24.夜伽。――鶺鴒の巫女がなんたるか、ご説明します。
――鶺鴒の巫女の固有能力について教えてほしい。
陛下の要望に応えるため、私は一礼して説明を始めた。
前提として。
「魔力の行使」は魔力保持者が生物・無生物に対して己の持つ魔力を作用させる事だ。
魔力は意思のない無機物には作用させやすく、人や生物など意思があるものへは多少なり抵抗を生じる。
そのため、魔力による体力回復や能力強化を行う際100の魔力を注いだとしても、効果は聖騎士団入団レベルの魔力保持者でも、せいぜい40~30程度だ。
例えるならば。
骨折を治せるだけの魔力を注いで、痛みを緩和させる程度。
擦りむけた傷を治そうとして、ギリギリ瘡蓋を作るところまで回復させる程度。
魔力による直接の『作用』はこれが限界だ。
そもそも魔力保持者の中でも、魔力による体力回復や能力強化が使えるのは10%に満たない貴重な能力だ。
だから薬の原料(無機物)に魔力を作用させた魔法薬が広く用いられるし、魔力があるこの世界でも医者は当然のように存在するのだが……。
『鶺鴒の巫女』の能力は、これら当然の常識を凌駕してしまう。
「私の持つ『鶺鴒の巫女』の『言葉』は、人体の持つ魔力抵抗を奪います。……簡単に言えば、私が100の力で魔力を発動させたら、そのまま抵抗なく、100の力で相手に作用するのです」
『鶺鴒の巫女』元々の魔力の強さに加え、魔力抵抗も奪えるなら。
どれだけ強力なのかは明白だ。
「僕の禊祓の歌と同じだね?」
「はい、おそらく原理は同じかと」
私は同意をこめて首肯した。
陛下は雪竜を禊祓するとき、歌を詠って魔力を増幅させ、作用させていた。あれと同じだ。
「どうして鶺鴒の巫女の固有能力が知られていなかったのか納得したよ。そりゃあ、そんな能力を持っていると知られたら危険だ」
「はい……『鶺鴒の巫女』の能力は、歴代巫女、すなわち鶺鴒県の女領主が細心の注意を払いながら、いち女領主として女系相続を続け、ひっそりと継いでまいりました」
「うん。危険から身を守って伝承を引き継いでいくためには、強い能力は隠すのが一番だね……だからこそ能力が歴史に埋もれすぎて、東方国が中央国に鶺鴒県を譲渡してしまったのだろうけど」
陛下は苦笑いする。
「東方国の創世神話にもまつわる巫女なのにね。これは僕の国が良くない」
「……当時もいろいろあったのでしょう……」
「それで?固有能力も発動条件はあるよね?」
私はうなずいて、陛下の前に、二本指を立てた。
「ひとつは、私が対象の本名を『言葉』に入れること」
「そうか。だからサイは僕の名前を呼んでくれたんだね」
「……恐れ多くも御尊名を、申し訳ありません」
「ううん。嬉しい。……立場上、名前を呼ばれることなんてないから」
「そうおっしゃっていただけるならば、有り難く存じます」
柔らかな象牙色の髪をかきあげ、陛下は私を上目遣いで見る。
「そして? もうひとつは?」
「はい。悪意なく善意と献身を持って、魔力を使うことです」
「悪意なく……善意と、献身?」
灰青色の目を瞬かせ、陛下は言葉を繰り返す。
「つまり、だ。……サイが『善意』で行えば、相手になんだってできるんだね?」
「はい。私が善意だと思えば」
「……何でも?」
「相手を癒すことも、言葉で洗脳することも、相手の体を、壊すことも」
「それは確かに危険だ」
「……もちろん魔力の消費は甚大ですが……。通常の魔力保持者ならできないことも、私にはできることは多いです」
私は己の手のひらに目を落とす。
先代『鶺鴒の巫女』である母から、己の能力の危険性と人としての倫理を厳しく躾けられたものだった。
「サイが真面目な理由、わかった気がするよ。強いからこそ自分に厳しいんだね」
「私なんて、まだまだです。もっと研鑽を重ねなければ」
私は首を振り、そして続ける。
「『鶺鴒の巫女』の能力は本来、人あらざる『天鷲神』様の手助けのために、天意より与えられたものです。……巫女の固有能力が『善意』なしに使えないようにする事で、人あらざる『天鷲神』との力関係の均衡を取っていたのでしょう」
陛下は肩をすくめた。
「『天鷲神』の領地から離れてしまうほど、禁欲的に、能力を隠し通してきたのだから……歴代『鶺鴒の巫女』の覚悟には恐れ入るよ」
祖先ごと皇帝陛下に褒められると嬉しい。私は頭を下げる。
「隠し通してきたのは、能力の危険性が広く知られないようにする為というのもありますが……。なにより」
「なにより?」
「…ばれてしまえば『鶺鴒の巫女』の立場が危うくなるから……でもあったのでしょう」
いくら能力者とはいえ、『鶺鴒の巫女』は一介の女領主にすぎない。
吹けば消し飛ぶほどの権力しか持たない女が持つにはあまりに強大な能力だ。
だからこそ、私も聖騎士団には隠し通してきた。
「確かに。権力者の誰かから『言葉』の行使を命じられ、それを行使できなかったら大変だものね。巫女の地位が高かった時代ならともかく、ただのいち領主ならば……相手の命令に『善意』で従えないという告白は危ないよね」
「はい。……そして歴代の巫女たちは能力を隠すために薬学を研鑽し、『言葉』の隠れ蓑としました」
「なるほどね。『鶺鴒の巫女』が語学に強いのも、独自の薬を生み出せるのも、そういう事情からか」
陛下は納得するようにうなずいたところで、突然話を変えてきた。
「ねえ、サイ」
「はい」
「……話し続けて疲れない?」
唐突だった。
「いえ、問題ありません」
私が首を振れば、陛下はうーんと伸びをして、翼も一緒にばさりと広げる。
「難しい話が続いて、僕が疲れてきちゃった。なにか夜食食べる? お酒でも用意させようか」
「……ッ!?」
上機嫌に手を叩こうとする陛下に、私は慌てて首を振る。
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