32.生霊、陛下のとんでもないことを言い出す
錫色の叫び声が鶺鴒宮じゅうに響き渡る。
「斎さま! オバケです!! 手が!!! 棚の奥から……!」
侍女と衛士がばたばたと駆け寄る音がする。
私は腰を抜かした錫色の元に向かう。
「さ、斎さまー! あそこ、あそこ」
飛びついてきた錫色の指差す先には、干した薬草を瓶詰めした薬棚がある。
薬棚の影――ちょうど部屋の隅に、座り込んだ女の姿があった。
姿が暗く虚ろで、まさに、
「オバケです!!!!」
錫色の叫び通りの見た目だ。
「錫色さん、落ち着いてください。あれは幽霊などではありません。生霊です。生きてます」
「生きてても怖いですよ!!」
「もう全部祓ったと思っていたんですが……」
「あ、あんなのいっぱいいたんですか?」
「ああなる前に片付けておいたつもりだった――ということですね。私の祓いが足りず、迂闊でした」
鶺鴒宮のあちこちからばたばたと、侍女や衛士たちが集まってきた。
「みなさん、この部屋に近づかないでください。錫色さんには落ち着くように薬湯をお願いします。戸棚一番上のものを、蜂蜜入りで。そして葦野さん、お茶碗くらいの量の粗塩と、棒茶でよろしいのでお茶を淹れて来てください」
魔力のない人は近寄らないほうが懸命だ。
私は指示出しの後に錫色を侍女に任せ、生霊へと近づいた。
――繰り返すがこの世界に霊はいない。
霊のように見えるのは大抵、人の思念が自然界の魔力と混ざり合って形を形成してしまったものだけだ。
祓いきれないほどの感情が、まだこの部屋に残っていたらしい。
「失礼します。こんにちはー」
「………………」
生霊は座り込んだ姿でぶつぶつと何かをつぶやいている。
二十代くらいの女性だろうか。生霊状態なのでぼんやりとした服装はみえないが、見事な美しい衣を纏っている。
鶺鴒宮が元・後宮だった時代の妃だろう。
私は彼女の顔を覗き込み、目の前で手を振る。
「お茶用意いたしますよ。美味しいですよー」
「……」
「そんな隅にいらっしゃるのもなんなので、一息つきませんか?」
「…………」
「私の声は、聞こえないようですね」
自我のない、ただただ強い思念が形になっただけの生霊だ。
これなら魔力を込めた塩を撒けば消えるだろう。
――しかし、先日部屋を掃除したばかりというのに、こうして像を結んでいるということは。
「生霊の元となった方の思念が強すぎる……今もずっと、同じわだかまりを抱えて生きているから、未だに生霊が何度も復活するのね。そしておそらく元の方は多少なりとも、魔力保持者の才能がある……。だから思念が形になりやすい……」
私は生霊の横に腰を下ろす。そしてその口元に耳を傾けた。
ぶつぶつと言うつぶやきから、何か情報が得られればと思ったからだ。
そのとき、部屋に侍女――先程お願いした葦野さんが近づいてきた。
「斎さま、粗塩と焙茶です」
「ありがとうございます。それではそこに――」
その時。
『ーー!!』
生霊が口にした言葉でハッとする。
「……待ってください、こちらに、近づかないで」
「えっ!?」
葦野さんはぴたりと足を止める。
「ちょっと、今は危ないので……来ないでください。そこに、置いてください。私が取りに行きます」
「は、はい……」
生霊は今もぶつぶつと語り続けている。
『あんなの、皇帝なんかじゃない』
この言葉は流石に、他人に聞かせるわけにはいかない。
『あれは皇帝なんかじゃない……絶対違う……』
私は生唾を飲み、次に生霊が何を言い出すのか緊張して臨んだ。
何を言うつもりなのだろうか、この生霊は。
『あれは、姫君だ。……姫君を、錐屋家が男だと偽り、皇帝にしている』
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