43.奉織祭前日
奉織祭前日。
私は祭の衣装合わせや最終確認を神祇官と行った。
祭儀のために設けられた真新しい檜造りの祭殿は、これまた真新しい見事な簾で覆われている。風が吹けば、はたはたと風に揺れて美しい。
控室として準備された場所に連れて行かれ、私は衣装合わせを行う。
鏡の前、侍女があちこちを確かめながら私に着心地を尋ねる。
「ありがとうございます。問題ありません」
私の返事に、侍女はよかったと笑顔になる。
「この装束は200年前、鶺鴒県がまだ東方国の領域だった頃に用いられていたものだそうです。私も初めて見ましたが、とても機能的で動きやすそうですね」
「そうですね。裾も引きずりませんし――同じ形のものを常服にしても良いかもしれません」
東方国に古くから伝わる巫女装束は、前世で見慣れた「巫女さん」に似た、白い上衣と黒い袴の組み合わせだった。日光に当たるとちらちらと光る、細やかな金糸の刺繍が見事だ。
肩からは透ける薄絹の被帛を羽織るようになっていらしい。
被帛を羽織りながら私は侍女に訊ねる。
「こちらに染め抜かれているのは、鶺鴒の翼ですか?」
「ええ。神祇省の方と陛下のご側近の方々、そして鶺鴒宮所属の斎さま以下女官侍女、皆どこかに翼の意匠が入るようになっています。そちらの被帛も、腕にかけるとちょうど……ほら、背中から翼を纏うようなお姿になるんですよ」
侍女は鏡越しに微笑みながら説明する。黒く染め抜かれた翼の意匠が、たしかに背中から体を包み込むように見える。
「この国では翼は貴き象徴です。『鶺鴒の巫女』様にぴったりです」
その時、外から侍女に声がかかる。ぱたぱたと侍女が御用伺いに走り、そして私に伝えてきた。
「陛下がお見えです」
やってきた陛下は一人だった。侍女が下がり、部屋に陛下と二人きりになると、陛下は冠から垂らした薄絹を耳元にかきあげ、素顔で私に微笑む。
「似合うね」
柔らかく目を細める佳人はいつもの白練りの絹を着ている。色素の薄い髪や肌や衣に、狗鷲の翼の褐色が映えてとても綺麗だ。
「本日は女性の姿ではないのですか?」
「そりゃあ、できれば本当の姿でいたいし」
隣に並んだ陛下は鏡越しに私と目を合わせる。頭二つぶんに近いほど背の高い彼の真横に経つと、私の黒髪と墨色の装束がよく目立つ。陛下の象牙色の髪も白練りの衣も肌も、淡く透き通るように綺麗だ。
私は自分の容姿は好きでも嫌いでもない。ごくありきたりな容姿だと思うけれど、陛下の隣に立つと陛下の見栄えを際立たせる備品のようで良いなと思う。
鏡の中、陛下は私に小首を傾げてみせる。
「それとも、斎は僕が女の子のほうが気楽?」
「いえ。そういうわけでは。むしろ、女性変化なさっていても魔力回路は男性のものなので、こちらの姿のほうが私は落ち着きます」
「魔力保持者らしい回答だね」
「……ところで、陛下。私の装束ですが」
私は自分の着せられた巫女装束を示した。
「こちらの装束も含め、鶺鴒宮にはかなりのご予算を使われたのではないですか?」
懸念しているのは宮廷の予算だ。前帝時代の負債を返したばかりだというのに、そこで『鶺鴒の巫女』なる闖入者が金を使い込んでいると思われたら陛下の権勢に関わる。
不安になる私に、陛下は「大丈夫だよ」と言った。
「今回巫女装束に用いた絹は柑峰県のものだ」
どこかで聞き覚えがある、と思う。
「柑峰県は以前から災害が多くて、先帝時代も大きな災害が起こった土地だ。治水整備が整って、ようやく織物が安定してきたから、今回織物は全て柑峰県のものを使っている」
私は思い出した。柑峰県は中央国から東方国までの旅路で侍女が話題に出していた土地だ。私は装束に目を落とす。繊細に模様が織り込まれた絹は祈りが感じられるほどに丁寧だ。
「斎が鶺鴒の巫女として纏うことだけでも、柑峰県の民にとっては大きな意味を持つ。――だから、決して無駄な経費ではない。安心して袖を通して」
「わかりました……」
「ところで、女官の服はみんな同じにするんだっけ」
「ええ。揃えることで、一般女性と区別した『女官』の記号として宮廷で馴染むようにしようと思いまして」
私は部屋の片隅に用意された女官装束を見やる。女官は私の巫女装束と同じ仕様で、桜色を基調にした華やかな色合いだけが違う。
「今お勤めの官僚の方々は皆男性です。彼らは皆、官服を纏い、色によって位もわかりやすくなっています。――今後『鶺鴒宮』を起点として女官が増えることを考えるならば、一般の女性とは違う『女官』としての制服を作ったほうが、女官も、官僚の方も、働きやすいかなと思いまして……」
「いいと思うよ。家柄を問わずに働けるのはもちろんだし」
「どうしてあの色?」
「『春』果様が創設した鶺鴒宮なので、どの季節でも春の色をしているほうがいいかなって」
「……いいね」
陛下は微笑み、用意された衣に近づいて指を滑らせる。白い指先で運針をなぞるようにしながら、陛下は独り言のように言った。
「僕は新春に生まれた。前帝時代に『冬』を迎えた国に、『春』を齎せと名付けられた。――その名にこたえていかないとね」
「私も陛下のために、尽力いたします」
私に言葉に、陛下はいたずらっ子のようににこりと笑った。
「うん。お互いに頑張ろうね」
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