見て微笑んだ。
「鶺鴒の巫女、斎。今日は大義であった。この晴天も天意がそなたの働きを祝したのだろう」
「恐縮でございます」
「これからも神祇官、鶺鴒宮の女官らと共に、良き変化と慶事を我が国に齎してくれ」
「――有難きご期待に添えるよう、精進いたします」
私は深く頭を下げながら、陛下の意図に気付いた。
陛下はたくさんの人前で私と並び、そして直接声をかけて話すことで――自分の声と体格を、小柄な女である私との対比で、より強調しているのだと。
それに。
(私の後ろ盾が自分であることを、様々な方々の前で改めて、示してくれている。これから私や鶺鴒宮がやりやすいように、わざわざここまでお越しくださったんだ――)
礼から頭を上げたとき、陛下は目を合わせてもう一度微笑む。
声に出さず、唇が「ありがと」と動くのが見えた。
陛下は去っていく。
そして姿が見えなくなったところで、貴族や商人の人々は立ち上がると、自然に解散するようにぞろぞろと、満足した様子で去っていった。
よほど、陛下の肉声を聞いたのがすごかったのだろう。
偉い人達の囲みからようやく開放され、私ははあ、と息を吐く。
広い広場に風が吹き抜けると同時、聞き慣れた甲高い大声が聞こえてきた。
「あっ! 斎さま! そちらにいらっしゃったんですね!!」
錫色がぱたぱたとかけてくる。
彼女は私の清涼剤だ。彼女を見て自然と笑顔になりながら、私は奮起して最後まで仕事を勤め上げた。
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