34.陛下の疑惑に関する回答と、話を混乱させる突然の美女
※タグにも書いておりますが、TSネタが多少含まれております。あくまで男女ラブコメでラストまでガールズラブ要素は一切入りません。
私は正妃の部屋の二階、見晴らしの良い高楼の卓に雪鳴様を案内した。
ここからは東方国首都が一望できる。
首都をぐるりと囲む城壁の向こうには田畑が続き、更にその向こうには空気で霞んだ青い山脈が望む。
その山を越えた先に私の故郷クトレットラ領、そして中央国がある。
高い山と海に挟まれて守られた国なのだと、よく分かる景色だった。
「……生霊騒ぎが起きたんです」
私が雪鳴様に言うと、彼は涼しげな目を軽く見開く。
「生霊」
「ええ、生霊です」
「やはり出たのか」
「ええ……ところで、雪鳴様」
長い黒髪と藍色の衣を風になびかせる雪鳴様に、私は単刀直入に切り出す。
「陛下は男性ですよね?」
「……そうだが?」
切れ長の瞳を困惑させつつも、雪鳴様は大真面目に返してくれた。
「聞かずとも、斎殿は充分よく知っているだろう」
「ええ、まあ……」
「斎殿が男として見ていないという事はあるかもしれんが」
「陛下は陛下です。殿方として見るなんてそんな、恐れ多いこと」
「…………」
私は慌てて手を横に振って否定した。
雪鳴様は一瞬黙り込んだものの――気を取り直すように話を続ける。
「……で、自明の事実をわざわざ確認したということは、理由があるのだろう?」
「はい。実は今日出た生霊が……」
私は雪鳴様に先程の顛末を伝えた。
――生霊が陛下の事を女性だと思いこんでいて、それを口にするということ。
――生霊が、かつて陛下を暗殺しようとしたと暴露したこと。
「そうか……」
雪鳴様は飛び去っていく鵲に目を向けながら、じっくりと考えた末に口を開いた。
「厄介な話だな」
「ええ……」
侍女の用意してくれた焙茶を見下ろし、私は彼に頷いた。
穏やかな日和を楽しみながら、今後の化粧品づくりについて思いを馳せていたのに、とんでもない面倒事が飛び込んでしまった。
今はただ、茶碗の温かさが心地よい。
「以前、鶺鴒宮の改修の折に見た図を覚えている」
記憶をたどるような遠い眼差しをしながら、雪鳴様が口を開く。
「あの薬棚庫は梓妃――秋月家の娘、梓色の部屋だった」
「梓色さま……ですか」
「彼女の実家、秋月家は都有数の絹織物問屋だ。仕入れるだけでなく、織職人や染物職人を集めた工場も郊外、布川のほとりに構えている」
布川。私は高楼から見える首都の外に目を向けた。春の田園風景が広がるその向こう、霞がかった先にゆらりと大河が流れている。
首都は二つの大河に挟まれ、その流れは北に広がる海に繋がっている。その大河の一つ、そこから支川として細く伸びるのが布川だ。
布川は名前の通り、昔から染職人が染めた絹織物を水洗いするのに使われている。川沿いには染物職人が多く居を構えているのだとは私も知っていた。
馬車で首都まで来るまでの旅路で、ちょうど陛下が話題にだしてくれていたからだ。
その中でも秋月家は、職人を集めた工場を作っているというのだから驚きだ。
「すごいですね……後宮に入ったのも、きっとご実家の商いの為だったのでしょうね」
雪鳴様は頷く。
「結果としては、後宮自体、無意味なものとなってしまったがな」
「まあ……そうですね」
「彼女は後宮が廃される以前に後宮を辞し、実家に戻って婿を迎えたそうだが。その後、迎えた婿と弟の経営方針が噛み合わなくなり、結果離縁して婿は秋月の家から追い出され……」
「あら……」
「現在弟が家長として秋月家の主導権を握っている」
「……それは……心労を察するにあまりありますね……」
出戻りの上、不適合とされた婿を迎えた娘と、姉の迎えた婿を追い出した弟。
それは大変居心地が悪いだろう。
「今は梓色殿は布川のほとりで、家業の機織り工場の一つを任されている」
「なるほど。今は家業にお勤めをしてお過ごしなのですね……」
雪鳴様の言い方からすると、再婚はしていないようだ。
「……商家の出自から、後宮に入ることは覚悟のいる決断だったでしょうね」
その後、結局後宮を降りて実家に戻ったものの、夫が弟と仲違いし離縁。
そして自分は今も実家に居る。
――そんな状況、たしかに生霊が活性化してもおかしくない。
前世の生霊はともかく、この世界における生霊はいわば、本人の思念の分身だ。
生霊の根源が、現状でストレスを抱えていると生霊も元気になる。
「ところで……秋月家についてお詳しいですね、雪鳴様」
「ああ。私の実家――錐屋の庶家が、蚕精廟を管理している。故に絹に纏わる家の事情は、嫌でも耳に入る」
「ということは、皇太后陛下は」
「私の父の妹だ。錐屋家は郷家と並んで伝統的に后を多く排出した家だ。……皇太后陛下は先帝陛下の崩御後は、蚕精を祀る聖廟でお過ごしになられている」
女性の居ない宮廷だから、ずっと気になっていた答えをようやくもらった。
「伝統では后は原則的に宮廷には入らず、実家に暮らすが……先帝の事情もあって、皇太后陛下は政治を乱さぬよう、首都から離れたところで過ごされるのを選ばれている」
先帝時代の混乱を春果陛下の代に引き継がないようにするためだろう。
なんとなく、気持ちはわかる気がした。
「梓色殿は……絹織物業を営む秋月家の女としては、錐屋の女から生まれた皇帝というのは目障りなのだろう」
雪鳴様は溜息をついた。
「だから暗殺などを考えるし、荒唐無稽な妄執にも囚われる」
険しい顔のまま、ゆっくりと焙茶を一口呑む。
「難儀なものですね……」
私も焙茶を口に含む。
春先のほんの少し肌寒い風に、熱いお茶は心地が良い。
勢いで暗殺を実行するような女性が皇帝の后にならなくてよかった。先帝陛下は愚帝と言われている人だとしても、后を選ぶ目は確かな人ではなかったのだろう。
いろんな情報をゆっくり頭で整理していると、雪鳴様は再び口を開く。
「過去の暗殺未遂事件に関しては、こちらで引き取ろう」
「宜しくお願いします」
生霊の証言を証拠にはできない。何より過去に発生し、未遂で済んだ話を大事にはしたくない。
「……暗殺未遂に関しては、おおよそいつ頃起きたのか察せる」
「そうなのですか?」
「陛下は元々、私のきょうだいの振りをして過ごしていたからな」
「従兄弟……でしたっけ」
「ああ。陛下は先帝そのままの容姿をしているから、全く似ていないがな」
雪鳴さまは微かに微笑む。そこには『左翼官』の身分を越えた、どこか身内を語るとき独特の気配が感じられた。
(だから陛下と雪鳴様は……従兄弟というより、もっと親しそうな感じなのね)
そもそもこの国は後宮制度自体が新設のものであったし、后の実家で生むことこそが普通なのだろう。
父親が誰か、などと問題になる事もまずない。
思春期に翼が生えてくる子を、皇帝以外の子だと誰が信じよう。
「梓妃が後宮を辞した時期はいつ頃かは知らないが――『女』と確信しているのなら、おそらく陛下が『羽化期』を迎えた時期にでも見たのだろう。羽化に入り、錐屋の屋敷でも隠し通しにくくなった時期――中央国の大使館に入った頃だ。……その機会しか、『女』と偽っていた時代の陛下は外出していない。そして……どこかしらで陛下に接触して、女と間違えたまま今に至るのだろう」
「そして、今、鶺鴒宮に生霊を置き土産として……」
非常に迷惑な話だ。
「生霊、なんとかしなければなりませんね。不気味なだけでなく、暗殺なんて暴露話は他の女官や侍女が聞いたら大変ですし、それに女性だなんて陛下の胡乱な噂まで」
私は目下、やらなければならない事を考えた。
まずは生霊を祓うこと。そして、また湧いてきた場合の対策。
梓色さんの過去の罪に関しては、雪鳴様に対応を任せるとして。
陛下が女性だという噂に関しては、どうすればいいだろうか――
「陛下が女性という噂があっても……まあ、誰も本気にしないでしょうが……」
「しかし、なんだ。陛下が女性というのは……まあ」
雪鳴様は小さく息を吐く。
「半分当たらずも遠からず、といえばいいのか」
「え?」
「兄妹の、ふりをしていたんだ。それに陛下は」
そのとき。
「ねえ。従兄弟がいないところで、斎にどんな話してるの? 雪鳴」
いきなり若い女性の声がする。
びっくりして、声のするほう――玉簾の向こうを見ると、そこには簡単に国を傾けそうな美貌の女性がいた。
薄く微笑んだ、その顔には見覚えがある。
今日は連続更新失礼いたしました。
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