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29.私はもう、ひとりじゃない。

 喉につまりそうになり、むせないようになんとか耐える。


「――そ、そんなことはありませんよ」

「えっ、そうなんですか?」


 無邪気な錫色スズイロは大きな瞳を丸くして、意外そうな顔をする。


サイさま。私、実家が薬種問屋なんです」

「ええ。存じております」

「なので薬売りさんたちの情報も入ってくるので、知ってるんです。中央国せんとりあの女性で髪の毛が短いのは意中の方がいる証なんですよね?」

「……よく知っていますね……」


 私は錫色スズイロの意図とは別の所でぞくりとする。

 中央国セントリアには東方国の情報は本当に何も入ってこない。


 山脈と雪に隔てられた地理的理由、東方国と中央国の外交が最近まで消極的だった理由。

 この二つの理由だけでなく、中央国セントリアは正直――東方国にほとんど目を向けていないのだ。

 中央国セントリアの王侯貴族が気にするのはもっぱら南方国の新興勢力と領土ばかりで、旨味の少ない(と思われている)貧しい(と思われている)雪国東方国には背を向けているような状態だ。


 対して東方国では、大商家の娘とはいえ、()()()()中央国セントリアの文化を当然知っているのだ。

 ――これって、とても恐ろしいことではないのだろうか。


「売薬業は顧客情報が命ですから!」


 とりあえず、今は胸を張って家業を誇る錫色スズイロを可愛いと愛でるだけにしておこう。


錫色スズイロさん。顧客情報の情報漏洩には気をつけてくださいね」

「もちろんです!!! で、それで! です!」


 言いながら、錫色スズイロはずいっと身を乗り出してくる。


サイさまって御髪がすごく短いから、最近お切りになったのかなって推理してたんです。ふふふ」

「……まあ、まめに切りそろえていましたので……」


 私は自分の黒髪をつまむ。中央国セントリアで勾留されている間は流石に伸ばしっぱなしにしていたが、処刑される直前に、せめてもの身繕いとして自分で短く髪を整えた。

 その切り方も適当だったので、東方国に来てから侍女に綺麗に切りそろえて貰うことになり、そして更に短くなった状態だ。

 耳よりも長い短髪ボブでも、結髪をする東方国において相当短い髪に見えるだろう。


 実際、錫色スズイロも金属めいた輝きの銀髪をきゅっと総髪ポニーテールにまとめている。

 膝裏くらいまで長く伸ばしていて、太刀魚タチウオのように輝いてとても綺麗だ。


「なので!」


 びし!、と指を立てる錫色スズイロ


サイさまが陛下に見初められていらっしゃるのではないかと!思ったのです!」

「な、なるほど……確かに理屈は通りますね……」

「もしサイさまが陛下にご寵愛されていらっしゃるのでしたら、錫色スズイロも、とても素敵だと思います! 錫色スズイロの想像……あたってます……よね!」

「うーん……確かに、勿体ないほど丁重にしていただいているのは、あるのですが……」


 まっすぐにきらきらとした目を向けられると、胸がつまる。

 嫌われて国を出てきた身として、私が陛下の寵愛を受ける事を好意的に見てくれるのは確かにとても嬉しい。


 けれど同時に。

 ここで間違いを正しておかないと錫色スズイロの口では首都じゅうに陛下の醜聞が広まってしまう。

 間違いの芽は確実に摘み取っておかなければ。


錫色スズイロさん。申し訳ないのですが……」

「はい」

「それはないですね」

「えっ……そうなんですか……?」

「はい。私はあくまで、陛下の臣下としての『鶺鴒の巫女』です」


 顔に『落胆』の文字がでかでかと描かれているかのように、わかりやすく錫色スズイロは残念がる。


「私は旧い血とはいえど、貴き陛下のご寵愛を受けるにはとても身分が違いすぎます」

「『鶺鴒の巫女』様でも、ですか?」

「この国の旧家でもありませんし、後ろ盾もありませんし、あまり意味ないですよ」

「うーん……そうなんですか……?」


 錫色スズイロは難しい顔をして腕を組んで思考をはじめた。

 大商家の娘ならば婚家の重要性はわかるだろう。

 しかしあまり納得していない様子だ。


「だって……『鶺鴒の巫女』様ですし……」


 そういえば東方国では、陛下が事前に『鶺鴒の巫女』について随分と良いイメージを広めてくれていたのだった。錫色スズイロの誤解も起こるべくして起きているのだろう。


「じゃあ他の殿方なのですか? 私も知る方ですか? どなたですか?」


 錫色スズイロは瞳を輝かせ、再び食い下がってきた。

 たじろぐ私に、錫色はあれこれと指を折って男性の名前を挙げる。


「えっと、『鶺鴒の巫女』様にぴったりな殿方で、独身の方といえば……志賀家の方とか、伯家の方とか、郷家の緋暉さまとか、えっとえっと……」


 ――申し訳ないが、どの名前の人も、よくわからない。


「……もしかして、錫色スズイロさんは恋愛のお話、お好きなんですか……?」

「それはもちろん、大好きですよ!!」


 即答だ。


「意外ですね……」

「だって私、サイさまの事に憧れたのは『天鷲』と『鶺鴒の巫女』の恋物語がきっかけでしたし、」

「あ、たしかにそうでした」


 この国ではなぜか、創世神話が恋愛少女小説ラブロマンスの題材として大いに流行っているらしい。

 後宮ものがタブーだからだろうか。

 文化学習のために錫色スズイロに借りて一冊手に取ってみたが、鶺鴒の巫女の設定が最初から大盛りの盛りだくさんになっていて、自分のことではないが少し恥ずかしくなってまだ半分も読めていない。


「それに、殿方との結婚は家を左右する大事な選択です! 殿方を見る目を鍛えるのは商家の娘の大切な役割です! だから興味津津です!」


 なるほど。商家の娘らしい。

 商家では娘に女将として優秀な男子を婿に取らせ、家をもり立てていくことが多い。

 相手選びの最終判断は家長である父親にあるのだろうが、女将である母親や今後未来の女将となる娘も、家の命運を決める「未来の大旦那」を見極める慧眼を求められるのだろう。


「だから……その、サイさまも、どうなのかなって……つい気になっちゃいました。ごめんなさい」


 はっと、自分の踏み込み過ぎに気付いてしまったようだ。

 恥じるように、だんだん錫色スズイロの語気が弱くなっていく。


サイさまがいつか、髪を捧げた方と結婚するからって中央国に帰っていってしまったら、錫色スズイロはさみしいので……東方国に、意中の方がいらっしゃったらいいなあと……」

錫色スズイロさん、錫色スズイロさん。そんなしょげないでください。私怒ってませんから」


 とりあえず、小さな口に食後の菓子を放り込む。


「はむ」


 しょげつつも錫色スズイロの頬がはにかむのがわかる。わかりやすい。


「私が中央国セントリアに帰る事はありません」

「ほんほ、へふか……?」

「はい、本当です。天意に誓って『鶺鴒の巫女』は陛下のもの。たとえ将来、錫色スズイロさんが鶺鴒宮を離れても、この宮が廃されても、私は何らかの形で東方国にとどまり、陛下の為に一生尽くすつもりです」


 この言葉に嘘偽りはない。鶺鴒宮が廃されても、これまで侍女メイドとして働いた経験があるから、何らかの仕事にはありつけるだろう。私はこの国に骨を埋めると決めている。


 言葉を切り、私は自分の短い髪の毛をつまむ。


「髪についての質問に答えますね。私は殿方と正式に夫婦になったことはありません」


 錫色スズイロは目をパチパチとする。


「では、その髪は……?」

「はい。髪を捧げたのは十三歳。婚約に合わせて三つ編みで輪飾りを作り、婚約者に捧げました。けれど婚約破棄されたので、髪だけなくなりました」


 錫色スズイロが硬直する。


「婚約……破棄……?」

「まあ、冤罪とはいえ一度捕まって、処刑されかけた身ですので……」

「……」

「……錫色スズイロ、さん?」

中央国あちらでとてもお辛い立場にいらっしゃったという事だけは知っていたのですが……まさか、そんな……」

「あ……いや……」


 大きな目にみるみる涙の膜が張る。


「乙女の髪を捧げるほどの覚悟を持たれながら……それすら台無しになってしまっただなんて……そんな……あまりに……」


 錫色スズイロはついに顔を覆って泣き出してしまった。

 慌ててしまうのは私の方だ。


「あ、あの……大丈夫ですよ。もう、過去の話ですし……」


 事実としては「婚約破棄」は、確かに衝撃的な事実ではある。

 けれど、元婚約者との関係は巫女姫が召喚された時から終わっていたものだし、そもそも恋愛感情もない、互いに家のために結んだ結婚だった。


 確かに中央国で遭ったことは辛かった。

 しかし、もう終わった話で引きずってはいない。

 だが錫色スズイロは大きな目を真っ赤に腫らし、べそべそと顔を覆って泣いている。


「う、うう……」

錫色スズイロさん。もう終わった話です。泣かないでください」


 錫色スズイロはぶんぶんと首を振る。


「終わったことだとしても、サイさまがお辛かったのは本当です!」

錫色スズイロさん……」

「ごめんなさい、サイさま。お辛かったお話を、軽々しく聞いてしまって……本当にごめんなさい……」

「いいんですよ……むしろ、泣いてくださってありがとうございます」


 涙をこぼす錫色スズイロを見ていると、心に蓋をしていたところが柔らかくほぐれていくようだ。


 私もきっと、本当は泣きたいくらい辛く感じてもおかしくなかった。

 けれど私は泣けない。

 『鶺鴒の巫女』として涙を零す訳にはいかないし、自己憐憫している余裕などなかった。

 立ち止まって泣いて、誰かがそばにいてくれるという優しい世界を、私はずっと持たずに生きてきた。

 それは私には当然の人生だと思っていた。


「誰かが私のために泣いてくれることは、こんなにあたたかなものだったのですね」

サイさま……?」

「久しぶりです、こんな気持ち」


 私は彼女にわらいかけて、涙を布巾ハンカチで拭ってやる。


錫色スズイロさん。泣いてくれるのは嬉しいのですが、目が腫れたら叔父上様がびっくりしちゃいますよ」

「はい……すみませ……う……っ」


 再び泣き出した錫色スズイロを私は抱きよせて、頭を撫でた。

 急に愛しさでたまらなくなってくる。悲しさではなく、嬉しさで胸がいっぱいだ。

 錫色スズイロはきっと、我慢してきた『中央国での私』のぶんも泣いてくれている。


「――ありがとう、錫色スズイロさん」


 錫色スズイロの涙と鼻水でべっしょべしょになった服はどうしようと考えながら、私は錫色スズイロが落ち着くまで胸を貸して過ごした。


「涙のお礼に、鶺鴒宮をしっかりともり立てていかなければなりませんね」




 私は決意を新たにする。

 私はもう、背負うものがある。

 この子をもう泣かせてしまわないように、鶺鴒宮の主として頑張っていこう――!

ここで一旦一区切りです。

次からは生霊編に入ります。

恋愛中心から、少しだけ宮廷チート要素が増えてくる感じです。


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