30.モーニングルーティンと薬草、そして化粧品。
――鶺鴒宮で暮らし始めて、半月。
だんだん、私の早朝日課は固定されてきた。
カチカチカチカチカチ!!
「ん……」
窓辺にとまった鵲の甲高い鳴き声で目を覚まし、私は身分不相応な寝台で身を起こす。
私を起こした黒と白の愛らしい鵲は馴れ合うことなく、私が起きるとそうそうに飛び去っていく。
ぶるりと震えながら、わたしは顔を洗いに立つ。
こちらは中央国よりも朝が早く、そして初夏だというのに朝晩は凍えるほど寒い。
目覚めて軽く庭を散歩して体を起こした後、侍女たちに手を借りながら衣服を整える。
この時に、新しい衣が増えていて驚く事が何度かあった。
陛下からの贈り物だ。
「うーん……陛下のお心遣いが申し訳ないですね……」
私の言葉に侍女は帯を結びながら笑う。
「流石に一張羅をずっとお召しでは、鶺鴒の巫女様を冷遇していると陛下が思われてしまいます。それに生地も痛みますし」
「そういうものでしょうか……」
――おそらく、鶺鴒の巫女としての身なりを求められているのだろう。
肌触りの良い布地に袖を通しながら毎朝、鶺鴒宮の主として期待の重さを感じる。
与えられた衣はどれも鶺鴒の名の通り墨色で統一されていた。
知る限り、城内で私と同じ墨色の衣を纏う者はいない。
「白練りの絹――白が陛下の色で、陛下に仕える神祇官の方々が白に近い色の衣を着ていらっしゃるから……陛下直属という意味で、私も白と黒の衣なのかしら」
「うーん。私としては斎さまは、もう少し華やかなお色味でもいいと思いますけどね。せっかく若い女の子ですし」
侍女が顎に手を当てて言う。
「ま、陛下のお好みなんでしょう」
「そういうのではないと思いますが……」
「はい、その代わりお化粧は華やかにしますよ!」
「は、はい……」
男性官吏は所属に応じた色の衣を纏い、鶺鴒宮の為に用意された侍女たちは中央国の大使館で纏っていたものと同じ、色鮮やかな揃いの上下――襦裙を身に着けていた。
鶺鴒の姿はきっと、遠目からも目立つだろう。
「侍女の方の装いは揃っているから良いとして……これから増える女官は、制服を整えたほうが良いでしょうね」
過度に統制する必要はないが、制服があったほうが『鶺鴒宮』という場の雰囲気が整う。
評判が悪かった後宮設置時代の影響で、女が宮廷にいるのをよく思わない層は多いだろう。
彼らに「ここは後宮ではありません」と見た目で示す事も大切だ。
私に陛下の後ろ盾があるからか、『鶺鴒の巫女』だからかわからないが、現時点では女の私が『鶺鴒宮』に居ることに露骨に嫌悪感を示す人はいない。
それでもこれから女官が増えてくれば、あれやこれやと難癖をつけてこようとする人もいるだろう。
だからこその制服だ。
男性官吏のように立場に応じた衣を整える。
宮廷で働く職業婦人の印象を、まず見た目から整えていくことは必要だろう。
「宮廷で働く女官といえば……中国宮廷より日本の宮廷のほうが参考になりそうだけど……うーん……前世の記憶も全て思い出せるわけではないわね……」
衣を身に着けて整えたところで、食事の間に案内される。
「おはようございます、斎さま」
「おはようございます。……美味しそう」
「今朝はとれたての春野菜と玉子の粥にしてみました」
「いただきます」
私は有り難く手を合わせ、湯気の立つ温かな食事に口をつける。
甘い米の味も、ぴりっとした春野菜の青い味も、卵のふわふわも夢のように美味しい。
侍女との情報共有は朝食時に行い、その後、雪鳴様から知らせが届く場合もある。
「今日は鶺鴒宮、右棟の屋根の修復と掃除がされるようです。運び込まれる荷物については――」
朝食を済ませた頃には外がほの明るくなる。
錫色が登庁してきて、朝の日課は終わり。
そこからの行動は日によって様々だ。
一応『鶺鴒宮』の責任者なので忙しくはあるが、やらなければならない仕事が多いのは有り難いことで。
私は今、人生で最も穏やかな日々を過ごしている。
――今日も晴天の下、錫色と侍女、幾人か手伝いにきてくれた従者と共に庭の草むしりをしていた。
「庭師の方も入ってくださっていますが、私達も手入れをしなければ追いつきませんね、これは」
「斎さま、本格的に夏になる前に、錫色頑張ります!」
「ありがとうございます、頼もしいですね」
鶺鴒宮には中庭と庭園、二つの庭がある。
そのどちらも今は雑草の森になっていた。
水を引いている水路の溝は従者の皆さんのお陰で、綺麗な水が流れるようになっているのでありがたい。
「斎さま! このあたり、十薬ばっかりですね! ここ!」
「手入れが滞ると強い草ばかりが残りますからね。一気に刈っちゃっても来年も生えてくるでしょうし、容赦なくやりましょう」
ある程度人の手が入ったとはいえ、庭は未だ雑草だらけだ。それでも石版で誘導する庭の小道など、元々は趣向の凝った綺麗な庭園だったのはよく分かる。
「ちょっとした薬草畑にできたらいいのですけど……こちらは雪が多いのですよね」
私は錫色に相談しながら、庭園の再生プランを検討する。
「はい! 中央国の雪がどのくらいか知りませんが、東方国はとても雪国です!……ひゃわっ」
「慌てないで。こけちゃいますよ」
スズイロは、背の高い雑草にあわあわしながらついてきている。
「この街は、冬にはあたり一面真っ白になりますね!」
「……それは、難儀ですね」
「魔力保持者の方が除雪作業用の装置を作ってくださっているので、首都が雪に埋もれることはないのですが……それでも草花を育てるには対策が必要だと思います!」
「温室がほしいですね。……壊れかけたあの四阿を取り壊して、作ってみるのもいいかもしれません」
今後についてあれこれと考えながら、私は錫色を引き連れてどんどんと庭の奥へと進んでいく。
中庭と違い、庭園で雑草と化した草の中には、意外な薬草も多々見受けられた。
「あっ斎様! 現証拠が出てきましたよ! これは使えそうですね!」
ざくざくと雑草を刈り取りながら、錫色は庭の草木に興味津々だ。
「碇草に垣通……うーん。やっぱり手入れしなくても大丈夫そうなのしか残ってないですね。あ、この木は庭常ですね。観賞用のお花はないのかな……あっ! タンポポが咲いてます!」
彼女の話を聞く限り東方国では、前世日本の漢方医学に似た理論を用いて調合しているようだ。
薬草の名前は大体いわゆる日本名、のまま。ただし薬草の種類も前世と同じものもあれば、違うものもある。
中央国の医薬局で勤めていた私と東方国の薬問屋の娘の錫色。
お互い自分の知る薬文化について語りだすとよく盛り上がった。
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その後私達は庭を出た。
そして、いっぱいに束にした十薬を鶺鴒宮の軒に吊るしながら、私達はいつものように化粧品について話していた。
「斎さま。ずっと興味があったのですけど」
脚立の上に立つ私に束を渡しながら、錫色が訊ねてきた。
「はいなんでしょう」
「中央国には化粧薬師って人がいるんですよね。それって、どんなお仕事なんですか?」
「ああ、それは……中央国の職業のひとつで、魔力で基礎化粧品を生成する専門家ですね。各顧客に合わせた化粧品を一人ひとり別の処方で作ってくれるのです」
「魔力でお化粧品を作る……?」
錫色はよくわかっていない様子だ。
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