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26.夜伽。――鶺鴒の巫女の手管、発揮いたします。


 陛下は背に降りたおくれ毛をかき分け、こちらへ背中を差し出した。

 間接照明に浮かぶ陛下の背中。その骨と筋肉の隆起はとろりとして滑らかだ。


「この間、魔力を注いでくれたじゃない? あれが、すごく良かったから……」


 少し恥ずかしそうに言う陛下に私は頷き、帯の飾り紐を使って襷掛けする。


「承知いたしました。私でよろしければ」


 私はぎし、と寝台ベッドを軋ませ、陛下の背中の前に座った。


 差し出された背中は均整の取れた筋肉で引き締まっている。

 まるで――芸術性の高い競技に向けて体を磨いたアスリートのような均整だ。

 聖騎士団で非正規に働いていたので、私は鍛えた男性の体は見慣れている。

 彼らのような「戦う為に鍛えた肉付き」とは違い、陛下の体つきは無駄のない細さと締まった筋肉が特徴的な、端正な美貌の印象にたがわない、綺麗な背中だった。


(天使みたいな雰囲気の方だけれど……こうしていると、男の人、ね)


 女性的な顔立ちと柔らかい物腰で忘れそうだが、陛下は見上げるほど背は高い。

 私を助けてくれたとき、抱き寄せられたときも、意外なほど硬くしっかりとした腕をしていた。

 人の肉体で双翼を支える分、これだけの筋力が必要なのだろう。


 翼が肩甲骨から、腕がもう一対ずつ伸びているように、左右にふわりと広がっている。


「失礼いたします」


 付け根の部分に触れると、ん、と陛下は息を詰めた。


「……陛下。先日触れたときも思ったのですが」

「なに……?」

「先日ご無理をさせてしまった時以前より……慢性的に、魔力回路の疲労を抱えていらっしゃいますよね」


 鶺鴒の巫女とはいえ有翼人の施術は初めてだ。私は指先でたどるように、翼から背中まで、骨や肉の付きを確かめる。肌に強く触れては触覚に気を取られてしまう。

 魔力をたどるには、羽箒で触れるようなかすかな触れ方が肝要だ。


「陛下のお体の問題は、翼だけでなく、それを支える肩甲骨、それに上半身の重さを支える腰、一つ一つあげていけばきりがありません」

「……ッ…………」

「むしろよく、人の姿でこうも大きな翼を支えていられますね」

「……まあ、……自分でも、思うよ……」


 人間の体は二足歩行の代償として、背骨と腰に強い負担がかかる肉体構造をしている。

 一般的な人でも体を支える腰や背骨を痛めるものなのに、陛下に至っては高身長の体に、同じだけの大きさの翼まで備わっている。


 歩行時ひとつとっても、陛下の抗重力筋はどれだけのバランスを支えているのか。


「本来、陛下がお持ちの甚大な魔力は、翼を持つお体に必要不可欠な強化バフをかけるためのものだと思います。ただ生きてらっしゃるだけでも魔力回路を酷使するお体をされているのに、そこに公務の負担が加わるので、より一層ご無理がきやすいのだと感じます」


 くすぐったそうに笑う気配がする。


「続けて大丈夫ですか?」

「ん、……大丈夫」


 私はここに来るまでに見た様々な陛下の魔力を思い出す。

 大掛かりな『歌』を使う禊祓に、国民達に帰還を示す稲光。それに宮廷を照らす燈明――全ては、皇帝かみさまとしての権威を保つために必要な負担なのだろう。


「たとえば、陛下……」


 私は肌に触れて筋肉と、魔力回路の凝りを確かめながら考える。


「たとえば、翼を常に消して過ごすのは難しいのですか?」

「ん……出してるのが自然な状態で、消すのは意識的に魔力で、消して……、るような状態だから。常に消してると、それに、結構魔力吸い取られちゃう、んだよね」


 翼を消すのは必要最低限の時だけ、ということか。


「本来ならお体のために翼は消してお過ごしいただきたいんですが、魔力を取られたら意味がないですね。だって、魔力回路が、これですもの」

「――ッッッ!?!?」


 私が指先で首筋に触れるだけで、ビクッと陛下の体が跳ねる。

 前世でいうと、ちょうど電気療法で貼付するパッドに電気を流したような反応だ。


「ッ、な、……なに、して、ッ…………!?」

「普通なら、これくらいくすぐったい程度なんです。でも、刺激が強く感じますよね」


 体の奥の魔力回路を弄るように、私は肌の上でくりくりと指を動かす。


「ふっ……う……ッ!?」

「一切力はいれておりません。魔力を少し流しただけですよ」

「う、嘘……でしょ、?」

「嘘じゃないです。……そんなに、敏感になってらっしゃるのが問題なんですよ」

「……うぁ、ああ、」

「で、腕ですが……ほら、こっちがこんな状態になっているから、首筋もガチガチに固まって」

「――ッ!!!」


 見た目には、人差し指と中指の二本を立て、肌の上を伝わせているだけだ。

 私は陛下の肌を通して魔力回路に触れていた。

 血液が循環するように、魔力保持者は体の中に独自の経絡を持っている。

 その経絡が、陛下は強張りすぎているのだ。


 私が肌をなぞるように指を動かすだけで、陛下の声が震える。


「……っ、う……すごい……」

「陛下は魔力を発動するとき、右手中指と薬指を使うことが多いのではないですか?」

「そ、う……かも……」

「指の魔力回路から肩、首、そして翼にかけて、筋肉で言うなら、パンパンに凝り固まっている状態です」


 皮膚が薄いところに触れるほうが、より魔力回路が分かりやすい。

 陛下の指先から手のひら、腕にかけてなぞっていく。

 私は地下に眠る水脈を探るように、真剣に陛下の魔力回路を辿っていった。

 癒やすのに必要な手順は肉体的なアプローチと同じ。魔力回路の状態を把握し、適切な順序に流し込む手順だ。


「っふ…………」


 刺激の強さで、陛下の翼が堪えるように震える。

 確認を終えた私は、陛下の耳元に囁く。


「それでは、参ります。恐れ多くも御尊名を申し上げることをお許しください――『春果陛下。……今触れている指の先から、まずは手首まで』」


 『言葉』を紡いだ瞬間。ひときわ強く、電流に打たれるように陛下の体が跳ねた。


「ッ!?~~~ッ!!!」


 この刺激に声を噛み殺せるのは、なかなか凄いと思う。


「『そこまで甘くじんじんと痺れてきたら、次に熱が来ます。体の内側を熱い奔流が這い登り、鎖骨を辿り、肩甲骨へと繋がります。――私の魔力の迸りを、肌の奥で感じてください』」


 私は肚に意識を籠め、息を細く吐き、今供出できる限りの魔力を注ぎ込む。

 蛇口を少しずつ緩め、最後には全開にするように。

 肚が熱い。まるで暴れ馬に乗っているように、体が揺すぶられるような感覚がする。

 それでも、陛下に全てを吸い取られるような感覚はない。

 ――洞窟での施術のときよりずっと、魔力が上がっている。


「……一旦、区切ります。お疲れさまです」


 息を吐ききったところで、私は陛下からそっと指先を離す。

 私は瞳を閉じて静かに深呼吸をして、魔力の蛇口をゆっくり締めていった。


 ――目を開いたところで、ぐったりと突っ伏した陛下の姿があった。


「……陛下、大丈夫ですか?」

「襲われたみたいな気分だ」

「痛かったですか!?」

「あーいや、……痛くないよ。ありがと……うん……」

「しかし、襲われたって……」

「あー……そういう意味じゃないから。……うん…………」


 陛下は突っ伏したまま着衣も戻さず、声を出すのも億劫そうに見えた。

 私は手拭タオルで汗ばんだ背中を拭く。ばさ、と翼が力なく揺れる。


「陛下。しばらくは『禊祓』のような大掛かりなもの以外のご公務は、左手で魔力を発動するようにしてください。足でも舌でも、右側をお使いにならないのであればなんでもいいです。右側をいたわるだけで、背中の回復は早くなります」

「……左、苦手なんだよね」

「そんな事おっしゃられる場合ではございません。ほら、こんな……」

「ッ!!!」

「……少し注いだだけで、そのご反応をなさる間は是非、左側を」

「はい……」

「陛下の場合、左右バランスよく魔力回路を使う必要があります。左右どちらも翼を支えるのに必要なのに、陛下は右側の魔力回路ばかり酷使している状態です。例えるなら、右側だけ常に全力疾走で走り続けているようなものです」

「う、……あ……、そう、……」


 私は陛下の呼吸が落ち着いたのを確かめて、改めて翼へと指を触れた。


「ひっ、……そ、そこは翼だよ?」

「このまま翼のほうも魔力を流して宜しいでしょうか」

「え"」


 びく、と綺麗な目を見開く。


「美味しい御飯と温泉で元気になりましたので、今なら全力全開で施術できるのですが。陛下がもうここまで、という事でしたらお止めいたします」

「……まって、この間の、全力じゃ、なかったの」


 どことなく、陛下が青ざめてる気がするのは気のせいだろうか。


「実力の半分ほどでした」

「はんぶん」

「ずっと勾留されているあいだ、酷い扱いを受けて……魔力制御装置をつけられ続けていた状態でしたので……」

「……そりゃあ、……聖騎士団も……魔力制御装置を……つけるわけだ……」


 顔を覆う陛下。施術がお嫌になられたのだろうか。

 私はうかがうように訊ねる。


「もし本当にお嫌ならやめますが」

「……ううん。お願い。サイが僕のこと心配してくれているのは伝わるし」


 信頼されて嬉しく思う。私はよし、と改めて気合を入れた。


「かしこまりました。それでは、陛下から制止を頂かない限りは同意のものとみなし、遠慮なく施術いたします」

「そう。僕が頼んだんだから、遠慮なく、して……」


 言いながら、陛下の語尾がだんだん弱くなっていく。

 いいのだろうか――とも思うが、こんな状態になっている陛下を半端な状態で放り出す訳には行かない。


「それでは陛下。万が一ご不快でしたら後日でも肚を切ります!……参ります!」

「――――っ!!!!」


 声にならない陛下の叫びが、部屋のとばりを揺らした。


ご評価、ブックマーク、ご感想いつもありがとうございます。更新の糧です!

また温かいご感想やTwitterでのお褒めのお言葉、光栄です。

ひとつひとつにすごく喜んでおりますm(_ _)m 

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また更新いたします。ありがとうございました。m(_ _)m

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