40.商人婦人と化粧品トーク、市場調査と人間観察
私の言葉をこれ幸いに、彼女たちはぞろぞろと立ち上がってくれた。
後宮の話題はあまり長く続けたくはないものなのだろう。
甘い焼き菓子の香りが漂う部屋を出て、庭園の廻廊を抜け、私達は生花の匂いがいっぱいに漂う部屋に入った。
「いい匂い――あら、これは」
女性たちの声が華やぐ。
部屋の中央、絹で飾った卓上に、硝子瓶に入れた基礎化粧品を並べていた。そして横の籐かごには、小さな試供品を袋詰にして準備している。
「もしよろしければ、今日のお土産にお持ち帰りください。硝子瓶のものは商品としての試作品です。是非ご自由にお試しください」
錫色がにこりと挨拶する。彼女にお願いして、今準備してもらっていたものだ。
「これは鶺鴒の巫女様がお作りになったのですか?」
「はい。中央の技術と、私の知識で作ってみました化粧品です。中央国では基礎化粧品を作るのに許可が必要で、その技術も専門職人だけのものです。なので、中央国含む海外輸出商品として今後鶺鴒宮で作っていけたらとかんがえています。
東方国女性は基礎化粧品をご家庭で作られると伺いました。なので皆さまの『作り手かつ使い手』としての率直なご感想やご意見を賜りたく存じます」
自分たちの技術を褒められ感想を求められて、悪い気はしない。
彼女たちはさっそく化粧品を手に取り、使い心地や成分を確かめ始めた。
「お化粧水はさらさらしたものと、しっとりしたものがあるのね」
「はい。夏の汗ばむ季節にはさらさらとして清涼感があるもの、冬の乾燥しやすい時期にはしっとりと保湿成分を多く配合したものを作成しました」
「成分は?」
「油分は――こちらは南方国産の馬油とミツロウ、こちらは菜種油とミツロウで作成いたしました。少量ですが橄欖油 (かんらんゆ)を用いたものもございます」
「橄欖油 (かんらんゆ)のものはさらさらしていいわね。香りも他の化粧品を邪魔しなさそう。でも利益はでるのかしら」
「輸入品をほぼ使わず、使っても比較的安価な南方国産のものを使用しておりますので、利益率としては――錫色さん、こちらに卸値と販売価格の案を」
「はい!」
錫色がぎこちなく書類を渡す。
彼女たちは成分表や値段を見ながら、鋭い顔をして商売の算段を立てている。
後宮の話題で濁りかけた雰囲気が一変して、皆一様に「問屋の女将」の顔になっていた。
「これはどうかしら」
「これ、同じ香りの石鹸があったら良いわね」
「行商に持っていくにはもう少し軽いほうがいいかも……」
彼女たちは中央の貴族女性たちとは違う。貴族女性は商品の善し悪しの目利きはできるものの、その製造工程や売価や利益率などまで考える人は滅多にいない。
「ちなみにこれ、無香料のものは作れますか?」
「はい、無香料も作っておりますので、匂いが障りになる方はそちらをお持ちください」
「ありがとうございます、巫女様。中央ではみんなこういうのを使っているのですか?」
「はい。成分表はこちらです」
「珍しい配合ね、うちは――」
「そうね、東方国の女性なら好きなのは……」
成分表を見ながら、彼女たちは自家製化粧品の成分や配合について教えてくれる。
「ありがとうございます。女性としても、良い学びです」
「鶺鴒の巫女様は、お化粧品にこだわりはあるのですか?」
「恥ずかしながら……中央国では、自分の化粧品を持たずに働いてばかりで。今も侍女の方に教わっています。錫色さんにも、色々教えていただいているんですよ」
「へえ、錫色ちゃんがねえ」
「ぴゃっ!?」
いきなり話題にとりあげられて、錫色が軽く飛び上がる。
私はぎこちなく微笑みを浮かべ(笑顔が下手なのだ)、彼女たちの意見を記録しながら、さりげなく意見をくれた彼女たち一人ひとりを観察し、肌の調子、体調、生活も想像していた。
人の意見は、その人の人生や生き方から生じてくるものだ。
上澄みだけの『言葉』から、その奥底の人となり、そして人生を汲み取って、そして商品開発に反映していく。
例えばさっぱりした化粧品を好む人が、本当にさっぱりした化粧品が肌に合うとは限らない。
さっぱりした化粧品が良いと思うようなその人なりの土壌が存在する。
(この人がさっぱり化粧水が好きなのは、恐らく普段から使うのがヘチマの美容水だから。保水が足りないから昼には油が浮いてきている――だからこそ、油を流すようなさっぱりを求める。けれど正面から別の化粧品を薦めるのは得策ではない。さっぱり化粧品と合わせて、試供品としてこの方にあった配合のものも渡せば。両方使ってみれば合うのがどちらか『ご自身で』わかるはずだわ)
私は東方国の商家婦人たちの肌質と生活、好みをそれぞれ脳内でまとめ上げる。化粧品だけでなく、彼女たちの生活や予算のかけ方、価値観もあらかた分かってきた。
「ちなみに、材料でもっとこうしたほうがいいというお話ってありますか?」
私の問いかけにも、彼女たちは待ってましたと言わんばかりに意見を語ってくれる。
「そうですね。もっと香水のように芳しいものも欲しいです。花の匂いのものとか」
「行商で持っていくのなら、かさばらず少しでも多く売れるものがいいですね。ひと瓶の量を減らして、数を売りさばいたほうが広くお客様に行き渡るので」
「馬油はやっぱりどんなによくても、東方国ではちょっと……あまり売れないかもしれませんね」
「橄欖油なら南方国産のものよりも西方国産のほうが安く手に入りますよ。使用感が違うと思うから、試しに鶺鴒宮用を注文してみましょうか」
「ありがとうございます」
彼女たちは忌憚なく私の試作品に意見を出してくれた。
厳しい注文や意見は、私の商品に対する期待だ。『鶺鴒の巫女』として丁重に扱いながらも、商人としては厳しい目で意見を言ってくれる。本当に有り難い。
「成功ですね、斎さま」
彼女たちを見送った後、少し疲れた様子の錫色がにっこりと笑って言う。
私は頷いて返した。
「今夜から早速改良品を作ってみましょう」
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彼女たち全てを送り出したときには、すっかり昼すぎになっていた。私は場所を貸してくれた茶館にお礼を告げ、牛車でそのまま錫色と共に宮廷へと戻る。
「お母様と一緒に一旦里帰りされてもよかったのですが……最後まで手伝わせてしまいましたね」
「私のお仕事です! 当然です!」
「ありがとう」
錫色は私の手元へ目を向ける。
「ところで、その包みは何ですか?」
「ああ、これは錫色さん用の焼菓子です。錫色さんは食べられなかったと思うので」
「……!!」
錫色の目がきらきらと耀く。
「色々ご準備いただいたりして忙しかったでしょう。おかげさまで今日は成功しました。これで申し訳ありませんが、よかったら帰って食べましょうね」
「ふええー嬉しいですー!!」
彼女を送り、私はふう、と息をはく。
甘い匂いにちらちらとしていた護衛にも私はにこりと笑った。
「皆さんの分も準備しています。宮廷に戻ったらお渡ししますね」
ところで、と私は言葉を続ける。
「もう少し回っていただきたいところがあるのですが」
「どこですか?」
地図を広げた私の手元を、錫色が覗き込む。
「これは……」
「後宮を辞した女性たちの住まいです。……一度、お会いしたいかたを見繕ってみました」
お会いしたい方。
言葉を濁したが――つまるところ、梓色以外の生霊のご本人様に会いに行くのだ。
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