4.「あの罪状信じるなんて馬鹿でしょ」
「常識的に考えても、あの罪状信じるなんて馬鹿でしょ。ほんと……どうしてよりによって、聖騎士団長が君を守ってやらなかったのか」
ばさ、と大きな狗鷲の翼が動き、狭い洞窟に風が舞う。
彼は笑顔を作っているが大分怒っているように見えるのは、気のせいか。
「騎士団の資金着服だとか、横領だとか薬剤の不法投棄だとか、呪術による傷害罪だとか――実家の後ろ盾も婚家の後ろ盾も弱い『鶺鴒の巫女』が、それだけの事を一人でやれる訳もないし、理由もないでしょ?」
「陛下……」
当たり前のことを当たり前に言われるだけで、胸がじんと熱くなる。冬のあいだの勾留の疲れや苦しみが、陛下の言葉で癒やされていくようだ。
「そもそも、強い魔力を持つサイが本気で悪いことを企むなら、もっと上手く大胆なことをやるはず」
「……いや、そんな大層な存在では、私は……」
「例えば……聖騎士全員洗脳して隣国に戦争しかける、くらい大胆にやるのなら、僕もちょっと信じたかも」
「ッ……ま、まさか……」
私は内心どきりとしていた。
実はシナリオに『聖騎士洗脳世界征服ルート』はたしかに存在した。
――起こすのは私ではなく主人公『聖女』という設定だったけれど。
『鶺鴒の巫女』の魔力を持つ私は確かにやろうと思えばできないこともない。
「……流石に、そこまでの魔力は……」
「あるでしょ。隠しているだけで」
ごまかした私を、彼は鋭い眼差しで射た。ぞくりとする。
「でもサイは絶対そんなことしない。今までだって、婚家にこき使われ、聖騎士団に搾取され、安く侍女待遇で働かされても黙ってきた」
「それは……」
「君は『鶺鴒の巫女』として先祖より受け継いだ誇りと血を守るために、自分を犠牲にしてきた子だ。違う?」
陛下の灰青色の眼差しが強く私に問いかける。
「それは……」
冤罪のことも。私の来歴も。そしておそらく、私の魔力の程度もばれている。
嬉しいと同時――少しだけ怖い、と思った。
「陛下は……いったい、どこまでご存知なんですか……?」
「どこまでって? ……そうだね。サイの全部」
陛下は艶笑う。
「サイが心の中に隠している秘密以外、調べられるものは全部調べた。サイを助けたかったから、徹底的に」
激しい雷鳴がとどろき、稲光が洞窟の奥まで照らす。
陛下はほほえみながらも、強い眼差しで私を見ていた。
「僕のこと、信じられない?」
「……いえ」
私は首を振る。
「魔力で補助するとしても、翼で飛び続けるのは大変だったとお察し申し上げます」
「……努力はあまりばれたくないけどね、恥ずかしいから」
そう苦笑いする、陛下の頬は汗で濡れていた。
彼がどこから飛んできたのかは知らない。けれど汗まみれになるほど必死に、しかも矢を射掛けられる危険を負ってでも助けてくれたのは間違いない事実だった。
「ここまで必死に助けてくださった陛下を…信じずにいられるわけがありません」
「……ありがと」
陛下は目を細くする。その顔は、どこか寂しそうだった。
「大きくなったね、サイ」
「え、」
大きくなったとは、どういうことだろうか。
「陛下……恐れながら申し上げます。陛下は私をご存知だったんですか……?」
「……やっぱり、覚えてない?」
私は必死に記憶を巡らせる。
陛下が言っているのは運命の記憶ではないはずだ。
しかしどんなに考えても、陛下の立ち絵や美術館で鑑賞した天使の絵画など、違う記憶は思い出せるのに、陛下と会った記憶はまるで思い出せない。
「……申し訳ありません、……陛下にお目にかかったことがあるのならば、覚えているはずなのですが……」
こんなに綺麗なひと、翼の生えた隣国皇帝陛下たる人と出会っていて、忘れているなどということ――あるのだろうか。
青ざめる私を眺めていた陛下は首を横に振った。
「気にしないで……仕方ないよ。……そういう決まりなんだから」
「……申し訳、ありません……」
「まあ、見てる人はちゃんと見てる。そういうことだよ。サイが『鶺鴒の巫女』として真面目に生きてたことくらい、ちゃんと知ってるってこと」
そこで陛下は言葉を切る。長いまつ毛の影を落とし、私の目を真剣に見つめる。
「…でも、遅れたせいで家が焼かれてしまった。守れなくて、ごめんね」
「とんでもありません。命があるだけ幸福です。生きていれば『鶺鴒の巫女』の血を継ぐ希望もあります」
私は幸福だと心から思っていた。
どんなに頑張っても運命に抗えなかった私が、家を焼かれてもまだ生きている。
それはここで、運命にない展開で陛下が私を救ってくださったからだ。
どうして陛下が私を気にかけてくださるのかは、いまいちまだ腑に落ちないところもある。
それでも――私を『悪の巫女』から開放してくれたのは間違いなくこの方だ。
感謝の気持をこめて、私は改めて深く頭を下げた。
「重ね重ね……ご迷惑をおかけして、申し訳ありません。この御恩、一生忘れません」
「僕がやりたくてやってることだよ、さっきから言ってるけど」
「しかし……」
「何か言いたいなら、ありがとうが嬉しいな」
「……ありがとう、ございます」
「ん、どういたしまして」
二人、顔を見合わせて微笑み合う。
会話が止まったところで、雨の音がざあざあといっそう強く聞こえてきた。
「迎え、早く来てほしいね。お腹すいちゃった」
「陛下もお腹がすくものなんですね」
「そりゃあね。助けてもらったらお風呂はいって、温かいものいっぱい食べよう」
のんきな言葉に気持ちが軽くなる。
そのとき――私はふと、彼の体がぐらつくのに気づいた。
「――ッ!!?」
陛下の頬が赤い。
雨で肌寒いくらいの温度なのに、額から滝のように汗が吹き出している。
「陛下、お体の具合が……もしかして…」
私が支えた瞬間、彼の体から一気に力が抜ける。
「ーーッッ!!!」
体重を支えきれない。
彼は私に覆い被さるように倒れた。
陛下の体が燃えるように熱い。
押し倒された体勢から、私はなんとかもがいて出ようとするが、体格差ゆえになかなかびくともしない。
「ゔ……ぁ……っ……」
陛下の息が荒い。
喘ぐように、苦しげな音が喉奥から聞こえてくる。
「大丈夫ですか、陛下! 意識はございますか!!」
体の下で私はもがきながら叫ぶ。
私の顔の真横で、陛下が力のない声で返事を返した。
「……ん、平気……って……ぁ……いいたい、ん、だけど………」
私がなんとか陛下の体の下から抜け出すと、その瞬間、弾けるように翼が広がる。
纏う白絹りの衣がめりめりと裂ける。
背中から、狗鷲の翼が弾けるように広がっていく。
「ッ…ぐ…ぁ……ッ……!!!!!」
「魔力の枯渇……! これほど、までの……!」
「……はは」
陛下は笑おうとしたが、声が掠れてうめき声にしかきこえない。
「流石に他国で雷を呼ぶと、反動が、凄いね。国王陛下の結界が、ちゃんと、効いている、証拠、だ………――ッ!!!」
陛下は声にならない叫びをあげて身を反らせた。
ばさばさと翼が暴れ、風で吹き飛ばされそうに鳴る。
翼は元の大きさより何倍も広がり、陛下の背では支えきれないほどに膨張していた。
まるで背中に眠った狗鷲の魂が、肉体を食い破って出てくるような勢いだ。
私はあまりの事態に青ざめていた。
「陛下……私のせいで……!」
陛下がこの辺境まで飛んでくるのに、どれだけ魔力を使ったのか。
それだけでない。陛下は不利な条件で嵐を呼び狼煙の代わりにしてくれた。
――私のせいで、陛下の魔力が今暴走してしまっている。
「陛下、失礼いたします! 私の、『鶺鴒の巫女』の力を……陛下のお体いっぱいに注ぎます!」
私は暴走する翼をかきわけ、割けた絹を纏う背中をはだけて肩甲骨に触れた。
お目通しいただき有難うございますm(_ _)m
明日また何度か更新させていただきます。お付き合いいただけましたら嬉しいです。
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