33.陛下は姫ではない。さすがに。
『あれは、姫君だ。……姫君を、錐屋家が男だと偽り、皇帝にしている』
「いや、さすがにそんなことはないですよ」
つい。
思わず生霊に対して真面目に返してしまった。だが生霊は、
『錐屋家の……必ず露見する……終わりよ……』
と、延々とつぶやくままだ。私は困惑していた。
陛下は男性だ。それははっきりと断言できる。
確かに男装の麗人然とした柔らかな雰囲気を纏う人だけれども、流石に女性ではないと分かる。
背も高ければ声も男性で、寝所で触れる体は明らかに男性だし、そもそも女性の筋力では、あの大きな翼を支えきれない。
百歩譲って。
創世神話以来の旧き血を継承する『天鷲』の魔力ならば、一時的に性転換させることくらいは容易いかもしれない。
けれど、術で性別を変えても本来の性別は、魔力保持者にはごまかせない。
――魔力回路のつくりが男女で全く違うからだ。
本来の姿が女性の場合は魔力回路が子宮を中心にめぐる。
私も肚から魔力を出すイメージをしているのは、そういう理由だ。
なので、魔力保持者の私なら元来の肉体の性別くらい、ちょっと触れるだけですぐ分かる。
というわけで陛下は男性で間違いないのだけれど、
『あれは、姫君だ。……姫君を、錐屋家が男だと偽り、皇帝にしている』
生霊はしつこく食い下がる。よっぽど、何か証拠のようなものを得ているのか。
私は生霊の耳元に囁く。
「私、陛下のお体に何度か触れたことがありますが、あの方は男性ですよ」
『間違いなく姫君だった……あれは、錐屋家の陰謀で……』
「寝所で見たので間違いないです」
『必ず世継ぎ問題が生まれる……次の皇帝は……正当なる皇帝ではない……』
「確か皇帝陛下って『天鷲神』の化身だから、普通の人間みたいな世継ぎ問題はできないと聞いたことがあるのですが……」
『姫君だから……ずっと隠されていたのよ……だって暗殺しようとしたとき、あれは明らかに女子だった』
「え!?」
私は色んな意味で生霊を二度見する。
「暗殺って、あの……申し訳ありません。すごい暴露を聞いてしまった気がするのですが……」
『暗殺しようとしたとき……女だったから……動揺して失敗した……』
「見間違えってことはありませんか。もしくは、替え玉とか」
『絶対みたから間違いない……』
「うーん、手がつけられませんね……」
そもそも、恨みが生霊として残るほど持論に確信を持っている人を納得させるのは難しい。
その上、自分で見た、と言っている人間(生霊だが)に「違う」と言っても無意味だ。
私は生霊をもう一度見やる。
「……まあ、聞き出せる情報は全て聞き出しました、ね」
私は結論を出し、侍女が置いてくれた粗塩を掴み、手のひらの中で魔力を込める。
思念と魔力の結びつきを分離するように――界面活性剤で溶け合ってしまった水と油を分離するような作用を、粗塩にこめていく。
手のひらで粗塩を弄んで数秒、それを生霊の頭からざっくりとふりかけた。
ばさばさ。
「すみません。今日のところは、一旦消えてください」
粗塩を浴び、霊の姿がみるみる消えていく。
跡形もなくなったところで、私は茶を供えて手を合わせた。
これは魔力のない侍女たちを落ち着かせるための儀式だ。何も見えない人にとって、塩がばらまかれただけの場所は不気味でしかない。「ちゃんと祓いましたよ」感を出すことで不安を和らげ、余計な思念の発生を予防する。
不安は不安を呼ぶ。
事故物件は何度も事故る。
祈りを捧げて暫くして、私は廊下にいる侍女たちに話しかけた。
「もう大丈夫です。しばらくは、皆さん薬棚庫に入らないようにしてください。――錫色さんは?」
「お茶を呑んだら落ち着きました」
「それなら良かったです……」
ちょうどそこに、雪鳴様がやってきた。
騒ぎを聞いて駆けつけたというよりも、たまたま訪れた機会が合ったようだ。
「今夜の夜伽を知らせに来たが、それどころではないようだな」
私は頷いて、正妃の部屋――私の私室を示す。
「雪鳴様。少々、お話のお時間をいただけますでしょうか」
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